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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 3 ⑥
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「そんな繊細にできてないだろ」
「おまえに比べたら、誰でも繊細に決まってる」
一緒にするなと言わんばかりのそれを笑えば、呆れたように溜息を吐かれてしまった。そうして、「でも、まぁ」と呟く。
「そっちに関しては、向原がけっこう協力してるだろ。意外なくらいって言っていいのかはわかんねぇけど」
「うん、感謝してる」
事実だったので、淡々と成瀬は同意を示した。そうだ。本当にありがたいと思っているし、できれば、最後まで協力してほしいと思っている。
「だから、俺も必要以上に怒らせたいとは思ってないっていうか」
「……」
「そういう意味でも、どうにかできればな、とは思ってるんだけどな。これでも一応」
――まぁ、その「どうにか」がぜんぜんわからないわけではあるんだけど。
休暇に入る前から、あるいは、もっと以前から、向原は自分に対して思うところがあったはずだ。そのことはさすがに理解しているし、自分に非があるとも思っている。言い訳する気もない。
ただ、それが、篠原の言うように目に見えて悪化しているのだとしても、トリガーがなんだったのかということまでは、わからない。
そもそも、非があったことは認めても、自分に改める気がいっさいないのだから、どうにもなりようがないだろう。
だから、努力はしてもいいが、どうなるかはわからない、としか言いようがなかったのだ。
「おまえ、本当性格悪いな」
「知ってる」
しみじみと評されたところで、それもまた事実でしかないので、痛くもかゆくもない。軽く笑って、話を変える。
「でも、前にも言ったけど、俺は水城を追い出す気はないよ」
「言ってたな。まぁ、べつに、いいんだけどな、俺も。これもおまえが言ったとおりで、どうせ、あと半年だ」
あと半年、という言葉に、成瀬はまた小さく笑った。
物理的に家と距離を取ることができるあいだに変わればいい、と知った顔で示された隔離期間は、過ぎてみれば案外と早かったような気がする。残り少なくなったとは言え、気を抜くつもりはいっさいないけれど。
「まぁ、もし、またなにかあれば、あと一発か二発くらい鼻っ柱折ってもいいかなとは思ってるけど。俺たちが卒業したら、ここはある程度落ち着く。そうしたら、皓太で十分対応できる」
「それはそうかもな」
「だろ? とは言っても、実はめちゃくちゃ避けられてるんだけどね、俺。九月になってから、一回も水城の顔見てなくて」
「あぁ、水城な」
嫌そうな声に、寮で顔を見る以上の接触があったことを知る。
「なに言われたのか知らないけど、気にしなくていいよ」
強がっているつもりはひとつもなく、ただ本心だった。
「俺が気にしないから」
「おまえはな」
「うん。でも、そもそもだけど、俺が気にしないんだったら、それで問題ないと思うんだけど。違う?」
違わない、と篠原が思っているだろうということは知っている。余計な世話だと思っているが、まともな人間が有する気遣いなのだろうないうこともわかる。
そういうところが、篠原にしろ、茅野にしろ、真っ当なのだろうとも思う。
――自分を大事にしろ、ね。
それもまた、いかにもらしい真っ当な台詞だった。言われた相手が自分でさえなければ、それなりの顔で頷いてやることができるのだが。
よく、わからない。
――でも、まぁ、べつに、わからないなら、わからないでもいいか。
理解のできないものなんて、いくらでもこの世には存在している。自分にとっては、たまたまそれだったというだけのことで、生きていく上でなんの問題もないことだ。
そう割り切って「篠原」と、ずっと座ったままの机を叩く。
「いいかげん退けって、そこ。たぶん、そろそろ戻ってくるから。向原見つけられたとは思わないけど」
「皓太、おまえ探すのはうまいんだけどな。向原はちょっと難しかったか」
「そこは、まぁ、年季が違うから」
「つまり昔から迷惑かけてたと」
呆れたふうに笑って篠原が机から下りる。そうしてから、ふと思い出したように問いかけてきた。
「おまえさ、皓太が通してほしいって言ったから、通すって決めたって、前、言ってたけど。あれって本心?」
「本心だけど」
その点についてだけで言えば、まちがいなく本心のつもりだ。なんでそんな確認を取られたんだろうと思いながら頷けば、篠原がまた小さく溜息をこぼした。
