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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 9 ①
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[9]
実際の年齢よりも落ち着いている、だとか、大人びている、だとか。そういったことは、幼いころから数え切れないほど言われてきた。
生来の気質というものもあったとは思うけれど、後天的な環境要因のほうが大きかったのだろうと皓太は思っている。
物心ついたときの一番身近な遊び相手はふたつ年上の幼馴染みで、学校に通うようになってからも、同級生よりも幼馴染みの遊び仲間に入れてもらうことを好んだ。
そんなふうだったから、どうしても同級生の幼さが目についた。余計な波風を立てないよう必要なコミュニケーションは取っていたから、もめごとを起こしたことも、人間関係で困ったこともなかったけれど、仲の良い同い年の友人をつくることもしなかった。
小器用な、子どもだったのだと思う。この年になって思い返すと、なかなかかわいげのない子どもだったような気もする。逆に、成瀬はよく嫌な顔ひとつせず自分たちの輪に引き入れてくれていたなとも思う。
それがあの人のやさしさだったというのなら、そうだったのだと思うし、自分はずっとかわいがってもらっていて、ずっと近くにいさせてもらっていた。
時間の長短だけでいうなら、この学園で、あの人と一番長い時間を過ごしているのは自分だと思う。ずっと彼のうしろから、彼が紹介してくれる世界だけを見ていた。
だから、彼が見せたいと思っているものしか、自分は見ていなかった。それが、世界のすべてだと信じていた。
「高藤くんと荻原くんは、署名してくれないよね」
昼休みの終わり際に教室に戻ってきた水城は、連れ立っていたクラスメイトから離れると、自分たちのほうへ近づいてきた。その手に握られているのは、分厚い紙の束だ。
「ふたりとも櫻寮だものね。やっぱり、先輩たちは怖い?」
気持ちはわかるよ、と慮るように水城が頷く。僕も怖かったから、と。
「あ……、そういうわけじゃないんだけど」
やんわりと否定してから、荻原が取ってつけた顔でほほえんだ。そうして話を変えるように、紙の束を視線で指し示した。
「それよりも、ハルちゃんは、どうして、それを集めてるの?」
「どうしてって……。うん、そうだなぁ」
手にしていた署名簿の束をとんとんと机で整えながら、水城は首を傾げてみせた。
「今が正しいとは思えないから、かな」
あくまでも自分の正義感からきているのだと主張するように、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「僕は、みんなと違って、この学園に高等部から入ってきて……、それで、荻原くんも高藤くんも、中等部からここにいるでしょ。だから、あたりまえに感じるのかもしれないんだけど、僕には、ここが違和感だらけに見えることがあるんだ」
「違和感?」
「そう。会長を批判してるわけじゃないんだけど、あの人の一存で、ここは動いてるように見える。……それって、本当にいいことなのかなって」
「あのね、ハルちゃん」
「わかってるよ。会長は悪い人じゃないんだろうし、荻原くんにとっても、ここはいい学園なんだよね。荻原くんはアルファだし、櫻寮だし、なんの不利益も被ってないよね」
口を挟もうとする荻原を遮って、水城は「でもね」と訴える。
「自分たちには不利益がないから、じゃあ、このままでいいっていうことにはならないんじゃないかなって。だから、僕はそのための一歩を踏み出したいなって、そう思ったんだ」
その言葉は、自分たちに向かって、というよりも、自分たちを使ってクラス中に宣言する雰囲気を強く帯びていた。
クラスメイトから注がれる視線が徐々に強くなっていることを実感したまま、溜息を呑み込む。
人目を最大限に利用しようとするところが、本当に厄介なんだよな、とうんざりとしながら。
「それでね、それは新しい目を持った僕にしかできないことなんじゃないのかなって。そう言って背中を押してくれた人たちも、たくさんいるから」
だから、その人たちのためにもがんばろうって決めたんだ、と水城がほほえむ。見慣れた、天使の顔で。
どうするの、という荻原の目配せに、皓太はしかたなく口を開いた。この舞台を水城が利用するというのなら、上がらざるを得ない。
「じゃあ、水城の思う、ここの違和感ってなんなの?」
問いかけに、水城はにこりと口元を笑ませた。わかるでしょ、といわんばかりの表情。
――まぁ、わからないわけじゃない、けど。
アルファ優位のこの世界で、どの性も平等だと言い張っている空間は、外から見たら異質でしかないだろう。
だからと言って、糾弾されるようなことではないと思うが。
実際の年齢よりも落ち着いている、だとか、大人びている、だとか。そういったことは、幼いころから数え切れないほど言われてきた。
生来の気質というものもあったとは思うけれど、後天的な環境要因のほうが大きかったのだろうと皓太は思っている。
物心ついたときの一番身近な遊び相手はふたつ年上の幼馴染みで、学校に通うようになってからも、同級生よりも幼馴染みの遊び仲間に入れてもらうことを好んだ。
そんなふうだったから、どうしても同級生の幼さが目についた。余計な波風を立てないよう必要なコミュニケーションは取っていたから、もめごとを起こしたことも、人間関係で困ったこともなかったけれど、仲の良い同い年の友人をつくることもしなかった。
小器用な、子どもだったのだと思う。この年になって思い返すと、なかなかかわいげのない子どもだったような気もする。逆に、成瀬はよく嫌な顔ひとつせず自分たちの輪に引き入れてくれていたなとも思う。
それがあの人のやさしさだったというのなら、そうだったのだと思うし、自分はずっとかわいがってもらっていて、ずっと近くにいさせてもらっていた。
時間の長短だけでいうなら、この学園で、あの人と一番長い時間を過ごしているのは自分だと思う。ずっと彼のうしろから、彼が紹介してくれる世界だけを見ていた。
だから、彼が見せたいと思っているものしか、自分は見ていなかった。それが、世界のすべてだと信じていた。
「高藤くんと荻原くんは、署名してくれないよね」
昼休みの終わり際に教室に戻ってきた水城は、連れ立っていたクラスメイトから離れると、自分たちのほうへ近づいてきた。その手に握られているのは、分厚い紙の束だ。
「ふたりとも櫻寮だものね。やっぱり、先輩たちは怖い?」
気持ちはわかるよ、と慮るように水城が頷く。僕も怖かったから、と。
「あ……、そういうわけじゃないんだけど」
やんわりと否定してから、荻原が取ってつけた顔でほほえんだ。そうして話を変えるように、紙の束を視線で指し示した。
「それよりも、ハルちゃんは、どうして、それを集めてるの?」
「どうしてって……。うん、そうだなぁ」
手にしていた署名簿の束をとんとんと机で整えながら、水城は首を傾げてみせた。
「今が正しいとは思えないから、かな」
あくまでも自分の正義感からきているのだと主張するように、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「僕は、みんなと違って、この学園に高等部から入ってきて……、それで、荻原くんも高藤くんも、中等部からここにいるでしょ。だから、あたりまえに感じるのかもしれないんだけど、僕には、ここが違和感だらけに見えることがあるんだ」
「違和感?」
「そう。会長を批判してるわけじゃないんだけど、あの人の一存で、ここは動いてるように見える。……それって、本当にいいことなのかなって」
「あのね、ハルちゃん」
「わかってるよ。会長は悪い人じゃないんだろうし、荻原くんにとっても、ここはいい学園なんだよね。荻原くんはアルファだし、櫻寮だし、なんの不利益も被ってないよね」
口を挟もうとする荻原を遮って、水城は「でもね」と訴える。
「自分たちには不利益がないから、じゃあ、このままでいいっていうことにはならないんじゃないかなって。だから、僕はそのための一歩を踏み出したいなって、そう思ったんだ」
その言葉は、自分たちに向かって、というよりも、自分たちを使ってクラス中に宣言する雰囲気を強く帯びていた。
クラスメイトから注がれる視線が徐々に強くなっていることを実感したまま、溜息を呑み込む。
人目を最大限に利用しようとするところが、本当に厄介なんだよな、とうんざりとしながら。
「それでね、それは新しい目を持った僕にしかできないことなんじゃないのかなって。そう言って背中を押してくれた人たちも、たくさんいるから」
だから、その人たちのためにもがんばろうって決めたんだ、と水城がほほえむ。見慣れた、天使の顔で。
どうするの、という荻原の目配せに、皓太はしかたなく口を開いた。この舞台を水城が利用するというのなら、上がらざるを得ない。
「じゃあ、水城の思う、ここの違和感ってなんなの?」
問いかけに、水城はにこりと口元を笑ませた。わかるでしょ、といわんばかりの表情。
――まぁ、わからないわけじゃない、けど。
アルファ優位のこの世界で、どの性も平等だと言い張っている空間は、外から見たら異質でしかないだろう。
だからと言って、糾弾されるようなことではないと思うが。
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