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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 0 ③
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「夏休み期間中も、陵学園の学生だという自覚を持って、節度を守って過ごすように。それでは、解散」
寮長である茅野の話が終わると、食堂に集まっていた寮生たちのあいだからぱらぱらと話し声が響き始める。帰省を前にした、楽しそうな雰囲気。食堂内を見渡してから、行人は視線を手元に落とした。
――いい機会なのかもな、ちょっと離れるのも。
最近の寮の空気は入寮したてのころと比べても、良くはなかったから。
自分にしてもそうだ。気がかりなことはあるけれど、ここにいても不安が増すばかりだったかもしれない。それだったら、家で落ち着いて、高藤に言われたことや成瀬に言われたことを考えてみたほうが、ずっと有意義だ。
――四谷のことも、考えなきゃだし。
と言っても、四谷はべつになにも態度を変えてはいないのだが。
「皓太」
また溜息を零しそうになったところでかかった声に、ぱっと振り返る。自分が呼ばれたわけではなかったのだが、いまさらな話で半ば条件反射の部類だった。
成瀬も成瀬で慣れた顔で、にこと行人にもほほえんでから、高藤へ話を振っている。
「一緒に帰るだろ。ちょっと待ってて」
「あ、……うん」
先に帰るなという釘を刺しに来ただけだったようで、すぐに呼ばれて三年生のところに戻って行ってしまった。
その背中を見送ってから、ぽそりと問いかける。
「一緒に帰るんだ?」
「そりゃ、……まぁ、ほぼ同じとこだし。べつべつに帰るほうが変じゃない?」
そんなに近いんだ、と呟くと、徒歩五分という答えが返ってきた。想像していた以上に近い。
「徒歩五分」
「……というか、まぁ、ほぼ真向かい」
「真向かい」
五分って、もしかしなくても玄関から玄関までの距離か。あるいは、部屋から部屋までの距離か。どちらにしろ、めちゃくちゃ近いらしかった。
いいな、とは口に出さないまま、立ち去った成瀬のほうに視線を送る。同級生と話す横顔は、いかにも優しげだった。見慣れた表情。
成瀬は、まったく変わらない。はじめて会ったころからずっと、不思議なくらい同じまま。穏やかで、完璧で、強くて優しい。
そうであることは、素晴らしいことなのだと行人は思っていた。態度にぶれがない人は一緒にいてほっとするし、常に穏やかで優しい空気を提供してくれる人の存在は、場を安定させる。
だから、きっと、成瀬は自分が人に与える影響を理解して、「優しい生徒会長」でいてくれたのだろうと思う。すごいことだと、思う。
自分なんて、感情的になり過ぎないようにコントロールするだけで、日々精いっぱいなのに。
――でも、じゃあ、そういう完璧な人って、どこで自分の素を出すんだろうな。
どこで肩の力を抜くんだろう、というか。解散後の人の少ない寮内を荻原と回りながら、行人は頭の片隅でそんなことを考えていた。
一年生のフロアのチェックが、今学期の寮生委員としての最後の仕事だ。自分がなにもしていなかったときはよくわかっていなかったが、委員の仕事――雑用に近いものも含めて――は、多岐にわたるのだなぁ、と感心するばかりだ。
そしてそれをあたりまえの顔でやっていた同室者は、やっぱりちょっとすごいやつなんだろうな、とも。
「茅野先輩、一年のフロア確認終わりました。問題ありません」
「そうか、おつかれ」
柏木となにか確認をしていた茅野が、荻原の報告に笑顔を向ける。
「なら、もう帰っていいぞ」
「え、でも……」
食堂に残っている上級生の寮生委員が帰る気配がないことが気にかかったのだろう。いいんですか、と荻原が繰り返す。
「なにかあるなら手伝いますけど」
「三年と二年で人出は足りているからな。来年はやってもらうことになるんだから、気にしないで帰っていいぞ」
「……なんか聞き覚えのある台詞ですね、それ」
「寮生委員に任命されたことが運の尽きと思って、来年も寮のために尽くしてくれ。というわけで、おまえたちは、今日はここで終わりだ。気をつけて帰れよ」
半ば追い立てるようにそう言われてしまって、行人と荻原はなんとなく顔を見合わせた。しかたないか、というふうに荻原がほほえむ。
「それじゃ、お先に失礼します」
寮生委員の先輩たちに挨拶をする荻原に続いて、行人もぺこりと頭を下げた。気をつけてという声を背に、ふたりで荷物を持って櫻寮を出る。一歩外に出ると、真夏の太陽で空気は高温に蒸されていた。
「あの台詞、寮に配属されたばかりのころにも言われたんだよね」
寮生委員からは逃さないっていう圧力がすごいっていうか、と愚痴ともなんともつかな調子で荻原が続ける。
「高藤が生徒会に引き抜かれちゃったからさ、余計に言われてる気がするというか。まぁ、べつにほかに入りたい委員会もないからいいんだけど」
あぁ、と行人は頷いた。あのじゃんけんはなんだったんだと茅野がぼやいていた場面を見た記憶があったので。
まぁ、荻原に残ってほしいと思っている理由は、それだけではないだろうけれど。
寮長である茅野の話が終わると、食堂に集まっていた寮生たちのあいだからぱらぱらと話し声が響き始める。帰省を前にした、楽しそうな雰囲気。食堂内を見渡してから、行人は視線を手元に落とした。
――いい機会なのかもな、ちょっと離れるのも。
最近の寮の空気は入寮したてのころと比べても、良くはなかったから。
自分にしてもそうだ。気がかりなことはあるけれど、ここにいても不安が増すばかりだったかもしれない。それだったら、家で落ち着いて、高藤に言われたことや成瀬に言われたことを考えてみたほうが、ずっと有意義だ。
――四谷のことも、考えなきゃだし。
と言っても、四谷はべつになにも態度を変えてはいないのだが。
「皓太」
また溜息を零しそうになったところでかかった声に、ぱっと振り返る。自分が呼ばれたわけではなかったのだが、いまさらな話で半ば条件反射の部類だった。
成瀬も成瀬で慣れた顔で、にこと行人にもほほえんでから、高藤へ話を振っている。
「一緒に帰るだろ。ちょっと待ってて」
「あ、……うん」
先に帰るなという釘を刺しに来ただけだったようで、すぐに呼ばれて三年生のところに戻って行ってしまった。
その背中を見送ってから、ぽそりと問いかける。
「一緒に帰るんだ?」
「そりゃ、……まぁ、ほぼ同じとこだし。べつべつに帰るほうが変じゃない?」
そんなに近いんだ、と呟くと、徒歩五分という答えが返ってきた。想像していた以上に近い。
「徒歩五分」
「……というか、まぁ、ほぼ真向かい」
「真向かい」
五分って、もしかしなくても玄関から玄関までの距離か。あるいは、部屋から部屋までの距離か。どちらにしろ、めちゃくちゃ近いらしかった。
いいな、とは口に出さないまま、立ち去った成瀬のほうに視線を送る。同級生と話す横顔は、いかにも優しげだった。見慣れた表情。
成瀬は、まったく変わらない。はじめて会ったころからずっと、不思議なくらい同じまま。穏やかで、完璧で、強くて優しい。
そうであることは、素晴らしいことなのだと行人は思っていた。態度にぶれがない人は一緒にいてほっとするし、常に穏やかで優しい空気を提供してくれる人の存在は、場を安定させる。
だから、きっと、成瀬は自分が人に与える影響を理解して、「優しい生徒会長」でいてくれたのだろうと思う。すごいことだと、思う。
自分なんて、感情的になり過ぎないようにコントロールするだけで、日々精いっぱいなのに。
――でも、じゃあ、そういう完璧な人って、どこで自分の素を出すんだろうな。
どこで肩の力を抜くんだろう、というか。解散後の人の少ない寮内を荻原と回りながら、行人は頭の片隅でそんなことを考えていた。
一年生のフロアのチェックが、今学期の寮生委員としての最後の仕事だ。自分がなにもしていなかったときはよくわかっていなかったが、委員の仕事――雑用に近いものも含めて――は、多岐にわたるのだなぁ、と感心するばかりだ。
そしてそれをあたりまえの顔でやっていた同室者は、やっぱりちょっとすごいやつなんだろうな、とも。
「茅野先輩、一年のフロア確認終わりました。問題ありません」
「そうか、おつかれ」
柏木となにか確認をしていた茅野が、荻原の報告に笑顔を向ける。
「なら、もう帰っていいぞ」
「え、でも……」
食堂に残っている上級生の寮生委員が帰る気配がないことが気にかかったのだろう。いいんですか、と荻原が繰り返す。
「なにかあるなら手伝いますけど」
「三年と二年で人出は足りているからな。来年はやってもらうことになるんだから、気にしないで帰っていいぞ」
「……なんか聞き覚えのある台詞ですね、それ」
「寮生委員に任命されたことが運の尽きと思って、来年も寮のために尽くしてくれ。というわけで、おまえたちは、今日はここで終わりだ。気をつけて帰れよ」
半ば追い立てるようにそう言われてしまって、行人と荻原はなんとなく顔を見合わせた。しかたないか、というふうに荻原がほほえむ。
「それじゃ、お先に失礼します」
寮生委員の先輩たちに挨拶をする荻原に続いて、行人もぺこりと頭を下げた。気をつけてという声を背に、ふたりで荷物を持って櫻寮を出る。一歩外に出ると、真夏の太陽で空気は高温に蒸されていた。
「あの台詞、寮に配属されたばかりのころにも言われたんだよね」
寮生委員からは逃さないっていう圧力がすごいっていうか、と愚痴ともなんともつかな調子で荻原が続ける。
「高藤が生徒会に引き抜かれちゃったからさ、余計に言われてる気がするというか。まぁ、べつにほかに入りたい委員会もないからいいんだけど」
あぁ、と行人は頷いた。あのじゃんけんはなんだったんだと茅野がぼやいていた場面を見た記憶があったので。
まぁ、荻原に残ってほしいと思っている理由は、それだけではないだろうけれど。
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