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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 1 ⑦
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「榛名だから、か」
「うん。いい子だから、すごく」
「……おまえがそんなふうに他人を表現できるようになっただけ成長したと取るべきなんだろうな、これは」
「なんだよ、それ」
「出会ったばかりのころより、随分とマシになったという話だ」
「マシって」
「だから、まぁ、なんだ。この調子で少しずつマシになっていけば、おまえの疑問が晴れる日もやってくるんじゃないか?」
中途半端に放り投げられた気分で、答えてくれないんだ、と呟けば、心外そうな顔を返されてしまった。
「答えてくれないもなにも、他人からの教示を素直に受け入れる懐なんて持っていないだろう」
「茅野、まだなんか怒ってる?」
言い方があまりにもあまりだ。確認に、茅野が淡々と首を振る。
「怒ってはいない。若干、呆れてはいるが」
「……」
「とにかく、そういうことだ。人と関わる中でおまえが認めまいが変わってきていることは事実なんだ。だったら、そのおまえの疑問も、人と関わっていく中で実感していくしかないと俺は思うが」
諭すような調子に、実感、と成瀬は繰り返した。実感というのは、自分が誰かを好きになる中で、ということなのだろうか。
――いや、ありえないだろ。
思い至った可能性を即座に切り捨てる。そもそもとして、自分が体験したいという主旨の話をしたつもりはいっさいなかったのだ。知らず発した声に険が混じる。
こんな言葉遊びのような会話で、苛々なんてしたくもないのに。
「誰もそんなこと言ってない」
「じゃあ、なんでそんな話を持ち出したんだ」
「それは……」
それは、の続きがなぜか出てこなかった。持ち出したのは、引っかかりを覚えたからだ。そのはずなのに、引っかかりを覚えたきっかけを見つけることができない。
人を好きになるどうのこうの以前に、自分のことすらしっかりと把握できていなかった現状に、半ば呆然とする。
――気づかなきゃよかった。
そうだ。こんなこと。気づかなければ、ないものと同じなのに。黙り込んだ成瀬に、とどめのようにして茅野は続けた。
「そういった感情を持たない人間もいることは承知しているが、俺にはおまえがその類の人間にはどうも見えなくてな」
「……どういうことだよ」
「おまえお得意の気づかないふりを決め込んでいるように思えてしかたがない、と言ってるんだ」
つい先ほど思い浮かんばかりだったせいか、「気づかないふり」という言葉が思いのほかどこかに刺さった気がした。
再びの沈黙をどう捉えたのか、話を終わらせるように茅野の声音がやわらぐ。
「あと半年しっかり考えたらいいとは思うが。まだ時間は残ってるわけだしな」
もろもろを呑み込んで、うん、と成瀬は頷いた。そうする以外に、この場を切り抜ける術がわからなかったからだ。
「そうする」
「ぜひ、そうしてくれ。――話は、まぁ、このくらいにしておくか。寮生委員の件については、先ほど言ったとおりでもう少し考えるとして。寮長であるところの俺が、これ以上ここでもめごとを起こすわけにはいかないからな」
「よく言う」
伸びてきた手に軽く髪を触れられても避けなかったのは、害意が感じられなかったからだ。もうしないという意思表示だということもわかったから、動きを目線で追うことしかしなかった。
「悪かったな。そこまでの馬鹿じゃなくてほっとした」
そのくらいのことはわかる。なのに――。
なんで、自分のことなのに、よくわからない、なんて曖昧なことを思ってしまうのだろう。
「なぁ、茅野。一般論として聞きたいんだけど、怒る気にもならないときって、もう見捨ててるタイミングだと思う?」
いっそのこと見捨ててくれたらいいと思っていたのは、自分だったはずなのに。なんでこんなことを尋ねているのか。本当に、意味がわからなかった。
「……特定の個人に対してのみ当てはめて答えるが。見捨てる気があるなら、もっと早いタイミングで見捨てているんじゃないか。だから、なんだ。妙な心配をするのはやめておけ」
