パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 6 ⑤

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「そんなことないって」

 だから、あっさりと成瀬は受け流した。自分に有益だから、そうしていただけ。今回もそうだ。
 過去に庇ってやったことに恩義を感じている人の良さを利用して、聞きたいことを聞いていただけだ。

「というか、俺が甘やかしてるからじゃなくて、茅野が怖いからっていうのもあるんじゃない? こそこそしてたの」
「俺のどこが」
「って胸を張って言うなら、相手は、高等部からの編入組に限定したほうがいいと思うけど」

 中等部時代、それなりに好き勝手をしていた自覚はあるらしい。きまりの悪い顔で黙り込む。その顔をじっと見つめてから、成瀬は笑った。

「そうやって、せっかく落ち着いて寮長してたのに、一年生脅したんだって?」

 かわいそうに、と揶揄すると、いかにも心外そうに眉が上がる。

「脅したとはなんだ、人聞きの悪い。高藤か?」
「ううん。皓太、そういうこと、俺にあんまり言ってくれないし」
「なら、……」
「回り回って、加賀から聞いた。楓寮でも噂になってるって。とうとう本性出したって言われてるらしいよ」
「好きに言わせておけ」

 半ば投げやりにそう言うと、茅野はぐしゃりと髪を掻きやった。

「どう思われようとかまわないと言えばかまわないが。恐怖政治を強いるつもりはないんだがな。力で押し込んで一瞬静まったとしても、結局ろくなことにならない」

「それは、まぁ、そうだと思うけど」
「と言っても、舐められすぎてもろくなことにならないからな。塩梅がなかなか難しい」
「それもまぁ、そうだと思うけど。でも、茅野はバランスよくやってると思うよ。そのあたりのバランス感覚は、俺よりずっといいし。ほら、行人と皓太も懐いてるだろ」
「……おまえの判断基準は、いつもそこだな」
「そうかな。信用してるんだよ」

 特に、幼馴染みのほうの人を見る目については。苦笑で応じると、それで、と茅野が本題を切り出してきた。

「どうなんだ、向こうは」
「うん。やる気はあるんじゃないかな。このあいだもだいぶ煽れたし」

 教室での一件のことだ。あそこまで態度に出すくらいだ。相当きている。そう告げると、茅野が呆れた声を出した。「まぁ、必要以上に煽ってはいたな」

「過剰にやると、さすがにバレるぞ」
「うん。でも、もう引けないだろ、向こうが」

 こちらの思惑に気がついたとしても、引けない理由のほうが大きくなっていたら、それで終わりだ。

「恋愛って怖いよな。というか、人を好きだって思い込む熱量が怖い。そんなことで、まともな判断ができなくなるんだ」

 恋をしてはいけないよ、としたり顔で諭されたとき、そんなものを自分がするわけがないと心底思った。自分がアルファであるために、一番不要な感情だったからだ。
 そうして、今もそう思っている。あの人の言ったことは、正しい。
 誰かを好きになれば、その思いの分だけ感情のコントロールが難しくなる。フェロモンのバランスも崩されかねない。だから、悪だ。
 わかっている。口元だけで成瀬は笑った。

「水城が、いろんなところでアルファを誘惑してくれてて、よかった」
「俺は、おまえのそのドライすぎる恋愛観のほうがよほど恐ろしいとは思うが」

 意味がないとわかっていても、釘を刺さずにはいられなかったらしい。嫌そうにぼやいてから、それと、と言い足した。先ほどと同じか、それよりもよほど嫌そうに。

「おまえ、結局、向原と話してないだろう」
「なんで? 知ってるだろ、話したよ」
「おまえが一方的にな」
「でも、茅野も知ってると思うけど、あいつ、納得しないことはやらないだろ。だから、納得してるってことだと思うけど」
「……」
「少なくとも、最低限は」

 ありありと向けられた疑惑の目をいなして、ほほえむ。数日前に篠原にも言ってみせたことで、嘘ではない。
 そういう男だと知っている。

「あ、でも、そのあとにも、一応、一回は謝ったよ。俺が悪かったかなって思ってる部分もあったから」
「それで?」
「言いすぎた、悪かったって言ったら、それを言うなら、聞かせる気のないことを聞かせて悪かっただろ、って言われた」

 思い出して、はは、と小さく苦笑する。あれは、相当怒っていた。そのあとのやりとりも含めたら、一目瞭然だった。

 ――まぁ、でも、あいつの言うこと、基本的に正しいんだよな。

 だから、言い返せなかった。
 いかにもらしい強者の正論。間違ってはいないが、あれは、あの男だから言えることだ。
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