パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
300 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・ゼロⅣ ②

しおりを挟む
 怖いもの知らずの水城のパフォーマンスを思い出したのか、苦笑じみた笑みをこぼしてから、同級生は口火を切った。

「前にもちょっとそんな噂があったけど。会長がオメガなんじゃないかっていう話」
「へぇ」

 ますます楽しくなってきて、相槌を打つ声に嬉々としたものがにじむ。それを適度に抑えながら、水城は「そうなんだ」と感じ入ったふうに呟いてみせた。
 こんな話が聞けるなんて、運が良い。滞在先を選定したときの自分の勘に間違いはなかったのだ。そう思うと、気分も良かった。

「ま、追い出したのは会長っていうより、副会長のほうらしいけど」
「副会長って、向原先輩のことだよね」
「そう、向原先輩。そのころも、今の生徒会の人たちがトップ張ってたからね。それで、副会長の家なんだけど、けっこう怖いんだよ。会長のところは、……なんていうか、派手だから目立ってるけど、怖いで言えば、副会長のところのほうが格段に怖い」
「怖いかぁ」

 曖昧にぼかされた表現に、くすくすと笑う。

「お金持ちの人たちも大変なんだね」
「まぁね。それぞれの繋がりってやつがあるから」

 まんざらでもない様子で、同級生はさらなる詳細を話し始めた。聞いて損はない話だと、興味津々の顔を崩さないまま、うん、うん、と頷いてみせる。

「会長のところは、言っても、本家じゃないから。あそこの本家は、ちょっと怖いけど」
「そうなんだ」
「そう、そう。ハルちゃんは編入組だから知らなくてあたりまえなんだけど、俺らの二個下に、いるんだよ。その成瀬の本家の三男坊。あれはちょっと会長とは違う意味で怒らせたくない人種だな」
「へぇ」

 その情報自体は聞いたことはあった。あまり興味が湧かなかったから、顔を見に行こうとは思わなかったというだけで。

「会長と似てるの?」
「どうかな。年も離れてるし、あんまり仲良いって話は聞いたことないな。というか、どっちの口からも、お互いのこと話してるの聞いたことないし。従兄弟だって思ってみたら似てなくはないけど、雰囲気だけで言えば、会長と高藤のほうが似てる気がする」

 そう笑ってから、ふとその同級生が笑みを引っ込めた。話しすぎたと危ぶんだのかもしれない。

「俺の従兄の話のほうはバレたらまずいから、秘密にしてくれる? 親にも、頼むからあそことは揉めるなって念押されてるんだよ。俺も退学にはなりたくないし」
「もちろん」

 にんまりと唇を笑ませたまま、水城は肩を寄せた。

「もちろん、秘密にする。僕と轟くんのふたりの秘密だね」

 でも、ととびきりの甘えた声で囁く。

「せっかくだから、その話、僕もっと聞きたいなぁ」

 これはきっと、とてつもない有意義な秘密になると内心でほくそ笑みながら。



[パーフェクトワールド・ゼロⅣ]



 アルファではない自分に価値はないということと。そして、アルファでない人間にとって世界はとんでもなく不平等だということ。そのふたつが、幼少期から刷り込まれた絶対の価値観で唯一無二の真実だった。


「ところで、あなたはいつまでアルファでいるつもりなのかしら」

 何度も言ってきたことでしょう、と言わんばかりの調子で、アルファであることが唯一無二の絶対だと自分に刷り込み続けてきた母が、そう問いかけてくる。
 自室にあるお気に入りの赤いソファーにゆったりと腰かけ、女優然とした態度で足を組む姿を前に、どういうことですか、とできる限り淡々と成瀬は問い返した。
 プライベートの空間だろうとなんだろうと、いつだって自分が物事の中心にいるにふさわしい格好をしていないと気が済まない人なのだ。
 この持って回った言い回しにしても、そう。律儀に神経を逆撫でられていても、こちらの胃がやられるだけだいうことは経験則で承知している。

「いつまでいるつもりもなにも、そんな話は、今はじめて聞きましたが」
「あなた、私が学園の惨状を把握していないとでも思っているの? 先生からも恥ずかしいご連絡をいただいてしまったでしょう。いったいどうして薬の適正管理なんて基礎的なことができなくなってしまったのかしら」

 恥ずかしいったらないわ、と眉を顰めた直後に、だからね、と言い含めるように彼女は声音を和らげてみせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

処理中です...