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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 10 ③
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「いいよねって」
「だって、俺にはどうやったって無理だし、うまくいったところで祝福もされないけど、榛名だったら、祝福されるじゃんか。同じ男なのに。本当、第二の性ってなんなんだろう」
気色ばみかけていたことも忘れて、呆然と四谷を見つめる。そんなふうに思われているなんて、考えたこともなかったのだ。
「ずるいよ、オメガっていうだけで」
「……」
「俺も祝福されたかった」
ははっと乾いた声で笑ったのを最後に、四谷の視線が下を向く。なにも言えないでいると、目元を隠すように前髪を引っ張りながら、ごめん、と四谷が謝罪を口にした。
「榛名はそれでつらいのに、これも八つ当たりだ」
八つ当たりなんて言葉でおさめてしまっていいものなのかもわからなかった。かける言葉に悩んでいると、四谷が自嘲するように呟いた。
「本当、性格悪い。だから、高藤も俺のこと嫌いなんだろうな」
「そんなことない」
その否定は、半ば反射だった。強い口調に、驚いたように四谷が顔を上げる。その目をまっすぐに見つめたまま、行人は言い切った。
「今もちゃんと言葉選んでただろ。それに、謝ってもくれたし。だから、性格悪いとは思わない。……思ったことがないとは、言わないけど」
「なに、それ」
呆れたように四谷が苦笑する。どこか泣き笑いのようなそれで。覚悟を決めて、行人は頭を下げた。
「ごめん」
「ごめんって、なんで榛名が謝るの」
「四谷の言うとおりだから」
だから、これ以上、誤魔化したくないと思ったのだ。
四谷のためを思って打ち明けようとしたのか、嘘を吐く罪悪感に負けたからなのか。どちらが本当の理由なのかは、自分でもわからなかった。
ただ、伝えたかった。
「ちょっと話を戻すけど、四谷に望みがあるのかどうかは、俺にはわからない。決めるのは高藤だし。……その、俺たちは、そういう取り決めをしただけで、本当のつがいってわけじゃないから。そこは考慮する必要はないんだけど」
四谷が言ったように、高藤が自分のことをそういう意味で好きだとは思えなかったけれど、そのことは理由に含まなかった。含まないまま、話を続ける。
「これも、四谷の言うとおりで、あいついいやつだからさ、引き受けてくれて、でも」
そこで、また詰まってしまった。
「っ、……でも」
「でも?」
しかたなさそうに繰り返されても、言葉が出ない。しばらくの沈黙のあとで、諦めたように「いいよ」と四谷が首を振った。
「言わなくても、知ってるから」
「……なんで?」
「だって、わかるもん」
ぽろりとこぼれた疑問に、四谷が笑った。さも当然という調子に、もう一度、「なんで」と問い直す。けれど返ってきた答えは同じだった。
「わかるんだよ、見てたから」
最初と同じ台詞で、四谷が話を終わらせる。
「ありがとね、俺の愚痴聞いてくれて」
行人の告白には触れずに席を立った四谷が、暗くなり始めた窓の外に目を向けた。
「帰ろうか。これ以上遅くなると、ちょっとね。変な感じ。前は、寮までの道を危ないなんてまったく思わなかったのに」
最近は、なんだかね、と続いた台詞に、小さく頷く。
そんなふうに思いたくはなかったけれど、あまり遅くならないほうがいいとは高藤にも一度言われていた。春に高等部に上がったばかりのころは、なにひとつ心配なんてしていなかったのに。
まだそこまで暗くなってはいないのに、寮までの道は人気がなく閑散としていた。日が落ちるのが早くなる前に落ち着けばいいのにな、と思ったところで、一抹の寂しさを覚える。
――あたりまえだけど、冬にはもう成瀬さんは「会長」じゃないんだよな。
それどころか、次の春には三年生はみんないないのだ。
「高藤、生徒会のほうはちゃんと行ったのかなぁ」
いつもの調子で呟いた四谷は、生徒会室のある棟に心配そうな視線を送っていた。つられて目を向けてみたものの、中の様子が見えるはずもない。
明かりは灯っていたから、誰かしらは残っているのだろうけれど。
「なぁ」
ふと思いついて、行人は問いかけた。
「ん、なに」
