260 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 7 ①
しおりを挟む
[7]
「なんでもかんでもひとりでできるつもりでいると、おまえも二年後ああなるぞ」
ああ、というのが誰のことを指しているのかがわかったから、自然と皓太の顔に苦笑いが浮かんだ。
その当人と篠原は会議で席を外していて、生徒会室にいるのは自分と向原だけだ。少しくらい、休んでもかまわないだろう。
やりかけていた事務手続きの手を止めて、机のそばまでやってきた向原を見上げる。
「いや、……さすがになるつもりはないんですけど」
「なら、七割くらいでやめとけ。ぜんぶやるから、やれるって思われるんだ。篠原くらいの抜き方がちょうどいい」
「向原さん」
今まで一度もされたことがないとは言わないが、聞いてもいないのに積極的に教えてもらった記憶はあまりない。それとも、思わず助言をしたくなるような顔をしてしまっていたのだろうか。
そうじゃないといいんだけど、と思いながら、皓太は問いかけた。
「もしかして、ちょっとくらい俺に悪かったって思ってくれてるんですか?」
「あいつよりはな」
だったら、もうちょっと生徒会室にいるときの空気を良くしてほしい。いや、まぁ、この人も幼馴染みもいつもどおりと言えばいつもどおりではあるのだけれど。
ただ、なんというか。
――いつもどおりすぎて、逆に怖いんだよなぁ、なんか。
一蹴される未来しか見えないから言わないだけで、この数週間、皓太はずっとそう思っている。
――嵐の前の静けさ、とまでは言わないけど、なんかあっさりしすぎてるっていうか。
悶々としたものを抱えたまま、向原をそっと窺う。幼馴染みのことはよくわからないが、この人は怒っているのだとも思っていた。
「成瀬さんには言わなかったんですか、それ」
だから、その名前を出したのは、様子見のようなものだった。成瀬が自分に甘いことは承知しているし、その延長線上で篠原もよく気にかけてくれているが、向原も同じなのだ。
榛名には信じられないという顔をされてしまうけれど、もうずっと昔からこの人たちにかわいがってもらっている。
多少踏み込んでも、許されてしまうくらいには。想像どおり、向原は小さく笑っただけだった。
「無駄だろ」
「無駄って。向原さんの言うことならちょっとくらい……」
「本当に聞くと思うのか、あいつが」
「……いや」
どうだろうと悩んでしまったのが答えだった。その反応に、また向原が笑った。呆れたように。
「あいつのあれはな、他人を信用してないんだ。他人を頼る気がない、でもいいけどな。だからぜんぶ自分でやる。――なるなよ」
「……なりません」
想定以上の辛辣さに、再度の苦笑いで首を振る。やっぱり怒っているのかもしれない。
「あの」
「本当、信じらんねぇ、こいつ!」
呼びかけと、生徒会室の扉の開く乱雑な音が見事に被った。同時に響いた篠原の声に、視線が入り口のほうにいく。
「あー……、悪い、おまえいたの忘れてた」
「いえ、お疲れさまです」
バツの悪い顔でそう言われてしまって、座ったまま軽く頭を下げる。応じたのは、続いて入ってきた成瀬だった。
「皓太もお疲れ。ごめんな、いろいろ任せて」
わかりやすく苛立っていた篠原とは異なる、いつもどおりの調子。申し訳なさそうな笑みひとつで、立ち止まった篠原を追い抜いていく。
自分の席に戻って、皓太が置いた書類をさっそく確認し始めている姿も、まったくいつもと変わらない。
たぶん、篠原はここに戻ってくるまでにも、「信じられない」ことについて、散々言っていたのだろうに。なにひとつ響いていない態度を気の毒に思いつつ、皓太は口を開いた。
「いや、その、大丈夫です。向原さんも手伝ってくれたので」
「向原が?」
そこでようやく、自分たちのほうに顔が向いた。自分となにも言わないでいる向原とを見比べてから、にこりとほほえむ。
「そっか、よかったな」
「なんでもかんでもひとりでできるつもりでいると、おまえも二年後ああなるぞ」
ああ、というのが誰のことを指しているのかがわかったから、自然と皓太の顔に苦笑いが浮かんだ。
その当人と篠原は会議で席を外していて、生徒会室にいるのは自分と向原だけだ。少しくらい、休んでもかまわないだろう。
やりかけていた事務手続きの手を止めて、机のそばまでやってきた向原を見上げる。
「いや、……さすがになるつもりはないんですけど」
「なら、七割くらいでやめとけ。ぜんぶやるから、やれるって思われるんだ。篠原くらいの抜き方がちょうどいい」
「向原さん」
今まで一度もされたことがないとは言わないが、聞いてもいないのに積極的に教えてもらった記憶はあまりない。それとも、思わず助言をしたくなるような顔をしてしまっていたのだろうか。
そうじゃないといいんだけど、と思いながら、皓太は問いかけた。
「もしかして、ちょっとくらい俺に悪かったって思ってくれてるんですか?」
「あいつよりはな」
だったら、もうちょっと生徒会室にいるときの空気を良くしてほしい。いや、まぁ、この人も幼馴染みもいつもどおりと言えばいつもどおりではあるのだけれど。
ただ、なんというか。
――いつもどおりすぎて、逆に怖いんだよなぁ、なんか。
一蹴される未来しか見えないから言わないだけで、この数週間、皓太はずっとそう思っている。
――嵐の前の静けさ、とまでは言わないけど、なんかあっさりしすぎてるっていうか。
悶々としたものを抱えたまま、向原をそっと窺う。幼馴染みのことはよくわからないが、この人は怒っているのだとも思っていた。
「成瀬さんには言わなかったんですか、それ」
だから、その名前を出したのは、様子見のようなものだった。成瀬が自分に甘いことは承知しているし、その延長線上で篠原もよく気にかけてくれているが、向原も同じなのだ。
榛名には信じられないという顔をされてしまうけれど、もうずっと昔からこの人たちにかわいがってもらっている。
多少踏み込んでも、許されてしまうくらいには。想像どおり、向原は小さく笑っただけだった。
「無駄だろ」
「無駄って。向原さんの言うことならちょっとくらい……」
「本当に聞くと思うのか、あいつが」
「……いや」
どうだろうと悩んでしまったのが答えだった。その反応に、また向原が笑った。呆れたように。
「あいつのあれはな、他人を信用してないんだ。他人を頼る気がない、でもいいけどな。だからぜんぶ自分でやる。――なるなよ」
「……なりません」
想定以上の辛辣さに、再度の苦笑いで首を振る。やっぱり怒っているのかもしれない。
「あの」
「本当、信じらんねぇ、こいつ!」
