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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 5 ②
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「えっと……」
「よけいなこと話してごめんな」
ありありと伝わってくる困惑には応じずに、そう断って席を立つ。
「ちょっと出てくる」
「着いて行くけど」
ここ最近の流れで習慣のようになってしまっているのか、半ば当然と動き出そうとする。いいよ、と成瀬は目線と言葉で制止をかけた。
「もうすぐどっちかは戻ってくると思うし、続きしてて」
「でも……」
「大丈夫」
にこ、とほほえんで、言葉にしやすいほうの理由を選ぶ。
「篠原がなに言ったかは知らないけど、喧嘩を買う相手とタイミングは、ちゃんと選んでるから」
「いや、まぁ、……それもそうなんだけど。というか、そっちは一応信用してるつもりなんだけど」
じゃあ、なにを信用できていないのか、とは問わないまま、もう一度、大丈夫だから、とほほえんで、外に出る。
気を使わせるようになった非は自分にあるとわかっていたから、それで安心するなら、と好きにさせていたけれど、ずっと続けるわけにもいかないとは思っていたのだ。
廊下を進んで角を曲がったところで、窓の外を見下ろす。二十分ほど前に生徒会室の窓から、旧校舎のほうへひとり向かう姿を確認していたのだ。それがちょうどまたひとりで戻ってきている。
なにかいい話でも進んだのだろうか。そんなことを考えたまま、成瀬は静かに呟いた。
「……まぁ、いいタイミングだな」
先ほど言ったことに嘘はない。タイミングを選ばずに喧嘩を買う気も売る気もない。ただ、そのときが来れば、自分に都合よくことを起こすつもりはあって、そのためには、ひとりのほうがなにかと便利だ、というだけのことだ。
「長峰」
校舎を出て少し歩いた先。予定どおり遭遇した相手に向かって、成瀬は愛想よくほほえんだ。
「なんの用だよ」
「なんの用って。クラスメイトに会ったら、声くらいかけるよ」
愛想を完全に無視した嫌そうな態度に、そう苦笑してみせる。べつに、これも嘘ではないし、必要以上に敵をつくるような真似もしていなかったつもりだ。水城が入ってくるまでは。
話したくもないとばかりに、こちらを一瞥して立ち止まっていた足を動かし始める。自分の横を通り過ぎようとしたタイミングで、成瀬はもう一度声をかけた。
「風紀と、なにかいい話はできた?」
「は?」
「そっち。風紀しかいないだろ。それに、最近よく本尾とも会ってるみたいだから」
その言葉に、数歩進んだところで長峰が振り返った。溜まった苛立ちを抑え込むように溜息を吐いてから、問いかけてくる。
「おまえ、俺がなんでそうしてると思ってんだ?」
「そうしてるって、風紀とつるもうとしてるかってこと?」
理由なんて、いくらでも思い当たるところはあるけれど。まぁ、強いて言うなら、これだろうなというものを成瀬は上げた。
「俺と茅野がしたことが気に入らないからだろ?」
「……そういうとこ、めちゃくちゃ自意識過剰にできてるよな、おまえ」
「違った? じゃあ――」
「おまえがっ」
声を荒げかけたことに気がついたのか、そこで一度長峰は言葉を切った。
「わざわざほかに生徒が大勢いるところで糾弾したことで、あの子がどういう状態になってんのか、わかって言ってんのか?」
「どういう状態」
煽ったわけではないのだが、いまひとつ意味がわからない。考えを巡らせるように、成瀬は首をひねった。
「このあいだも、元気そうに篠原たちと話してたみたいだけど。どうかした? 俺、新学期に入ってから、水城の顔、見てないんだよね」
ついでに言うと、元気に中等部のほうにまで遊びに行っているという話は聞き知っているのだが。長峰がまるで心配しているみたいな顔をする意味は、やはりよくわからなかった。
――というか、むしろ、水城のほうに怒りの矢印が向いても、おかしくない程度のことされてると思うんだけどな。
寮長を解任されたことに対する怒りが自分のほうに向くのはまだわかるのだが、水城が違うアルファに媚びている現状に思うところはないのだろうか。