「だったら、いいけど。必要以上に怒らせたくないって言うなら、向原のほうもなんとかしとけよ。おまえ、自分がなにしたらあいつの機嫌が悪くなんのかも、どうしたらいいのかも、ぜんぶわかってるだろ」
「おまえに比べたら、誰でも繊細に決まってる」
一緒にするなと言わんばかりのそれを笑えば、呆れたように溜息を吐かれてしまった。そうして、「でも、まぁ」と呟く。
「そっちに関しては、向原がけっこう協力してるだろ。意外なくらいって言っていいのかはわかんねぇけど」
「うん、感謝してる」
事実だったので、淡々と成瀬は同意を示した。そうだ。本当にありがたいと思っているし、できれば、最後まで協力してほしいと思っている。
「だから、俺も必要以上に怒らせたいとは思ってないっていうか」
「……」
「そういう意味でも、どうにかできればな、とは思ってるんだけどな。これでも一応」
――まぁ、その「どうにか」がぜんぜんわからないわけではあるんだけど。
休暇に入る前から、あるいは、もっと以前から、向原は自分に対して思うところがあったはずだ。そのことはさすがに理解しているし、自分に非があるとも思っている。言い訳する気もない。
ただ、それが、篠原の言うように目に見えて悪化しているのだとしても、トリガーがなんだったのかということまでは、わからない。
そもそも、非があったことは認めても、自分に改める気がいっさいないのだから、どうにもなりようがないだろう。
だから、努力はしてもいいが、どうなるかはわからない、としか言いようがなかったのだ。
「おまえ、本当性格悪いな」
「知ってる」
しみじみと評されたところで、それもまた事実でしかないので、痛くもかゆくもない。軽く笑って、話を変える。
「でも、前にも言ったけど、俺は水城を追い出す気はないよ」
「言ってたな。まぁ、べつに、いいんだけどな、俺も。これもおまえが言ったとおりで、どうせ、あと半年だ」
あと半年、という言葉に、成瀬はまた小さく笑った。
物理的に家と距離を取ることができるあいだに変わればいい、と知った顔で示された隔離期間は、過ぎてみれば案外と早かったような気がする。残り少なくなったとは言え、気を抜くつもりはいっさいないけれど。
「まぁ、もし、またなにかあれば、あと一発か二発くらい鼻っ柱折ってもいいかなとは思ってるけど。俺たちが卒業したら、ここはある程度落ち着く。そうしたら、皓太で十分対応できる」
「それはそうかもな」
「だろ? とは言っても、実はめちゃくちゃ避けられてるんだけどね、俺。九月になってから、一回も水城の顔見てなくて」
「あぁ、水城な」
嫌そうな声に、寮で顔を見る以上の接触があったことを知る。
「なに言われたのか知らないけど、気にしなくていいよ」
強がっているつもりはひとつもなく、ただ本心だった。
「俺が気にしないから」
「おまえはな」
「うん。でも、そもそもだけど、俺が気にしないんだったら、それで問題ないと思うんだけど。違う?」
違わない、と篠原が思っているだろうということは知っている。余計な世話だと思っているが、まともな人間が有する気遣いなのだろうないうこともわかる。
そういうところが、篠原にしろ、茅野にしろ、真っ当なのだろうとも思う。
――自分を大事にしろ、ね。
それもまた、いかにもらしい真っ当な台詞だった。言われた相手が自分でさえなければ、それなりの顔で頷いてやることができるのだが。
よく、わからない。
――でも、まぁ、べつに、わからないなら、わからないでもいいか。
理解のできないものなんて、いくらでもこの世には存在している。自分にとっては、たまたまそれだったというだけのことで、生きていく上でなんの問題もないことだ。
そう割り切って「篠原」と、ずっと座ったままの机を叩く。
「いいかげん退けって、そこ。たぶん、そろそろ戻ってくるから。向原見つけられたとは思わないけど」
「皓太、おまえ探すのはうまいんだけどな。向原はちょっと難しかったか」
「そこは、まぁ、年季が違うから」
「つまり昔から迷惑かけてたと」
呆れたふうに笑って篠原が机から下りる。そうしてから、ふと思い出したように問いかけてきた。
「おまえさ、皓太が通してほしいって言ったから、通すって決めたって、前、言ってたけど。あれって本心?」
「本心だけど」
その点についてだけで言えば、まちがいなく本心のつもりだ。なんでそんな確認を取られたんだろうと思いながら頷けば、篠原がまた小さく溜息をこぼした。
「だったら、いいけど。必要以上に怒らせたくないって言うなら、向原のほうもなんとかしとけよ。おまえ、自分がなにしたらあいつの機嫌が悪くなんのかも、どうしたらいいのかも、ぜんぶわかってるだろ」
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