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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 11 ⑥
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そうわかっていても、不安をぬぐい切ることはできなかった。怖いという感覚が心の隅にこびりついていたからだ。
怖い人じゃない。でも、皓太は、向原に危うい側面があることを知っていた。
針が百に振れるのならいい。でも、ゼロに触れたら、そのときは。
――自分の手に収まらないなら、いっそ自分で消したほうがいいって思ってそうで、怖いんだよな。
そんなことにはならないと、信じているつもりではいるけれど。
――でも、祥くんは祥くんで、そういうことぜんぶわかった上で、知らないふりしてる気がするんだよなぁ。
なぁなぁで濁して誤魔化し続けている、というか。まぁ、実際のところはよくわからないけど。
昼間のことを思い返しながら、皓太は最上階を目指して寮の階段を上っていた。
面倒ごとは避けたいと常々思っているし、面倒な同級生の相手も本当ならしたくない。けれど、やると決めたのなら、中途半端なことをするわけにはいかない。いいかげん、そう腹を括ったのだ。
その第一歩を踏み出すために、目的の部屋のドアを叩く。そうして開いた先に向かって、皓太ははっきりと意志を告げた。
「成瀬さん」
入学してからずっと、この人に甘えたくないと思っていたのは、自分のプライドを守るためだった。でも、そのプライドよりも優先したいものが今はある。
だから、使えるものはぜんぶ使おうと決めた。向原が言っていたようなことはするつもりはないけれど、大事にしたいものがあるから、そのために。
「俺、次の会長選に出るよ。絶対ここを守るから、だからサポートしてほしい」
*
「最初に引き込んだのは俺だし、その俺が言うのもなんだとは思うけど、なんで急に言い出したの? 皓太、人前に出てなにかするの、そこまで好きじゃないだろ」
腰を落ち着けたタイミングで先に切り出されて、「まぁ、たしかに」と苦笑する。そのとおりだったからだ。本当に「俺が言うのもなんだけど」だなとは思ったけれど、それももういまさらな話だ。
「それは本当にそうなんだけど」
生徒会室以外で成瀬とふたりで話すこと自体がひさしぶりなんだな、とそんなことを思い返しながら、話す順序を立てる。
用事なんてなくても、榛名はよくここに遊びに来ていたようだけれど、意地のように自分は訪れていなかった。
そう考えると、自分の意地を解くのはいつだって榛名の存在だったのかもしれない。四谷に、榛名が風紀に連れていかれたと聞いて、この人を呼びに行ったときのように。
「水城の抑止剤になるためには、そうしたほうがいいって思った」
「水城くんを?」
「そう。ここ最近の水城を見て、ひとつ気づいたんだ。あいつがやってるのは、選別なんじゃないかなって。今の自分についてくる人間と、ついてこない人間とをふるいにかけて寄り分けてる」
だから、態度を変えて試したのだと思う。苛立っていたことも事実だろうが、それもちょうどいいと利用したのではないだろうか。
朝の通学時間帯の人目のあるところで匂わせて、噂の広がり方を観察した。ついで寮で、そうして最後に教室で。
「取り巻きの人数は減るかもしれない。でも、その代わり、水城のためならなんでもするっていう人間が残る。……もしそうなったら手段を選ばない人間も出てくるかもしれない」
「かも、じゃなくて、出てくるだろうな。実際、ろくな名前を聞かないし」
「ろくな名前?」
「皓太の言うところの、水城くんの周りに残った人間のほうね。これがまた、ものの見事に問題児ばっかりで。わかりやすいと言えば、すごくわかりやすいんだけど」
しかたないと言わんばかりの苦笑ひとつで、「ところで」と成瀬が問いかけてきた。
「なんで皓太は、水城くんが今になって寄り分けを始めたんだと思う?」
威圧的な雰囲気なんて微塵もない、変わらない優しい表情。それなのに、試されている気がした。
自分がきちんと水城と渡り合っていけるのか、どうか。少し考えてから、皓太は口火を切った。
「少し前に、榛名に、水城が普通科のベータに優しくなったっていう話を聞いたんだ」
「うん」
「そのときは、自分がベータを軽視しすぎてたことを悟って、巻き返そうとしてるのかなって思った。この学園の多数派はベータなわけで、そこを大事にしないと、票は確保できない」
「そうだな。選挙もリコールも数がものを言う」
「でも、急には無理だった」
「それも、そうだろうな。結局、信頼は積み重ねだから」
協力が必要なときだけ優しくされてもね、と続いた台詞に、そうだと思う、と頷く。優しくされて単純に喜んだベータばかりでは、なかっただろう。馬鹿にされたと感じた人間も、それなりにいたはずだ。
