285 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 11 ①
しおりを挟む
[11]
自分が大事にしたいものを守るためには、どうするべきなのか。
という問いに対する向原の返答は、身も蓋もないものだったけれど、いかにもあの人らしいものだった。
――らしいはらしいし、そうだよなぁとも思うけど。でも、じゃあ実践したいかって言われると、それはちょっと違う気がするし。
あの瞬間は完全に頭に血が上っていたけれど、自分で言うのもなんだが、基本的には平和主義のつもりだ。
だから、余計な喧嘩を買うつもりも、いっさいなかったはずなのに。人気のない放課後の廊下を教室に向かって歩きながら、皓太は小さく溜息を吐いた。次なんてないに越したことはないけれど、もしあったとしても、絶対にもっと冷静に対応しようと思う。
自分がそんなことを繰り返していたら、榛名に「喧嘩をするな」なんてことも言えなくなってしまう。おまけに、五時間目どころか六時間目までまとめてサボってしまった。
後者については、荻原が適当な言い訳をしてくれていることを期待するしかない。
――でも、俺、本当、どっちかって言わなくても、祥くん寄りの思考回路なんだって。
だから、向原の言うことはわからなくはないのだけれど、いざ自分がとなると躊躇を覚えるというか。どちらが正しということではなく、あくまで感覚的に成瀬のほうが近いというだけの話ではあるのだけれど。
でも、そうとばかりも言ってられないのかなぁ、と悩みながら教室のドアを引いたところで、皓太は「あれ」と目を瞬かせた。
「荻原、まだいたんだ……って、もしかして待ってくれたりした?」
誰もいないだろうと思っていた教室に、ひとり残っていた荻原は、勉強で時間を潰していたらしかった。顔を上げた荻原が、人当たりのいい笑みを浮かべる。
「待ってたっていうか、鞄とかもぜんぶ置きっぱなしだったから、置いて帰るのもなーって」
「あ」
「六限目には戻ってくるって言ってたのに戻ってこないし」
鞄の存在なんてすっかり忘れていたものの、逆の立場だったら、自分も放って帰ることはできなかった気がする。
荻原が「面倒だった」という表情をしていないことが、よりいっそう申し訳ない。
「ごめん、ちょっと戻りそびれて」
「いいよ、なんか事情があったんでしょ。俺も勉強してただけだし。それに寮に戻っても、よっちゃんあたりに絡まれそうだったからっていうのもあったし」
深入りすることなく、さらりと流してから、「俺もひとつごめんなんだけど」と荻原が切り出した。
「もしかして生徒会室にいるのかなと思って、鞄持って顔出しちゃったんだよね」
「あ、……そうなんだ」
「会長しかいなかったんだけどさ。どうしたのって聞かれたから、ちょっと余計なこと答えちゃったかも。べつに怒ってなかったと思うんだけど」
「ぜんぜんいいよ、それは。むしろ手間かけてごめん」
というか、あの人、俺のことを怒れるような品行方正な生活態度じゃないし、という事実は呑み込で苦笑する。
遅かれ早かれ伝わっていただろうし、本当に気にしていない。あの人たちは、ちょっとどうかと思うくらい、この学園の情報を把握しているのだ。
情報源を自分に言わないあたり、ろくでもない方法が混ざっているのだろうと皓太は踏んでいる。
「それで、それは本当にいいんだけど。その、……どうだった?」
あの状況でひとりさっさと消えておいて聞ける台詞でないことは重々承知しているが、明日の自分のために聞いておきたい。
恐る恐るの雰囲気が面白かったのか、軽く笑ってから荻原が教室を見渡した。その視線が水城の席で止まる。
「まぁ、ざわついてたはざわついてたけどね。タイミングよく先生が来て授業も始まったし、ハルちゃんもいつものすまし顔に戻ってたから」
それ以上は特になかったよ、という報告にほっと安堵したのも束の間、ずばりと言われてしまった。
「どっちかっていうと、高藤にビビっちゃった子のほうが多かったかもね」
「やめて。反省してるから。本当やめて」
「そんな嫌そうな顔しなくても。でも、しかたないと思うよ? ほら、普段怒らない人が怒ると怖いから」
「……」
「ハルちゃんはハルちゃんで別の意味で怖かったけど、同じ寮の子は知ってる子も多かったみたいだし。このあいだ、会長とやり合ってたときも、なかなかだったしねぇ」
はは、と乾いた笑いが出てしまった。たしかに、あれはなかなかだったなぁ、とは思う。自分と同学年の人間が、はっきりとあの人に楯突いているところを見たのは、はじめてだったかもしれない。
広げていた参考書やらを片づけながら、止めのように荻原が続ける。
「そういう意味で、高藤のほうがインパクトあったんだよ。諦めなって」
自分が大事にしたいものを守るためには、どうするべきなのか。
という問いに対する向原の返答は、身も蓋もないものだったけれど、いかにもあの人らしいものだった。
