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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 10 ⑦
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「うん。相談の主旨から外れそうで、ちょっと申し訳ないんだけど。そもそも、あのときの行人には、自分で判断する余裕はなかったと思うから」
「えっと……」
自分で認めてしまうと言い訳のように響きそうだったけれど、たしかにそれはそうだった。小さく頷く。
「はい、そうだと思います」
「だろ? だから、こうやって悩むのもあたりまえというか、健全というか。……前向きって言ったほうがいいのかな」
前向き、と行人は呟いた。さきほどのほっとした、もだけれど、そんなふうにプラスに評されるとは思ってもいなかったのだ。
「俺はそう思うけど。だって、あのころにはなかった考える余裕が生まれたってことなんだし。だったら、ちゃんと悩んで考えたらいいよ。俺でいいなら相談にも乗るし。卒業するまであと二年もあるんだから、考える時間はまだまだあるんじゃないかな」
悩んであたりまえ。まだまだ時間はある。なんだか、ものすごくあっさりと背中を押されてしまった気分だ。
同時に、相談すべき相手は自分ではないとやんわり告げられたような気分にもなって、そっと様子を窺う。その思惑に気づいたのか、「大丈夫」と成瀬がほほえんだ。
「俺でいいんだったら、ちゃんと聞くから。俺がここにいるあいだは、いくらでも甘えていい。前にも言っただろ」
――覚えててくれたんだ。
甘えられるうちは、甘えたらいい。そう言ってもらった夜のことを、行人はずっと覚えていた。
この学園に入ったばかりで、……いろいろとあって、苦しくて、でも誰にも頼れずにひとりで精いっぱい気を張っていたころ。
もらった言葉と笑顔に、ガチガチになっていた心がゆっくりと解けたことも。もう少しここで頑張ってみようと思えたことも。
なにひとつ忘れたことはない。
だから行人は、三年前と変わらない優しい色の瞳を見つめたまま、しっかりと頷いてみせた。
どうしようもなくなる前には、相談しよう。でも、もう少し今もらった言葉を胸に、自分でも考えてみよう。
見守っていてくれるひとがいるのだから、きっとできるはずだ。
「それと、できたら皓太にも相談してやって。大丈夫。あいつ、人の話聞くの、俺よりよっぽどうまいから」
「……はい」
生じた間をほほえましそうに笑ってから、でもね、と成瀬は切り出した。
「ひとつだけ俺が保証しとく。行人はなにも卑怯なことはしてないよ」
「え?」
「あれはね、どっちかって言わなくても、俺と茅野が卑怯だったの。あの騒動をこれ以上大きく広げないために、この学園の日常を維持するために、どうするのが最善かっていう観点だけで考えた。行人たちのことじゃなくて、全体の利を取った」
言われたことを脳内で噛み砕き切れないでいるうちに、さらりと彼が言い切る。
「だから、行人は悪くない」
「でも」
「もちろん、皓太もね。あいつもね、かわいそうなくらい全体が見えてるから、自分の意志より周囲を優先するところがあって。――でも、それも変わってきたみたいだけど」
新たに出てきた名前に、言いすがろうとしていたことを忘れて、成瀬を見上げる。
「そういうことでしょ。そのあいつが揉め事起こして授業サボるんだ。全体よりも大事にしたいものがあるってことじゃないかな」
大事にしたいものが自分だと言われているみたいで、気恥ずかしさが募る。でも、否定しようとは思わなかった。
だって、知っている。成瀬が言う理由ではなかったとしても、少なくとも友人として大事に考えてもらっているということは。そのことだけはきっと事実だ。
小さく頷くと、満足そうに成瀬がほほえんだ。
「ここから先は皓太と話したほうがいいと思うけど、俺は行人の変化も皓太の変化も、本当にすごくいいことだと思うよ」
「えっと……」
自分で認めてしまうと言い訳のように響きそうだったけれど、たしかにそれはそうだった。小さく頷く。
「はい、そうだと思います」
「だろ? だから、こうやって悩むのもあたりまえというか、健全というか。……前向きって言ったほうがいいのかな」
前向き、と行人は呟いた。さきほどのほっとした、もだけれど、そんなふうにプラスに評されるとは思ってもいなかったのだ。
「俺はそう思うけど。だって、あのころにはなかった考える余裕が生まれたってことなんだし。だったら、ちゃんと悩んで考えたらいいよ。俺でいいなら相談にも乗るし。卒業するまであと二年もあるんだから、考える時間はまだまだあるんじゃないかな」
悩んであたりまえ。まだまだ時間はある。なんだか、ものすごくあっさりと背中を押されてしまった気分だ。
同時に、相談すべき相手は自分ではないとやんわり告げられたような気分にもなって、そっと様子を窺う。その思惑に気づいたのか、「大丈夫」と成瀬がほほえんだ。
「俺でいいんだったら、ちゃんと聞くから。俺がここにいるあいだは、いくらでも甘えていい。前にも言っただろ」
――覚えててくれたんだ。
甘えられるうちは、甘えたらいい。そう言ってもらった夜のことを、行人はずっと覚えていた。
この学園に入ったばかりで、……いろいろとあって、苦しくて、でも誰にも頼れずにひとりで精いっぱい気を張っていたころ。
もらった言葉と笑顔に、ガチガチになっていた心がゆっくりと解けたことも。もう少しここで頑張ってみようと思えたことも。
なにひとつ忘れたことはない。
だから行人は、三年前と変わらない優しい色の瞳を見つめたまま、しっかりと頷いてみせた。
どうしようもなくなる前には、相談しよう。でも、もう少し今もらった言葉を胸に、自分でも考えてみよう。
見守っていてくれるひとがいるのだから、きっとできるはずだ。
「それと、できたら皓太にも相談してやって。大丈夫。あいつ、人の話聞くの、俺よりよっぽどうまいから」
「……はい」
生じた間をほほえましそうに笑ってから、でもね、と成瀬は切り出した。
「ひとつだけ俺が保証しとく。行人はなにも卑怯なことはしてないよ」
「え?」
「あれはね、どっちかって言わなくても、俺と茅野が卑怯だったの。あの騒動をこれ以上大きく広げないために、この学園の日常を維持するために、どうするのが最善かっていう観点だけで考えた。行人たちのことじゃなくて、全体の利を取った」
言われたことを脳内で噛み砕き切れないでいるうちに、さらりと彼が言い切る。
「だから、行人は悪くない」
「でも」
「もちろん、皓太もね。あいつもね、かわいそうなくらい全体が見えてるから、自分の意志より周囲を優先するところがあって。――でも、それも変わってきたみたいだけど」
新たに出てきた名前に、言いすがろうとしていたことを忘れて、成瀬を見上げる。
「そういうことでしょ。そのあいつが揉め事起こして授業サボるんだ。全体よりも大事にしたいものがあるってことじゃないかな」
大事にしたいものが自分だと言われているみたいで、気恥ずかしさが募る。でも、否定しようとは思わなかった。
だって、知っている。成瀬が言う理由ではなかったとしても、少なくとも友人として大事に考えてもらっているということは。そのことだけはきっと事実だ。
小さく頷くと、満足そうに成瀬がほほえんだ。
「ここから先は皓太と話したほうがいいと思うけど、俺は行人の変化も皓太の変化も、本当にすごくいいことだと思うよ」
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