パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
417 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 17 ③

しおりを挟む


 立会演説会が終わったあとの講堂は、ひどく静かだった。二階のギャラリーから無人のステージを見下ろしたまま、成瀬はふっと静かな笑みを浮かべた。

 ――余計な手を出す必要なんて、最初からなかったのかもな。

 手伝ってほしいと言われたということもあったし、教えてやることは残っていると思ったから、この二ヶ月、いろいろと手も口も出してきたけれど。
 そんなことをしなくても、皓太であれば、なにも問題はなかったのかもしれない。

「よかったな」
「茅野」

 さすがに学内で気配を察知し損ねるほど、気を抜いてはいない。隣に並ぶことを迎え入れるように、視線を向けてほほえむ。

「無事に終わったことはよかったと思ってるけど、まだ結果は出てないだろ」
「まぁ、それはそうだが」

 出たようなものだろう、といった調子に、成瀬は笑った。たしかに、講堂にそういった空気は流れていた。そうして、なによりも、皓太自身が納得した顔をしていた。
 無理を強いた自覚があっただけに、その事実にほっと安堵はしていた。大きくなったな、とも思った。

「ちょっと話、変わるんだけど」
「なんだ?」
「茅野、一年の子に余計なこと言った?」
「余計なことを言ったつもりはいっさいないが」
「本当に?」

 そう念を押せば、茅野が苦笑をこぼした。

「寮長としても、それ以上に、寮生委員会の会長としても、認めがたいことではあるが、最近はどうも物騒なことがあるからな」

 なにがなんでも黙っておく、というほどのつもりもなかったのだろう。想定どおりの前置きに、成瀬も苦笑を返した。
 まったくもってそのとおりで、そうして、そうさせた原因の半分くらいは自分にあると承知している。

「だから、まぁ、できる限り、寮生で固まって行き来しろ、と言ったは言ったな」
「それだけ?」
「それだけだ。個人の交友関係にまで口を挟むつもりは、俺にはないからな。その忠告も、朝夕の寮と校舎の行き来だけを指したつもりだったんだが。必要以上の気遣いをした寮生がいたかもしれない」

 そうなるだろうと読んでいたくせに、よく言うよ。自分に言えるわけもない糾弾を呑み込んで、そっか、と頷く。

「まぁ、集団で動いてるほうが安全なことは事実だよな」

 事実、似たようなことは自分も行人に言っている。ひとりで対処できることばかりだとは限らないからだ。

「そういうことだな。なにごとも予防しておいて損はないだろう」
「でも、行き来のあいだだけの問題なら、わざわざ念押しして言う必要なかっただろ。行きも帰りもクラスの子より、皓太とのほうが時間が合う」

 朝は基本的に一緒に行っているのは知っているし、帰りも――とくに行人が生徒会を手伝うようになってからは、基本的には合わせてやるようにしていたつもりだ。

「べつに、責めてるわけじゃないけど」

 困らせるつもりもなかったので、冗談めかせて成瀬は笑った。

「俺にはもうちょっと考えてやれって言ってなかった?」
「身の安全か心の葛藤か。どちらかを選べと言われると難しい話だな」

 管理する側の人間としては前者を取らざるを得ない、という結論に着地するにちがいない。「だから、べつにいいって」となんでもないふうに繰り返す。

「ちょっと確認したかっただけ。俺も同じことしたと思うし」

 おまえと同じくくりにするな、と言いたげな顔で黙っていた茅野が、小さく溜息を吐いた。

「もめごとの種をつくったのだとすれば、そこは悪かったと素直に認めるが。……だが、少し腑に落ちないな」
「腑に落ちない?」
「反応が過剰すぎないか。俺の知らないところでの諸々が募った結果だと言われたら、見極めが甘かったとしか言いようがないんだが。その前の向原との一件しかり、どうもな」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜

白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。 しかし、1つだけ欠点がある。 彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。 俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。 彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。 どうしたら誤解は解けるんだ…? シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。 書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

処理中です...