――らしいはらしいし、そうだよなぁとも思うけど。でも、じゃあ実践したいかって言われると、それはちょっと違う気がするし。
あの瞬間は完全に頭に血が上っていたけれど、自分で言うのもなんだが、基本的には平和主義のつもりだ。
だから、余計な喧嘩を買うつもりも、いっさいなかったはずなのに。人気のない放課後の廊下を教室に向かって歩きながら、皓太は小さく溜息を吐いた。次なんてないに越したことはないけれど、もしあったとしても、絶対にもっと冷静に対応しようと思う。
自分がそんなことを繰り返していたら、榛名に「喧嘩をするな」なんてことも言えなくなってしまう。おまけに、五時間目どころか六時間目までまとめてサボってしまった。
後者については、荻原が適当な言い訳をしてくれていることを期待するしかない。
――でも、俺、本当、どっちかって言わなくても、祥くん寄りの思考回路なんだって。
だから、向原の言うことはわからなくはないのだけれど、いざ自分がとなると躊躇を覚えるというか。どちらが正しということではなく、あくまで感覚的に成瀬のほうが近いというだけの話ではあるのだけれど。
でも、そうとばかりも言ってられないのかなぁ、と悩みながら教室のドアを引いたところで、皓太は「あれ」と目を瞬かせた。
「荻原、まだいたんだ……って、もしかして待ってくれたりした?」
誰もいないだろうと思っていた教室に、ひとり残っていた荻原は、勉強で時間を潰していたらしかった。顔を上げた荻原が、人当たりのいい笑みを浮かべる。
「待ってたっていうか、鞄とかもぜんぶ置きっぱなしだったから、置いて帰るのもなーって」
「あ」
「六限目には戻ってくるって言ってたのに戻ってこないし」
鞄の存在なんてすっかり忘れていたものの、逆の立場だったら、自分も放って帰ることはできなかった気がする。
荻原が「面倒だった」という表情をしていないことが、よりいっそう申し訳ない。
「ごめん、ちょっと戻りそびれて」
「いいよ、なんか事情があったんでしょ。俺も勉強してただけだし。それに寮に戻っても、よっちゃんあたりに絡まれそうだったからっていうのもあったし」
深入りすることなく、さらりと流してから、「俺もひとつごめんなんだけど」と荻原が切り出した。
「もしかして生徒会室にいるのかなと思って、鞄持って顔出しちゃったんだよね」
「あ、……そうなんだ」
「会長しかいなかったんだけどさ。どうしたのって聞かれたから、ちょっと余計なこと答えちゃったかも。べつに怒ってなかったと思うんだけど」
「ぜんぜんいいよ、それは。むしろ手間かけてごめん」
というか、あの人、俺のことを怒れるような品行方正な生活態度じゃないし、という事実は呑み込で苦笑する。
遅かれ早かれ伝わっていただろうし、本当に気にしていない。あの人たちは、ちょっとどうかと思うくらい、この学園の情報を把握しているのだ。
情報源を自分に言わないあたり、ろくでもない方法が混ざっているのだろうと皓太は踏んでいる。
「それで、それは本当にいいんだけど。その、……どうだった?」
あの状況でひとりさっさと消えておいて聞ける台詞でないことは重々承知しているが、明日の自分のために聞いておきたい。
恐る恐るの雰囲気が面白かったのか、軽く笑ってから荻原が教室を見渡した。その視線が水城の席で止まる。
「まぁ、ざわついてたはざわついてたけどね。タイミングよく先生が来て授業も始まったし、ハルちゃんもいつものすまし顔に戻ってたから」
それ以上は特になかったよ、という報告にほっと安堵したのも束の間、ずばりと言われてしまった。
「どっちかっていうと、高藤にビビっちゃった子のほうが多かったかもね」
「やめて。反省してるから。本当やめて」
「そんな嫌そうな顔しなくても。でも、しかたないと思うよ? ほら、普段怒らない人が怒ると怖いから」
「……」
「ハルちゃんはハルちゃんで別の意味で怖かったけど、同じ寮の子は知ってる子も多かったみたいだし。このあいだ、会長とやり合ってたときも、なかなかだったしねぇ」
はは、と乾いた笑いが出てしまった。たしかに、あれはなかなかだったなぁ、とは思う。自分と同学年の人間が、はっきりとあの人に楯突いているところを見たのは、はじめてだったかもしれない。
広げていた参考書やらを片づけながら、止めのように荻原が続ける。
「そういう意味で、高藤のほうがインパクトあったんだよ。諦めなって」
11
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
坂木兄弟が家にやってきました。
風見鶏ーKazamidoriー
BL
父と2人でマイホームに暮らす鷹野 楓(たかの かえで)は家事をこなす高校生、ある日再婚話がもちあがり再婚相手とひとつ屋根の下で生活することに、相手の人には年のちかい息子たちがいた。
ふてぶてしい兄弟たちに楓は手を焼きながらも次第に惹かれていく。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる