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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 6 ③
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咎める声を遮って、おざなりに話をまとめる。それ以外にどうしようもないとわかっていたからだ。
自分に折れる気はないし、向原も同じだろうということは、言動を鑑みれば嫌でもわかる。だったら、時の経過を待つしかないだろうと思う。それに――。
――よっぽど気に入らなかったんだろうな。
あそこまで言われるとは思わなかった、というのが正直なところではあった。けれど、同時に、自分でも意外なほど腹が立っていた。
だから、なんだ、と思ったときの激情が、まだ胸の奥でくすぶっている。
そうして、今も。自分の行動が間違っていたものだとも、責められるべきものだとも思っていない。持て余した苛立ちを、言うべきではない言葉に変えてしまった、という罪悪感はあるが、それを差し置いても、謝るという選択肢は生まれそうになかった。
「正直、俺は、昔のあいつを知ってるから」
「だから、なに。また、昔よりは丸くなったって話?」
「いや、でも、本当そうなんだって。信じられないレベルで変わってるから。それで、まぁ、なんだ。できれば、今のままでいてほしいって思ってんだけど」
「……」
「だから、おまえが手綱を握っててくれるっていうなら、すげぇ助かるんだけど。おまえでも、できねぇの?」
「さすがに、それじゃ乗せられない」
にこ、とほほえむと、篠原が溜息を吐いた。
「本当、おまえら頑固だよな」
呆れ切った口調を笑って、手元に視線を戻す。しばらくしてから、また溜息が響いた。いいかげん、辟易としているのだろう。
「あいつの不言実行なところも俺様すぎてどうかとは思うけど。おまえも独断専行なんだし。どっちもどっちなんだから、適当に折れて謝れって」
「なら、俺が謝る必要ないだろ」
本当に、どっちもどっちだと言うのなら。
苦笑で誤魔化さなかったことに驚いたらしく、篠原の声のトーンが少し変わった。
「どうした、おまえ」
「べつに。……ただ、そう思ったってだけ」
自分で思っているより苛立っていたのだろうか。自問しつつも、成瀬はできるだけなんでもないようにそう言った。
「意地になってるだけなら、それはそれでいいけど」
「けど?」
「客観的に見て、俺は、おまえのそのひとりでなんでもできるんですっていう姿勢に、けっこうな問題があると思う」
その指摘に、手が止まる。似たようなことを言われた覚えがあったからだ。
「だって、おまえ。まぁ、べつに、それが悪いとは言わねぇけど。昔からいろいろ庇ってやってるだろ? 柏木がいい例だし、あいつらはそのおかげで助かってんだろうけどさ」
線が細く、頼りない雰囲気のベータを率先して庇ってやっている理由は、ただの善意ではない。都合が良かったから、そうしていただけだ。
彼らのそばにいれば、万が一「甘いにおい」がしたとしても、自分が発生源だと思われることはない。
それだけのことだったから、成瀬は否定も肯定もしなかった。
「その分、おまえに割が行ってるだろ。おまえはそれもどうとでもできるって思ってるんだろうし、実際してんのも知ってるけど」
「ならいいだろ。それに、俺も、それで誰かに迷惑かけたことなんてないと思うけど」
このあいだのことにしても、少なくとも、自分はそのつもりだ。なにも問題はない。言い切ると、「それだよ、それ」と篠原が顔をしかめた。
「それ?」
「さっきも言っただろ。その、自分でなんでもできるっていう、おまえのそれだよ。近くにいるのになにひとつ頼られない、相談もないって、気分の良いもんじゃないだろ。なんか、こう言うと、おまえ曲解しそうで嫌なんだけど」
曲解とまで言われて、成瀬はかすかに眉を寄せた。曲解もなにも、誰かを頼るということは、その人物の庇護下に入ることと同義だろう。
「できないなら頼ったらいいと思うけど、できるんだから問題ない」
「はい、はい。おまえはそうだよな」