殴られるぞ、と冗談めかした苦言に、成瀬はよくわからないまま小さく笑った。
「うん。いい子だから、すごく」
「……おまえがそんなふうに他人を表現できるようになっただけ成長したと取るべきなんだろうな、これは」
「なんだよ、それ」
「出会ったばかりのころより、随分とマシになったという話だ」
「マシって」
「だから、まぁ、なんだ。この調子で少しずつマシになっていけば、おまえの疑問が晴れる日もやってくるんじゃないか?」
中途半端に放り投げられた気分で、答えてくれないんだ、と呟けば、心外そうな顔を返されてしまった。
「答えてくれないもなにも、他人からの教示を素直に受け入れる懐なんて持っていないだろう」
「茅野、まだなんか怒ってる?」
言い方があまりにもあまりだ。確認に、茅野が淡々と首を振る。
「怒ってはいない。若干、呆れてはいるが」
「……」
「とにかく、そういうことだ。人と関わる中でおまえが認めまいが変わってきていることは事実なんだ。だったら、そのおまえの疑問も、人と関わっていく中で実感していくしかないと俺は思うが」
諭すような調子に、実感、と成瀬は繰り返した。実感というのは、自分が誰かを好きになる中で、ということなのだろうか。
――いや、ありえないだろ。
思い至った可能性を即座に切り捨てる。そもそもとして、自分が体験したいという主旨の話をしたつもりはいっさいなかったのだ。知らず発した声に険が混じる。
こんな言葉遊びのような会話で、苛々なんてしたくもないのに。
「誰もそんなこと言ってない」
「じゃあ、なんでそんな話を持ち出したんだ」
「それは……」
それは、の続きがなぜか出てこなかった。持ち出したのは、引っかかりを覚えたからだ。そのはずなのに、引っかかりを覚えたきっかけを見つけることができない。
人を好きになるどうのこうの以前に、自分のことすらしっかりと把握できていなかった現状に、半ば呆然とする。
――気づかなきゃよかった。
そうだ。こんなこと。気づかなければ、ないものと同じなのに。黙り込んだ成瀬に、とどめのようにして茅野は続けた。
「そういった感情を持たない人間もいることは承知しているが、俺にはおまえがその類の人間にはどうも見えなくてな」
「……どういうことだよ」
「おまえお得意の気づかないふりを決め込んでいるように思えてしかたがない、と言ってるんだ」
つい先ほど思い浮かんばかりだったせいか、「気づかないふり」という言葉が思いのほかどこかに刺さった気がした。
再びの沈黙をどう捉えたのか、話を終わらせるように茅野の声音がやわらぐ。
「あと半年しっかり考えたらいいとは思うが。まだ時間は残ってるわけだしな」
もろもろを呑み込んで、うん、と成瀬は頷いた。そうする以外に、この場を切り抜ける術がわからなかったからだ。
「そうする」
「ぜひ、そうしてくれ。――話は、まぁ、このくらいにしておくか。寮生委員の件については、先ほど言ったとおりでもう少し考えるとして。寮長であるところの俺が、これ以上ここでもめごとを起こすわけにはいかないからな」
「よく言う」
伸びてきた手に軽く髪を触れられても避けなかったのは、害意が感じられなかったからだ。もうしないという意思表示だということもわかったから、動きを目線で追うことしかしなかった。
「悪かったな。そこまでの馬鹿じゃなくてほっとした」
そのくらいのことはわかる。なのに――。
なんで、自分のことなのに、よくわからない、なんて曖昧なことを思ってしまうのだろう。
「なぁ、茅野。一般論として聞きたいんだけど、怒る気にもならないときって、もう見捨ててるタイミングだと思う?」
いっそのこと見捨ててくれたらいいと思っていたのは、自分だったはずなのに。なんでこんなことを尋ねているのか。本当に、意味がわからなかった。
「……特定の個人に対してのみ当てはめて答えるが。見捨てる気があるなら、もっと早いタイミングで見捨てているんじゃないか。だから、なんだ。妙な心配をするのはやめておけ」
殴られるぞ、と冗談めかした苦言に、成瀬はよくわからないまま小さく笑った。
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