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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 9 ⑤
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「だって、もし、僕がここで言っちゃったら、櫻寮が考えたシナリオが台無しになっちゃいそうだし。それに、かわいそうかなぁ、とも思ってるんだ、僕」
試すように、水城は視線を荻原に移した。そうして、にこりとほほえむ。
「荻原くんもさっき言ってたけど、噂ってすぐに駆け巡っちゃうから。僕にそんな気がなくても、学園中に広がっちゃうかもしれないしね」
「広がっちゃうって。だからハルちゃんそういうことは……」
「でも、今、僕が言っても言わなくても、同じことかも。絶対に次が来るんだから」
「え……?」
「そのときにはどうしたって、みんなが知ることになるんだから」
なんでもないことのように告げられたその台詞が、安い挑発だということはわかっていた。それなのに、無反応を貫けなかった。
眉をひそめた皓太を水城が笑った。「やだなぁ」
「勘違いしないでほしいんだけど、僕はなにもしてないよ。あのときも、これからもね。まぁ、僕に気に入られたくて、僕のために勝手に動く人はいるかもしれないけど。でも、それは僕のせいじゃないよね」
――取られたってこと? 水城に。
そう尋ねたとき、成瀬は否とも応とも言わなかった。だから、わかったのだ。あの騒動の引き金を引いたのは、この同級生だったのだと。
そのせいで、あいつがどんな目に遭ったと思ってるんだ。それでも、皓太はどうにか苦笑してみせた。これ以上、おおごとにしたくないという一心だった。
「僕のせいじゃないって」
「そうでしかないと思うんだけど。だって、僕が頼んだわけじゃないんだし。でも、そうだな」
さも当然と言い切ってから、水城が首を傾げる。
「じゃあ、高藤くん。もし、僕が、次があったらおもしろいなぁって思ってたとして。その僕の希望を勝手に叶えようとしている人がいたらどうする――」
中途半端に、台詞が途切れる。荻原に肩を掴まれて、そこでようやく自分が水城の胸倉を掴んでいたことに気がついた。あいだに挟まれた机がガタリと音を立てて揺れる。
見下ろす瞳には、恐れも焦りもなにも存在してはいなかった。ゆっくりとその唇が笑みをかたどっていく。
「オメガの僕に、アルファのきみが暴力を振るうの?」
助けに入ろうとした自身の騎士を手ぶりで制して、水城は言い放った。
「やっぱり怖いね、アルファさまは」
「……そういうことじゃないだろ」
怒鳴ることだけしなかった。けれど、手を外すことはできなかった。
アルファだとか、オメガだとか、そういった問題じゃ絶対にない。それなのに、話が通じる気がしなかった。水城はいつもそうだ。
意図的に話をずらしているのだとしても、あまりにも徹底されすぎていて、こちらの独り相撲のようにしかならない。
「そういうことじゃない、かぁ。じゃあ、どういうことなんだろう。でも、いいの? 僕は困らないけど、停学にでもなったらきみは困るでしょ。それに」
言葉を切って、水城が机に手をつく。そうして、そのまま耳元にそっと顔を近づけてきた。
「守れなくなっちゃうよ、きみの大事な榛名くん」
次があったら、困るんでしょ。耳に直接注ぎ込まれた台詞に、歯を噛みしめる。あからさますぎる脅しだった。
顔を離して、にこ、と水城がほほえむ。
「離してくれないかな、皺になっちゃう」
その顔をじっと見つめ返して、皓太は手を離した。そのまま、くるりと背を向ける。
「頭冷やしてくる」
「ちょ、高藤」
「六限目は出るから」
振り返りもしないまま告げて、ざわめく教室を後にする。足が向いたのは、生徒会室でも寮でもなく、屋上だった。そこにあの人がいると思っていたわけではないけれど。
屋上の扉を開けると、フェンスに肘をついていた先客が、ちらりと振り返った。その顔に、ほんの一瞬驚いたような色が乗った。
「すげぇ顔してんぞ、おまえ」
おもしろいものを見たと言わんばかりに目を細めて、吸いさしをもみ消す。この人、なんだかんだで俺の前では吸わないんだよなぁ、と半ばどうでもいいことを思いながら、皓太は眉を下げた。
「……向原さんにだけは言われたくなかったな」
試すように、水城は視線を荻原に移した。そうして、にこりとほほえむ。
「荻原くんもさっき言ってたけど、噂ってすぐに駆け巡っちゃうから。僕にそんな気がなくても、学園中に広がっちゃうかもしれないしね」
「広がっちゃうって。だからハルちゃんそういうことは……」
「でも、今、僕が言っても言わなくても、同じことかも。絶対に次が来るんだから」
「え……?」
「そのときにはどうしたって、みんなが知ることになるんだから」
なんでもないことのように告げられたその台詞が、安い挑発だということはわかっていた。それなのに、無反応を貫けなかった。
眉をひそめた皓太を水城が笑った。「やだなぁ」
「勘違いしないでほしいんだけど、僕はなにもしてないよ。あのときも、これからもね。まぁ、僕に気に入られたくて、僕のために勝手に動く人はいるかもしれないけど。でも、それは僕のせいじゃないよね」
――取られたってこと? 水城に。
そう尋ねたとき、成瀬は否とも応とも言わなかった。だから、わかったのだ。あの騒動の引き金を引いたのは、この同級生だったのだと。
そのせいで、あいつがどんな目に遭ったと思ってるんだ。それでも、皓太はどうにか苦笑してみせた。これ以上、おおごとにしたくないという一心だった。
「僕のせいじゃないって」
「そうでしかないと思うんだけど。だって、僕が頼んだわけじゃないんだし。でも、そうだな」
さも当然と言い切ってから、水城が首を傾げる。
「じゃあ、高藤くん。もし、僕が、次があったらおもしろいなぁって思ってたとして。その僕の希望を勝手に叶えようとしている人がいたらどうする――」
中途半端に、台詞が途切れる。荻原に肩を掴まれて、そこでようやく自分が水城の胸倉を掴んでいたことに気がついた。あいだに挟まれた机がガタリと音を立てて揺れる。
見下ろす瞳には、恐れも焦りもなにも存在してはいなかった。ゆっくりとその唇が笑みをかたどっていく。
「オメガの僕に、アルファのきみが暴力を振るうの?」
助けに入ろうとした自身の騎士を手ぶりで制して、水城は言い放った。
「やっぱり怖いね、アルファさまは」
「……そういうことじゃないだろ」
怒鳴ることだけしなかった。けれど、手を外すことはできなかった。
アルファだとか、オメガだとか、そういった問題じゃ絶対にない。それなのに、話が通じる気がしなかった。水城はいつもそうだ。
意図的に話をずらしているのだとしても、あまりにも徹底されすぎていて、こちらの独り相撲のようにしかならない。
「そういうことじゃない、かぁ。じゃあ、どういうことなんだろう。でも、いいの? 僕は困らないけど、停学にでもなったらきみは困るでしょ。それに」
言葉を切って、水城が机に手をつく。そうして、そのまま耳元にそっと顔を近づけてきた。
「守れなくなっちゃうよ、きみの大事な榛名くん」
次があったら、困るんでしょ。耳に直接注ぎ込まれた台詞に、歯を噛みしめる。あからさますぎる脅しだった。
顔を離して、にこ、と水城がほほえむ。
「離してくれないかな、皺になっちゃう」
その顔をじっと見つめ返して、皓太は手を離した。そのまま、くるりと背を向ける。
「頭冷やしてくる」
「ちょ、高藤」
「六限目は出るから」
振り返りもしないまま告げて、ざわめく教室を後にする。足が向いたのは、生徒会室でも寮でもなく、屋上だった。そこにあの人がいると思っていたわけではないけれど。
屋上の扉を開けると、フェンスに肘をついていた先客が、ちらりと振り返った。その顔に、ほんの一瞬驚いたような色が乗った。
「すげぇ顔してんぞ、おまえ」
おもしろいものを見たと言わんばかりに目を細めて、吸いさしをもみ消す。この人、なんだかんだで俺の前では吸わないんだよなぁ、と半ばどうでもいいことを思いながら、皓太は眉を下げた。
「……向原さんにだけは言われたくなかったな」
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