404 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 15 ①
しおりを挟む
[15]
少し前の活気のなさが嘘のように、一年生のフロアからは和気あいあいとした声が響いている。
フロアの談話室で、選挙活動の作業をしているのだろう。漏れ聞こえるほほえましさに、成瀬は階段の踊り場で足を止めた。
――でも、こうあるべきだったんだよな。
みささぎ祭の準備期間を経て、寮の同級生や上級生との距離を縮めていくことが、本来のスタンダードだったのだ。
学内の雰囲気の悪化に伴い、ギスギスとしたものになってしまっていたのだから、申し訳なかったという思いはもちろん持っている。
――一番、気楽に楽しめるはずの時間だったのにな。
すぐに受験だなんだと違う要因で頭を悩ませることになるのだ。けれど、選挙が問題なく終われば、少しは落ち着いた時間を取ることもできるかもしれない。
そう思い切って、階段に足をかける。そのタイミングで呼び止められて、成瀬はフロアに続く廊下を振り返った。
「皓太」
「珍しいね、この時間に寮にいるの」
「そんな毎日どこかに行ったりなんてしてないから。皓太こそ、いいのか? 談話室、みんな集まってくれてるんだろ」
姿が見えたからと言って、わざわざ声をかけに来なくてもいいだろうに。声のするほうに視線を向けると、同じように目をやった皓太が、あぁ、と小さく笑った。どこかうれしそうに。
「もちろん顔は出すけど。最近は、けっこう榛名ががんばってやってくれてるから」
「へぇ、行人が」
「うん。荻原がだいぶカバーしてくれてる気はするんだけど。でも、本当、いろいろ考えてくれてるみたいで、びっくりしたけど、助かってるかな」
「よかったな」
ひさしぶりに見たような気がする年相応な顔に、成瀬もほほえんだ。自分でやると言ったこととは言え、抱え込みすぎていないか、心配していたのだ。
「まぁ、することいっぱあるけど。ほら、前に、成瀬さん、ちゃんと仲間はつくったほうがいい、みたいなこと言ってくれてたでしょ」
「あぁ、言ったな。休みに入る前だろ」
「そう。そのときも、それはそうだなとは思ってたんだけど。なんていうか、榛名だけじゃないけど、実際に手伝ってもらうとありがたみが増すなと思って」
「そっか」
それならよかったな、ともう一度繰り返す。
「ほっとした」
本心だった。同じ寮の一年生全員が同じ気持ちでやっているわけではもちろんないだろうが、それでも、協力してくれる寮生がいるとはっきりわかるだけで、心強くはあるだろう。
談話室のほうから聞こえた少し大きくなった声に、ほら、と成瀬は背を押した。
「皓太も行ってきな。待ってくれてるんじゃない?」
「そうするけど。……あの」
「ん?」
「向原さん、大丈夫? その、左手。けっこう大きい傷テープ貼ってたけど」
少し前の活気のなさが嘘のように、一年生のフロアからは和気あいあいとした声が響いている。
フロアの談話室で、選挙活動の作業をしているのだろう。漏れ聞こえるほほえましさに、成瀬は階段の踊り場で足を止めた。
――でも、こうあるべきだったんだよな。
みささぎ祭の準備期間を経て、寮の同級生や上級生との距離を縮めていくことが、本来のスタンダードだったのだ。
学内の雰囲気の悪化に伴い、ギスギスとしたものになってしまっていたのだから、申し訳なかったという思いはもちろん持っている。
――一番、気楽に楽しめるはずの時間だったのにな。
すぐに受験だなんだと違う要因で頭を悩ませることになるのだ。けれど、選挙が問題なく終われば、少しは落ち着いた時間を取ることもできるかもしれない。
そう思い切って、階段に足をかける。そのタイミングで呼び止められて、成瀬はフロアに続く廊下を振り返った。
「皓太」
「珍しいね、この時間に寮にいるの」
「そんな毎日どこかに行ったりなんてしてないから。皓太こそ、いいのか? 談話室、みんな集まってくれてるんだろ」
姿が見えたからと言って、わざわざ声をかけに来なくてもいいだろうに。声のするほうに視線を向けると、同じように目をやった皓太が、あぁ、と小さく笑った。どこかうれしそうに。
「もちろん顔は出すけど。最近は、けっこう榛名ががんばってやってくれてるから」
「へぇ、行人が」
「うん。荻原がだいぶカバーしてくれてる気はするんだけど。でも、本当、いろいろ考えてくれてるみたいで、びっくりしたけど、助かってるかな」
「よかったな」
ひさしぶりに見たような気がする年相応な顔に、成瀬もほほえんだ。自分でやると言ったこととは言え、抱え込みすぎていないか、心配していたのだ。
「まぁ、することいっぱあるけど。ほら、前に、成瀬さん、ちゃんと仲間はつくったほうがいい、みたいなこと言ってくれてたでしょ」
「あぁ、言ったな。休みに入る前だろ」
「そう。そのときも、それはそうだなとは思ってたんだけど。なんていうか、榛名だけじゃないけど、実際に手伝ってもらうとありがたみが増すなと思って」
「そっか」
それならよかったな、ともう一度繰り返す。
「ほっとした」
本心だった。同じ寮の一年生全員が同じ気持ちでやっているわけではもちろんないだろうが、それでも、協力してくれる寮生がいるとはっきりわかるだけで、心強くはあるだろう。
談話室のほうから聞こえた少し大きくなった声に、ほら、と成瀬は背を押した。
「皓太も行ってきな。待ってくれてるんじゃない?」
「そうするけど。……あの」
「ん?」
「向原さん、大丈夫? その、左手。けっこう大きい傷テープ貼ってたけど」
11
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Hand to Heart 【全年齢版】
亨珈
BL
チームのいざこざに巻き込まれて怪我を負ってしまった和明は、その時助けてくれた人を探して全寮制の高校へ。そこで出会う同級生や先輩たちとの賑やかな毎日をコメディタッチで書いています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる