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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 1 ④
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「良くも悪くも平和主義な子だから。そこがすごく良い子だと思うんだけど。ここまで派手に揉めたところに、顔出したくないんじゃないかなって。……よっぽど誰かに頼まれたら腹くくるかもしれないけど」
「誰か、なぁ」
「そう、誰か。どうだろうな。そうなってくると、ちょっと皓太がかわいそうな気もするんだけど。世話になったって言ってたし。――でも、言っとくけど、さすがに事前に潰すつもりはないからな? 最低限、そこは公平でいようと思ってる」
「本尾が聞いたらひっくり返りそうだな」
こちらのことを常々身びいきが過ぎると批判している男を引き合いに出してから、茅野はこう切り出した。
「榛名がちらりと言っていたんだが、榛名を引き抜いたあとの後任に四谷の名前を出したのも、『公平』のつもりか?」
「最終決めるのは茅野だから、そこに口出すつもりはないんだけど。……なに、そんな気に食わなかったの?」
寮生委員から続けざまに引き抜けば、嫌味のひとつくらいは言われるだろうと思っていたし、聞くべきだともわかっていたから、ここで待ってはいた。
ただ、正直、そこまで本当に嫌そうな顔をされるとは想像していなかったのだ。口を出したことが気に食わなかったのかという質問に、茅野が軽く眉を上げた。
「おまえが口を多少出したくらいで、いまさらなんとも思わんが」
「じゃあ、人選? 四谷そんなに駄目だった? いいと思ったんだけど」
「四谷自身に問題はない」
その点は、とでもいうように、きっぱりとした否定が返ってくる。
「情緒不安定なところが目についた時期もあったが、落ち着いてきているし、周囲のこともちゃんと目に入るタイプだ。頭も悪くない。資質の意味で問題はないが、相棒が荻原というのは、ちょっと気の毒だろう?」
「なんで?」
「本気で言って……、いや、本気だったな。悪い、おまえにそういう方面の情動を期待した俺が馬鹿だった」
「期待した俺が馬鹿だったって、そこまで言う? なにか知らないけど」
呆れられたを通り越して、なんだか憐れまれた気分だ。
「案外いいバランスなんじゃないかなって思うんだけど。荻原、基本が穏やかだから、四谷が多少強く出ても問題なく受けとめるだろうし。その情緒不安定、というか、若干自信がなさそうなところも、役職を持ったら落ち着くだろうし」
「誰がそんな話をした」
「じゃあ……」
「並みいるアルファの中からあえて俺を選んで、卒業するまでのあいだだけ都合の良いつがいでいてくれと、いけしゃあしゃあと頼むことのできるおまえに、配慮を期待した俺が馬鹿だった」
「……」
「気まずそうな顔をするだけの良心はあったようでなによりだ」
「思ってるよ、悪かったとは」
「本当か?」
「……多少は」
本当だ、と強調するように、成瀬はそう繰り返した。
嘘ではない。多少、悪いことをしたかもしれない、と思ってはいる。合理的だったと思っているし、間違っていたとも思っていないが。
ただ、茅野の言うところの、まともな情緒を有していれば、頼まないほうが「ふつう」だったのかもしれないな、とは。
――べつに、嫌いなわけじゃないしな。
そう、嫌いなわけじゃない。もう六年近くになる付き合いの中で信用もしている。だから、選んだのだ。
それなのに、と心のどこかで思っていたことが、そのままぽろりと言葉になった。
そうであれば、休暇中、あれほど皓太に気を遣わせることもなかったのに。
「でも、本当、おまえ、そういうとこ頭固いよな」
「だから、固い柔らかいの問題ではないと――、成瀬」
なに、とわずかに顔を寄せる。伸びてきた手に鷲掴みにされたと思ったときには、叩きつけるに近い勢いで頭を机に押しつけられていた。
ガン、と鈍い音が鳴る。
「っ――!」
衝撃に、ぐわんと脳が揺れた気がした。茅野はなにも言わない。けれど、どこを見ているのかはすぐにわかった。項。その視線に、ぞくりとしたものが走る。
手のひらで覆い隠してしまいたい衝動を押さえ込んで、机の下で手を握りこむ。本能であったとしても、怯えていると捉えられかねない行動など、絶対に取りたくなかったのだ。
「悪かったな、いきなり」
感情のまったく伴っていない謝罪ではあったものの、続いて押さえつけていた手も離れていく。
一秒、二秒、痛みを堪えるように息を吐いてから、成瀬は顔を上げた。まだ少し心臓が忙しなく動いている。
「……茅野」
気にしないふりで拳を解いて、痛む額にあてがう。たぶん、はっきりとこちらの表情までは見えていないはずだ。
「誰か、なぁ」
「そう、誰か。どうだろうな。そうなってくると、ちょっと皓太がかわいそうな気もするんだけど。世話になったって言ってたし。――でも、言っとくけど、さすがに事前に潰すつもりはないからな? 最低限、そこは公平でいようと思ってる」
「本尾が聞いたらひっくり返りそうだな」
こちらのことを常々身びいきが過ぎると批判している男を引き合いに出してから、茅野はこう切り出した。
「榛名がちらりと言っていたんだが、榛名を引き抜いたあとの後任に四谷の名前を出したのも、『公平』のつもりか?」
「最終決めるのは茅野だから、そこに口出すつもりはないんだけど。……なに、そんな気に食わなかったの?」
寮生委員から続けざまに引き抜けば、嫌味のひとつくらいは言われるだろうと思っていたし、聞くべきだともわかっていたから、ここで待ってはいた。
ただ、正直、そこまで本当に嫌そうな顔をされるとは想像していなかったのだ。口を出したことが気に食わなかったのかという質問に、茅野が軽く眉を上げた。
「おまえが口を多少出したくらいで、いまさらなんとも思わんが」
「じゃあ、人選? 四谷そんなに駄目だった? いいと思ったんだけど」
「四谷自身に問題はない」
その点は、とでもいうように、きっぱりとした否定が返ってくる。
「情緒不安定なところが目についた時期もあったが、落ち着いてきているし、周囲のこともちゃんと目に入るタイプだ。頭も悪くない。資質の意味で問題はないが、相棒が荻原というのは、ちょっと気の毒だろう?」
「なんで?」
「本気で言って……、いや、本気だったな。悪い、おまえにそういう方面の情動を期待した俺が馬鹿だった」
「期待した俺が馬鹿だったって、そこまで言う? なにか知らないけど」
呆れられたを通り越して、なんだか憐れまれた気分だ。
「案外いいバランスなんじゃないかなって思うんだけど。荻原、基本が穏やかだから、四谷が多少強く出ても問題なく受けとめるだろうし。その情緒不安定、というか、若干自信がなさそうなところも、役職を持ったら落ち着くだろうし」
「誰がそんな話をした」
「じゃあ……」
「並みいるアルファの中からあえて俺を選んで、卒業するまでのあいだだけ都合の良いつがいでいてくれと、いけしゃあしゃあと頼むことのできるおまえに、配慮を期待した俺が馬鹿だった」
「……」
「気まずそうな顔をするだけの良心はあったようでなによりだ」
「思ってるよ、悪かったとは」
「本当か?」
「……多少は」
本当だ、と強調するように、成瀬はそう繰り返した。
嘘ではない。多少、悪いことをしたかもしれない、と思ってはいる。合理的だったと思っているし、間違っていたとも思っていないが。
ただ、茅野の言うところの、まともな情緒を有していれば、頼まないほうが「ふつう」だったのかもしれないな、とは。
――べつに、嫌いなわけじゃないしな。
そう、嫌いなわけじゃない。もう六年近くになる付き合いの中で信用もしている。だから、選んだのだ。
それなのに、と心のどこかで思っていたことが、そのままぽろりと言葉になった。
そうであれば、休暇中、あれほど皓太に気を遣わせることもなかったのに。
「でも、本当、おまえ、そういうとこ頭固いよな」
「だから、固い柔らかいの問題ではないと――、成瀬」
なに、とわずかに顔を寄せる。伸びてきた手に鷲掴みにされたと思ったときには、叩きつけるに近い勢いで頭を机に押しつけられていた。
ガン、と鈍い音が鳴る。
「っ――!」
衝撃に、ぐわんと脳が揺れた気がした。茅野はなにも言わない。けれど、どこを見ているのかはすぐにわかった。項。その視線に、ぞくりとしたものが走る。
手のひらで覆い隠してしまいたい衝動を押さえ込んで、机の下で手を握りこむ。本能であったとしても、怯えていると捉えられかねない行動など、絶対に取りたくなかったのだ。
「悪かったな、いきなり」
感情のまったく伴っていない謝罪ではあったものの、続いて押さえつけていた手も離れていく。
一秒、二秒、痛みを堪えるように息を吐いてから、成瀬は顔を上げた。まだ少し心臓が忙しなく動いている。
「……茅野」
気にしないふりで拳を解いて、痛む額にあてがう。たぶん、はっきりとこちらの表情までは見えていないはずだ。
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