呼びかけと、生徒会室の扉の開く乱雑な音が見事に被った。同時に響いた篠原の声に、視線が入り口のほうにいく。
「あー……、悪い、おまえいたの忘れてた」
「いえ、お疲れさまです」
バツの悪い顔でそう言われてしまって、座ったまま軽く頭を下げる。応じたのは、続いて入ってきた成瀬だった。
「皓太もお疲れ。ごめんな、いろいろ任せて」
わかりやすく苛立っていた篠原とは異なる、いつもどおりの調子。申し訳なさそうな笑みひとつで、立ち止まった篠原を追い抜いていく。
自分の席に戻って、皓太が置いた書類をさっそく確認し始めている姿も、まったくいつもと変わらない。
たぶん、篠原はここに戻ってくるまでにも、「信じられない」ことについて、散々言っていたのだろうに。なにひとつ響いていない態度を気の毒に思いつつ、皓太は口を開いた。
「いや、その、大丈夫です。向原さんも手伝ってくれたので」
「向原が?」
そこでようやく、自分たちのほうに顔が向いた。自分となにも言わないでいる向原とを見比べてから、にこりとほほえむ。
「そっか、よかったな」
11
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
嫌われものの僕について…
相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。
だか、ある日事態は急変する
主人公が暗いです
チャラ男会計目指しました
岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように…………
――――――それを目指して1年3ヶ月
英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた
意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。
※この小説はBL小説です。
苦手な方は見ないようにお願いします。
※コメントでの誹謗中傷はお控えください。
初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。
他サイトにも掲載しています。
【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎
亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡
「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。
そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格!
更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。
これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。
友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき……
椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。
.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇
※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。
※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。
楽しんで頂けると幸いです(^^)
今後ともどうぞ宜しくお願いします♪
※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)
【doll】僕らの記念日に本命と浮気なんてしないでよ
月夜の晩に
BL
平凡な主人公には、不釣り合いなカッコいい彼氏がいた。
しかしある時、彼氏が過去に付き合えなかった地元の本命の身代わりとして、自分は選ばれただけだったと知る。
それでも良いと言い聞かせていたのに、本命の子が浪人を経て上京・彼氏を頼る様になって…
主人公は俺狙い?!
suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。
容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。
だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。
朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。
15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。
学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。
彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。
そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、
面倒事、それもBL(多分)とか無理!!
そう考え近づかないようにしていた。
そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。
ハプニングだらけの学園生活!
BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息
※文章うるさいです
※背後注意
元会計には首輪がついている
笹坂寧
BL
【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。
こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。
卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。
俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。
なのに。
「逃げられると思ったか?颯夏」
「ーーな、んで」
目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる