パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 9 ⑤

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「まぁ、向原は、おまえと向き合うときは、本気だからな」
「え?」

 予想していなかった台詞に、視線を向ける。目が合った茅野は、ごくあたりまえだという顔をしていた。

「おまえには、たしかにきついかもしれないな」

 第二の性にして誤魔化すな、と言われた気分だった。返すべき言葉がわからなくて、こめかみを揉むついでのようにして視線を外す。
 本気。たしかにそうなのかもしれない。でも。

 ――俺は、無理だな。

 誰かに対して本気になんてなれないし、そもそもとして、なってほしいとも思わない。受け取ることのできる器ではないのだ。
 またひとつ溜息を吐く。それ以上は、茅野はもう言わなかった。


 茅野の言うところの「本気」をはじめて感じたのは、たぶん、三年前だ。複数のアルファに絡まれていた行人を助けた、夜。
 そのときも、心配してくれているのだとはわかった。けれど、受け入れることはできなかった。
 過信しているわけでもなんでもなく、自分であれば問題はないと思っていたし、その判断のとおり、なにも問題はなかった。だから、それでいいだろうと思っていた。

 自分はアルファだと、半ば本心で思い込もうとしていたから。
 あのころの自分は、そうだった。たとえ、本来の性別がそうではなくても、少なくとも、この学園にいるあいだはそうなのだ、と。思いたがっていた。
 だから、心配されたくもないし、庇われたくもない。
 そういう目で見られたくもない。それを許せば、自分が自分でなくなってしまうと、思っていた。その自分の勝手を、押しつけていた。

 ――べつに、なんでもない。

 深入りをする気はないという、あるいは、なにを言っても無駄だという冷めた物言い。
 その言葉を頻繁に向原の口から聞くようになったのも、そのころからだ。もう、三年。いまさらなにをどう言ったところで、取り返しのつかない時間が経っている。

 ――まぁ、取り繕えるようなことなんて、なにもないけど。

 それに、今も。

 ――だから、なにも「違わない」んだろうな。

 違うと真正面から言い切ることができなかったことが、すべてなのだ。あそこまで逃げ場なく詰められたことも、ひさしぶりだったけれど。
 ひとりになった屋上で、また溜息を吐く。
 もっと昔は、あのくらい言われたことはあった。はじめてだったわけでもない。ただいつからか、もの言いたげな視線を送ってくることはあっても、それ以上を向原は言わなくなっていた。――だから。

 そう、だから。あの夜、向原は、なにかをやめたのだと思う。
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