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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 0 ①
しおりを挟む寮の窓からさんさんと降り注ぐ夏の日差しに、はぁと行人は溜息をこぼした。家に帰るための荷造りをする手の動きは、乗らない気分を体現したかのように重く鈍い。
――帰るのが嫌っていうわけじゃないんだけど。
そう、帰るのが嫌なわけではない。ただいろいろと気がかりなことが残りに残っているし、それに。
「……べつに、誰に会えるってわけでもないしなぁ」
ぽつりと小声でひとりごちる。どこかの誰かさんと違って、仲の良い幼馴染みなんてものは存在しないし、祖父の家に顔を出したところで年の近い従姉弟が待っているわけでもない。
とはいえ、それはべつにかまわないのだ。もともと人付き合いが得意な性質でもないし、実家でひとりのんびりするのもやぶさかではない。問題は、悪意のひとつもない笑顔で「ゆきちゃん、お友達と遊ばないの?」と尋ね続けてくる母の存在である。
はぁ、ともう一度溜息を吐いて、のろのろと参考書を鞄にしまう。衣服もすべて実家にあるので、持って帰るものは最小限だ。
こちとら小学生ではないのだから、お友達攻撃は勘弁していただきたい。母の中の自分の年齢が寮に入るために家を出た当時で止まっている気がしてならないし、せめて「ゆきちゃん」呼びだけでも、どうにか。
「なに、おまえ、そんなに家帰るの嫌なの?」
「いや……」
自分と違ってもうすっかり用意を終えた同室者に問われて、曖昧に首を振る。嫌なわけではない。ないのだが。
「おまえ、春休みもあんまり帰ってなかったし、ゴールデンウイークも寮に残ってたから、帰るのひさしぶりだろ?」
「それはおまえもだろ」
「そうだけど。――そういえば、成瀬さんも珍しく帰るって言ってたな」
これで居残りたい気持ちは消えただろうと言わんばかりのそれに、行人は顔を上げた。
「成瀬さん、残らないの?」
「らしいよ。絢美……じゃない、成瀬さんの妹が言ってたから、まちがいないと思うけど。まぁ、今年は受験なわけだし、家で相談することもあるんじゃない?」
「受験……」
言われてみれば、あたりまえの話だった。あの人たちは、来年の今ごろはもうこの学園にいないのだ。
――でも、どうするつもりなんだろ、成瀬さん。
望めば、あの人はなんだって選べるだろうし、どこにだって行けるだろうに。
少し前、ここを出てから先の、――未来の話を聞いたことがないと思ったことを、行人は思い出していた。
次の春まで、あと、半年と少し。あの人たちは、そのころ、どこでなにをしているのだろう。
「どうかした?」
「いや、……成瀬さんの妹さんと仲良いんだなと思って」
「仲良いっていうか、いいように使われてるだけだよ。あいつ、俺の前では横柄なのに、成瀬さんの前だと猫被ってんの。どっちが実の兄弟なんだよって感じなんだけど。あれも一種のブラコンなんだろうな」
……いや、それを仲良いって言うんだろ。
誤魔化そうとして転換した話題だったのに、よくわからないダメージを食らってしまった気分だ。
それはまぁ、成瀬さんの妹さんなのだから、素敵な人なのだろうなとは思うけど。
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