そのベータたちを手中に収めて票を確保することが短期間では難しいと悟って、寄り分けた少数精鋭のアルファと長期的な戦略を練り直すことに決めたのではないだろうか。
怖い人じゃない。でも、皓太は、向原に危うい側面があることを知っていた。
針が百に振れるのならいい。でも、ゼロに触れたら、そのときは。
――自分の手に収まらないなら、いっそ自分で消したほうがいいって思ってそうで、怖いんだよな。
そんなことにはならないと、信じているつもりではいるけれど。
――でも、祥くんは祥くんで、そういうことぜんぶわかった上で、知らないふりしてる気がするんだよなぁ。
なぁなぁで濁して誤魔化し続けている、というか。まぁ、実際のところはよくわからないけど。
昼間のことを思い返しながら、皓太は最上階を目指して寮の階段を上っていた。
面倒ごとは避けたいと常々思っているし、面倒な同級生の相手も本当ならしたくない。けれど、やると決めたのなら、中途半端なことをするわけにはいかない。いいかげん、そう腹を括ったのだ。
その第一歩を踏み出すために、目的の部屋のドアを叩く。そうして開いた先に向かって、皓太ははっきりと意志を告げた。
「成瀬さん」
入学してからずっと、この人に甘えたくないと思っていたのは、自分のプライドを守るためだった。でも、そのプライドよりも優先したいものが今はある。
だから、使えるものはぜんぶ使おうと決めた。向原が言っていたようなことはするつもりはないけれど、大事にしたいものがあるから、そのために。
「俺、次の会長選に出るよ。絶対ここを守るから、だからサポートしてほしい」
*
「最初に引き込んだのは俺だし、その俺が言うのもなんだとは思うけど、なんで急に言い出したの? 皓太、人前に出てなにかするの、そこまで好きじゃないだろ」
腰を落ち着けたタイミングで先に切り出されて、「まぁ、たしかに」と苦笑する。そのとおりだったからだ。本当に「俺が言うのもなんだけど」だなとは思ったけれど、それももういまさらな話だ。
「それは本当にそうなんだけど」
生徒会室以外で成瀬とふたりで話すこと自体がひさしぶりなんだな、とそんなことを思い返しながら、話す順序を立てる。
用事なんてなくても、榛名はよくここに遊びに来ていたようだけれど、意地のように自分は訪れていなかった。
そう考えると、自分の意地を解くのはいつだって榛名の存在だったのかもしれない。四谷に、榛名が風紀に連れていかれたと聞いて、この人を呼びに行ったときのように。
「水城の抑止剤になるためには、そうしたほうがいいって思った」
「水城くんを?」
「そう。ここ最近の水城を見て、ひとつ気づいたんだ。あいつがやってるのは、選別なんじゃないかなって。今の自分についてくる人間と、ついてこない人間とをふるいにかけて寄り分けてる」
だから、態度を変えて試したのだと思う。苛立っていたことも事実だろうが、それもちょうどいいと利用したのではないだろうか。
朝の通学時間帯の人目のあるところで匂わせて、噂の広がり方を観察した。ついで寮で、そうして最後に教室で。
「取り巻きの人数は減るかもしれない。でも、その代わり、水城のためならなんでもするっていう人間が残る。……もしそうなったら手段を選ばない人間も出てくるかもしれない」
「かも、じゃなくて、出てくるだろうな。実際、ろくな名前を聞かないし」
「ろくな名前?」
「皓太の言うところの、水城くんの周りに残った人間のほうね。これがまた、ものの見事に問題児ばっかりで。わかりやすいと言えば、すごくわかりやすいんだけど」
しかたないと言わんばかりの苦笑ひとつで、「ところで」と成瀬が問いかけてきた。
「なんで皓太は、水城くんが今になって寄り分けを始めたんだと思う?」
威圧的な雰囲気なんて微塵もない、変わらない優しい表情。それなのに、試されている気がした。
自分がきちんと水城と渡り合っていけるのか、どうか。少し考えてから、皓太は口火を切った。
「少し前に、榛名に、水城が普通科のベータに優しくなったっていう話を聞いたんだ」
「うん」
「そのときは、自分がベータを軽視しすぎてたことを悟って、巻き返そうとしてるのかなって思った。この学園の多数派はベータなわけで、そこを大事にしないと、票は確保できない」
「そうだな。選挙もリコールも数がものを言う」
「でも、急には無理だった」
「それも、そうだろうな。結局、信頼は積み重ねだから」
協力が必要なときだけ優しくされてもね、と続いた台詞に、そうだと思う、と頷く。優しくされて単純に喜んだベータばかりでは、なかっただろう。馬鹿にされたと感じた人間も、それなりにいたはずだ。
そのベータたちを手中に収めて票を確保することが短期間では難しいと悟って、寄り分けた少数精鋭のアルファと長期的な戦略を練り直すことに決めたのではないだろうか。
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