「元気なわけあるか、いいかげんにしろよ。そもそも、顔見てないもなにも、おまえのこと怖がって避けてんだろ、かわいそうに」
「よけいなこと話してごめんな」
ありありと伝わってくる困惑には応じずに、そう断って席を立つ。
「ちょっと出てくる」
「着いて行くけど」
ここ最近の流れで習慣のようになってしまっているのか、半ば当然と動き出そうとする。いいよ、と成瀬は目線と言葉で制止をかけた。
「もうすぐどっちかは戻ってくると思うし、続きしてて」
「でも……」
「大丈夫」
にこ、とほほえんで、言葉にしやすいほうの理由を選ぶ。
「篠原がなに言ったかは知らないけど、喧嘩を買う相手とタイミングは、ちゃんと選んでるから」
「いや、まぁ、……それもそうなんだけど。というか、そっちは一応信用してるつもりなんだけど」
じゃあ、なにを信用できていないのか、とは問わないまま、もう一度、大丈夫だから、とほほえんで、外に出る。
気を使わせるようになった非は自分にあるとわかっていたから、それで安心するなら、と好きにさせていたけれど、ずっと続けるわけにもいかないとは思っていたのだ。
廊下を進んで角を曲がったところで、窓の外を見下ろす。二十分ほど前に生徒会室の窓から、旧校舎のほうへひとり向かう姿を確認していたのだ。それがちょうどまたひとりで戻ってきている。
なにかいい話でも進んだのだろうか。そんなことを考えたまま、成瀬は静かに呟いた。
「……まぁ、いいタイミングだな」
先ほど言ったことに嘘はない。タイミングを選ばずに喧嘩を買う気も売る気もない。ただ、そのときが来れば、自分に都合よくことを起こすつもりはあって、そのためには、ひとりのほうがなにかと便利だ、というだけのことだ。
「長峰」
校舎を出て少し歩いた先。予定どおり遭遇した相手に向かって、成瀬は愛想よくほほえんだ。
「なんの用だよ」
「なんの用って。クラスメイトに会ったら、声くらいかけるよ」
愛想を完全に無視した嫌そうな態度に、そう苦笑してみせる。べつに、これも嘘ではないし、必要以上に敵をつくるような真似もしていなかったつもりだ。水城が入ってくるまでは。
話したくもないとばかりに、こちらを一瞥して立ち止まっていた足を動かし始める。自分の横を通り過ぎようとしたタイミングで、成瀬はもう一度声をかけた。
「風紀と、なにかいい話はできた?」
「は?」
「そっち。風紀しかいないだろ。それに、最近よく本尾とも会ってるみたいだから」
その言葉に、数歩進んだところで長峰が振り返った。溜まった苛立ちを抑え込むように溜息を吐いてから、問いかけてくる。
「おまえ、俺がなんでそうしてると思ってんだ?」
「そうしてるって、風紀とつるもうとしてるかってこと?」
理由なんて、いくらでも思い当たるところはあるけれど。まぁ、強いて言うなら、これだろうなというものを成瀬は上げた。
「俺と茅野がしたことが気に入らないからだろ?」
「……そういうとこ、めちゃくちゃ自意識過剰にできてるよな、おまえ」
「違った? じゃあ――」
「おまえがっ」
声を荒げかけたことに気がついたのか、そこで一度長峰は言葉を切った。
「わざわざほかに生徒が大勢いるところで糾弾したことで、あの子がどういう状態になってんのか、わかって言ってんのか?」
「どういう状態」
煽ったわけではないのだが、いまひとつ意味がわからない。考えを巡らせるように、成瀬は首をひねった。
「このあいだも、元気そうに篠原たちと話してたみたいだけど。どうかした? 俺、新学期に入ってから、水城の顔、見てないんだよね」
ついでに言うと、元気に中等部のほうにまで遊びに行っているという話は聞き知っているのだが。長峰がまるで心配しているみたいな顔をする意味は、やはりよくわからなかった。
――というか、むしろ、水城のほうに怒りの矢印が向いても、おかしくない程度のことされてると思うんだけどな。
寮長を解任されたことに対する怒りが自分のほうに向くのはまだわかるのだが、水城が違うアルファに媚びている現状に思うところはないのだろうか。
「元気なわけあるか、いいかげんにしろよ。そもそも、顔見てないもなにも、おまえのこと怖がって避けてんだろ、かわいそうに」
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