パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 13 ①

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[13]


 土曜日の夜とは言え、門限を過ぎた寮の夜は静かだ。
 できるだけ物音を立てないように気をつけて、寮の扉を閉める。元通りに鍵をかけたところで、成瀬はそっと息を吐いた。

 ――なにが、学校生活が始まったら、物の見事に悪化してるねぇ、だ。

 最低限自覚しているから、来院のスパンが短いことも承知で出向いているのに、本当に気に障ることしか言われない。
 苛立たしさで感情を乱すなんてこと、したいわけでもないのに。
 カウンセリングですか、と嫌味を返したところで、子どもの癇癪とばかりにきれいに受け流されるので、なおさらだ。

 ――カウンセリングもなにも。きみが頑なに拒絶するから、カウンセリングのまねごとをしているだけじゃないか。
 ――そうだね。専門家としてではなく、きみに関わっている一大人として助言するとすれば、きみはもう少し自分の心と真摯に向き合ったほうがいい。
 ――結果として、それが一番の解決への近道の気もするけれどね。

 聞き流したはずの言葉の数々を、連鎖的に思い出してしまった。こぼれそうになった舌打ちは、どうにか呑み込む。
 誰かしらが出歩いていそうな一番上に行く気が起こらず、一階の廊下を歩いていると、進行方向の窓がほとんど音もなく開いた。
 そこから中に入ってきた相手と目が合って、反射で思わず声が出た。

「……なんで窓から入ってくるわけ」

 鍵を持っていなかったころならまだしも、今は玄関の鍵をしっかりと所持しているだろうに。

「そっちこそ」

 呆れたふうにこちらを見ていた向原が、そこでふっと笑った。

「鍵持ってるからって、堂々と門限破っていい理由にはならないと思うけど?」
「ちょっと出る用事があって。それで、遅くなっただけ」

 なんの言い訳にもなっていないなと思いつつも、曖昧にほほえむ。
 もうなにも言うな、と突き放されて以来、喋るのははじめてだと気づいたが、それももういまさらだった。

「へぇ」

 さして興味もなさそうに応じて、入ってきた窓を閉める。

「まぁ、寮長が目ぇ瞑ってる分には、お互い問題ないってことか」

 よかったな、と嫌味なのかなんなのか。わからない調子でそう言ったのを最後に、向原は話を切り上げた。
 そのまま自分の横を通って、階段のほうに向かおうとするのを、はっとして引き留める。

「向原、ちょっと待って」
「なに」

 あからさまな溜息ひとつで、向原が振り返った。その顔に、挑発するような笑みが浮かぶ。

「俺に説明できる良い言い訳、見つかったって? 見つからないなら、なにも言うなって言ったよな」

 そんなものは、いっさい見つかっていないままだ。けれど。すれ違ったときに感じた気がした血の匂いと、ポケットに突っ込まれたままの左手。
 そうして、入ってきた窓の場所と、もともとの自分の進行方向にあった部屋。導かれる結論に、もろもろを呑み込んで、成瀬は背後を視線で示した。
 たぶん、ここで出会ってしまったのが、運の尽きだったのだ。あるいは、五年前のあの夜のように。

「ちょっと、付き合って」
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