「四谷は、高藤と成瀬さんって似てると思う?」
「あー……、それ、よく言う人いるよね。でも、俺、あんまり思ったことないんだ」
「だって、俺にはどうやったって無理だし、うまくいったところで祝福もされないけど、榛名だったら、祝福されるじゃんか。同じ男なのに。本当、第二の性ってなんなんだろう」
気色ばみかけていたことも忘れて、呆然と四谷を見つめる。そんなふうに思われているなんて、考えたこともなかったのだ。
「ずるいよ、オメガっていうだけで」
「……」
「俺も祝福されたかった」
ははっと乾いた声で笑ったのを最後に、四谷の視線が下を向く。なにも言えないでいると、目元を隠すように前髪を引っ張りながら、ごめん、と四谷が謝罪を口にした。
「榛名はそれでつらいのに、これも八つ当たりだ」
八つ当たりなんて言葉でおさめてしまっていいものなのかもわからなかった。かける言葉に悩んでいると、四谷が自嘲するように呟いた。
「本当、性格悪い。だから、高藤も俺のこと嫌いなんだろうな」
「そんなことない」
その否定は、半ば反射だった。強い口調に、驚いたように四谷が顔を上げる。その目をまっすぐに見つめたまま、行人は言い切った。
「今もちゃんと言葉選んでただろ。それに、謝ってもくれたし。だから、性格悪いとは思わない。……思ったことがないとは、言わないけど」
「なに、それ」
呆れたように四谷が苦笑する。どこか泣き笑いのようなそれで。覚悟を決めて、行人は頭を下げた。
「ごめん」
「ごめんって、なんで榛名が謝るの」
「四谷の言うとおりだから」
だから、これ以上、誤魔化したくないと思ったのだ。
四谷のためを思って打ち明けようとしたのか、嘘を吐く罪悪感に負けたからなのか。どちらが本当の理由なのかは、自分でもわからなかった。
ただ、伝えたかった。
「ちょっと話を戻すけど、四谷に望みがあるのかどうかは、俺にはわからない。決めるのは高藤だし。……その、俺たちは、そういう取り決めをしただけで、本当のつがいってわけじゃないから。そこは考慮する必要はないんだけど」
四谷が言ったように、高藤が自分のことをそういう意味で好きだとは思えなかったけれど、そのことは理由に含まなかった。含まないまま、話を続ける。
「これも、四谷の言うとおりで、あいついいやつだからさ、引き受けてくれて、でも」
そこで、また詰まってしまった。
「っ、……でも」
「でも?」
しかたなさそうに繰り返されても、言葉が出ない。しばらくの沈黙のあとで、諦めたように「いいよ」と四谷が首を振った。
「言わなくても、知ってるから」
「……なんで?」
「だって、わかるもん」
ぽろりとこぼれた疑問に、四谷が笑った。さも当然という調子に、もう一度、「なんで」と問い直す。けれど返ってきた答えは同じだった。
「わかるんだよ、見てたから」
最初と同じ台詞で、四谷が話を終わらせる。
「ありがとね、俺の愚痴聞いてくれて」
行人の告白には触れずに席を立った四谷が、暗くなり始めた窓の外に目を向けた。
「帰ろうか。これ以上遅くなると、ちょっとね。変な感じ。前は、寮までの道を危ないなんてまったく思わなかったのに」
最近は、なんだかね、と続いた台詞に、小さく頷く。
そんなふうに思いたくはなかったけれど、あまり遅くならないほうがいいとは高藤にも一度言われていた。春に高等部に上がったばかりのころは、なにひとつ心配なんてしていなかったのに。
まだそこまで暗くなってはいないのに、寮までの道は人気がなく閑散としていた。日が落ちるのが早くなる前に落ち着けばいいのにな、と思ったところで、一抹の寂しさを覚える。
――あたりまえだけど、冬にはもう成瀬さんは「会長」じゃないんだよな。
それどころか、次の春には三年生はみんないないのだ。
「高藤、生徒会のほうはちゃんと行ったのかなぁ」
いつもの調子で呟いた四谷は、生徒会室のある棟に心配そうな視線を送っていた。つられて目を向けてみたものの、中の様子が見えるはずもない。
明かりは灯っていたから、誰かしらは残っているのだろうけれど。
「なぁ」
ふと思いついて、行人は問いかけた。
「ん、なに」
「四谷は、高藤と成瀬さんって似てると思う?」
「あー……、それ、よく言う人いるよね。でも、俺、あんまり思ったことないんだ」
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