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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 3 ③
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「そういうわけじゃないけど」
困ったように、ふっと皓太が笑みをこぼした。
「というか、成瀬さんとたぶん一緒だよ。楽しいこともあれば、楽しくないこともある。生徒会に限らず、なんでもそういうものだと思うし」
「うん」
「ただ、生徒会に入ると格段に忙しくはなるだろうから。あいつ、けっこう授業についていくので必死なところあるし、負担じゃないかなとは素直に思う。……言わないけど」
たしかに、皓太が言えば、行人は反発しそうだ。苦笑いにあわせて、成瀬も小さく笑った。当人からすればじれったいばかりかもしれないが、行人の頑なさもプライドも、そうしてそれをわかった上での皓太の気遣いも、どれもすべてかわいく見えてしまう。
「それに、余計な注目も浴びることになるし」
「それだけ?」
ちょうどいいタイミングだと、苦笑をおさめて成瀬は静かに問い重ねた。
「選挙のほうでも気になってることがあるんじゃないのかなって思ってたんだけど。違った?」
「……違わなくはないけど」
どう言えばいいのか悩むように逸れた視線が、手元の書類のほうに落ちる。
「こういうこと言うと、なんか情けないんだけど」
「うん」
「夏前にも成瀬さんに大見得切ったのになって。でも、なんていうのかな、ほかの誰が出てもいいけど、とくに俺と同じ学年のやつは」
視線を外したまま、でも、と皓太は言った。
「二年生は、ちょっとやだな。もちろん、俺がやることは変わらないけど」
「それは――」
と、言い諭そうとしたタイミングで、生徒会室の扉がガチャリと開いた。
「あ、向原さん」
ぱっと振り返った皓太の声は、切り替えたらしくいつもどおりのものに戻っていて。しかたないな、と苦笑ひとつで視線を向ける。
用事の合間に立ち寄っただけ、という雰囲気で、立ったまま自身の机周りを確認していた向原が顔を上げた。
「どうかしたのか?」
「ちょっと休憩してただけ」
視線に気がついたから、という以外の他意のひとつもない、淡々とした問いかけに、同じように問い返す。
「向原は? またすぐ出るの」
「急ぐのもないだろ。そのまま戻る」
応じながら流し読みしていた書類の束を、また机上に戻している。本当に、すぐに出て行くつもりだったのだろう。
急いでやってほしいようなものがないことも事実で、おまけに、なにのために立ち回ってくれているのかも承知している身としては、そう言われてしまえば、返す言葉もない。
――べつに、引き留めたかったわけじゃないけど。
忙しくさせているということについて、多少の申し訳なさは持っているものの、それだけのつもりだ。
「だからなんだよ」
視線が煩わしかったのか、苦笑まじりに向原がもう一度問いかけてくる。その視線は片づけている手元に向いたままだ。そのことに、なんとなくほっとしまま、笑って首を振る。
「なんでもない。お疲れさま。俺も皓太ももうちょっと残ってると思うけど」
「大変だな、皓太が」
呆れたように笑って、皓太にちらりと目を向ける。その顔も、話しかける声のトーンも、まるでなにごともなかったかのように穏やかだ。
「適当に切り上げさせろよ」
「あ、はい」
お疲れさまです、と続いた台詞に小さく頷くと、向原はそのまま出て行ってしまった。扉が閉まってしばらくしてから、ぽつりと皓太が呟く。
「なんか、向原さん、すごいふつうだね。……というか、新学期始まってから、ずっとふつうだよね」
安心していいのかわからないと言いたげなそれに、成瀬は深刻にならないように笑った。
「ふつうなら、なによりだと思うけど。まぁ、もともと、感情の振り幅の少ないやつだし。あんなもんじゃないのかな」
「まぁ、それは、そうなんだけど。なんていうか、夏季休暇に入るちょっと前くらいまでは大丈夫なのかなって思ってたから。それこそ、俺が心配することじゃないんだろうけど」
「うん、大丈夫だと思うよ」
揉まなくていい気を揉んでいたことも承知していたので、はっきりと言い切ってやる。
それに、おそらくは、皓太にまでそんなふうに心配されていた状態がおかしかったのだ。だから、だぶん、今が本当に「ふつう」だ。
「皓太が気にすることじゃない」
困ったように、ふっと皓太が笑みをこぼした。
「というか、成瀬さんとたぶん一緒だよ。楽しいこともあれば、楽しくないこともある。生徒会に限らず、なんでもそういうものだと思うし」
「うん」
「ただ、生徒会に入ると格段に忙しくはなるだろうから。あいつ、けっこう授業についていくので必死なところあるし、負担じゃないかなとは素直に思う。……言わないけど」
たしかに、皓太が言えば、行人は反発しそうだ。苦笑いにあわせて、成瀬も小さく笑った。当人からすればじれったいばかりかもしれないが、行人の頑なさもプライドも、そうしてそれをわかった上での皓太の気遣いも、どれもすべてかわいく見えてしまう。
「それに、余計な注目も浴びることになるし」
「それだけ?」
ちょうどいいタイミングだと、苦笑をおさめて成瀬は静かに問い重ねた。
「選挙のほうでも気になってることがあるんじゃないのかなって思ってたんだけど。違った?」
「……違わなくはないけど」
どう言えばいいのか悩むように逸れた視線が、手元の書類のほうに落ちる。
「こういうこと言うと、なんか情けないんだけど」
「うん」
「夏前にも成瀬さんに大見得切ったのになって。でも、なんていうのかな、ほかの誰が出てもいいけど、とくに俺と同じ学年のやつは」
視線を外したまま、でも、と皓太は言った。
「二年生は、ちょっとやだな。もちろん、俺がやることは変わらないけど」
「それは――」
と、言い諭そうとしたタイミングで、生徒会室の扉がガチャリと開いた。
「あ、向原さん」
ぱっと振り返った皓太の声は、切り替えたらしくいつもどおりのものに戻っていて。しかたないな、と苦笑ひとつで視線を向ける。
用事の合間に立ち寄っただけ、という雰囲気で、立ったまま自身の机周りを確認していた向原が顔を上げた。
「どうかしたのか?」
「ちょっと休憩してただけ」
視線に気がついたから、という以外の他意のひとつもない、淡々とした問いかけに、同じように問い返す。
「向原は? またすぐ出るの」
「急ぐのもないだろ。そのまま戻る」
応じながら流し読みしていた書類の束を、また机上に戻している。本当に、すぐに出て行くつもりだったのだろう。
急いでやってほしいようなものがないことも事実で、おまけに、なにのために立ち回ってくれているのかも承知している身としては、そう言われてしまえば、返す言葉もない。
――べつに、引き留めたかったわけじゃないけど。
忙しくさせているということについて、多少の申し訳なさは持っているものの、それだけのつもりだ。
「だからなんだよ」
視線が煩わしかったのか、苦笑まじりに向原がもう一度問いかけてくる。その視線は片づけている手元に向いたままだ。そのことに、なんとなくほっとしまま、笑って首を振る。
「なんでもない。お疲れさま。俺も皓太ももうちょっと残ってると思うけど」
「大変だな、皓太が」
呆れたように笑って、皓太にちらりと目を向ける。その顔も、話しかける声のトーンも、まるでなにごともなかったかのように穏やかだ。
「適当に切り上げさせろよ」
「あ、はい」
お疲れさまです、と続いた台詞に小さく頷くと、向原はそのまま出て行ってしまった。扉が閉まってしばらくしてから、ぽつりと皓太が呟く。
「なんか、向原さん、すごいふつうだね。……というか、新学期始まってから、ずっとふつうだよね」
安心していいのかわからないと言いたげなそれに、成瀬は深刻にならないように笑った。
「ふつうなら、なによりだと思うけど。まぁ、もともと、感情の振り幅の少ないやつだし。あんなもんじゃないのかな」
「まぁ、それは、そうなんだけど。なんていうか、夏季休暇に入るちょっと前くらいまでは大丈夫なのかなって思ってたから。それこそ、俺が心配することじゃないんだろうけど」
「うん、大丈夫だと思うよ」
揉まなくていい気を揉んでいたことも承知していたので、はっきりと言い切ってやる。
それに、おそらくは、皓太にまでそんなふうに心配されていた状態がおかしかったのだ。だから、だぶん、今が本当に「ふつう」だ。
「皓太が気にすることじゃない」
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