うんざりと流しておいてから、でも、まぁ、と篠原は付け足した。「おまえは、それでいいんだろうけど」
「おまえは、ってなんだよ」
「相手を考えろって言ってんの。そういう態度ばっかりだと、信用されてないみたいな気分になんの、こっちは。むなしいっつうか。……まぁ、俺はあいつじゃねぇから、よくわかんねぇけど」
自分に折れる気はないし、向原も同じだろうということは、言動を鑑みれば嫌でもわかる。だったら、時の経過を待つしかないだろうと思う。それに――。
――よっぽど気に入らなかったんだろうな。
あそこまで言われるとは思わなかった、というのが正直なところではあった。けれど、同時に、自分でも意外なほど腹が立っていた。
だから、なんだ、と思ったときの激情が、まだ胸の奥でくすぶっている。
そうして、今も。自分の行動が間違っていたものだとも、責められるべきものだとも思っていない。持て余した苛立ちを、言うべきではない言葉に変えてしまった、という罪悪感はあるが、それを差し置いても、謝るという選択肢は生まれそうになかった。
「正直、俺は、昔のあいつを知ってるから」
「だから、なに。また、昔よりは丸くなったって話?」
「いや、でも、本当そうなんだって。信じられないレベルで変わってるから。それで、まぁ、なんだ。できれば、今のままでいてほしいって思ってんだけど」
「……」
「だから、おまえが手綱を握っててくれるっていうなら、すげぇ助かるんだけど。おまえでも、できねぇの?」
「さすがに、それじゃ乗せられない」
にこ、とほほえむと、篠原が溜息を吐いた。
「本当、おまえら頑固だよな」
呆れ切った口調を笑って、手元に視線を戻す。しばらくしてから、また溜息が響いた。いいかげん、辟易としているのだろう。
「あいつの不言実行なところも俺様すぎてどうかとは思うけど。おまえも独断専行なんだし。どっちもどっちなんだから、適当に折れて謝れって」
「なら、俺が謝る必要ないだろ」
本当に、どっちもどっちだと言うのなら。
苦笑で誤魔化さなかったことに驚いたらしく、篠原の声のトーンが少し変わった。
「どうした、おまえ」
「べつに。……ただ、そう思ったってだけ」
自分で思っているより苛立っていたのだろうか。自問しつつも、成瀬はできるだけなんでもないようにそう言った。
「意地になってるだけなら、それはそれでいいけど」
「けど?」
「客観的に見て、俺は、おまえのそのひとりでなんでもできるんですっていう姿勢に、けっこうな問題があると思う」
その指摘に、手が止まる。似たようなことを言われた覚えがあったからだ。
「だって、おまえ。まぁ、べつに、それが悪いとは言わねぇけど。昔からいろいろ庇ってやってるだろ? 柏木がいい例だし、あいつらはそのおかげで助かってんだろうけどさ」
線が細く、頼りない雰囲気のベータを率先して庇ってやっている理由は、ただの善意ではない。都合が良かったから、そうしていただけだ。
彼らのそばにいれば、万が一「甘いにおい」がしたとしても、自分が発生源だと思われることはない。
それだけのことだったから、成瀬は否定も肯定もしなかった。
「その分、おまえに割が行ってるだろ。おまえはそれもどうとでもできるって思ってるんだろうし、実際してんのも知ってるけど」
「ならいいだろ。それに、俺も、それで誰かに迷惑かけたことなんてないと思うけど」
このあいだのことにしても、少なくとも、自分はそのつもりだ。なにも問題はない。言い切ると、「それだよ、それ」と篠原が顔をしかめた。
「それ?」
「さっきも言っただろ。その、自分でなんでもできるっていう、おまえのそれだよ。近くにいるのになにひとつ頼られない、相談もないって、気分の良いもんじゃないだろ。なんか、こう言うと、おまえ曲解しそうで嫌なんだけど」
曲解とまで言われて、成瀬はかすかに眉を寄せた。曲解もなにも、誰かを頼るということは、その人物の庇護下に入ることと同義だろう。
「できないなら頼ったらいいと思うけど、できるんだから問題ない」
「はい、はい。おまえはそうだよな」
うんざりと流しておいてから、でも、まぁ、と篠原は付け足した。「おまえは、それでいいんだろうけど」
「おまえは、ってなんだよ」
「相手を考えろって言ってんの。そういう態度ばっかりだと、信用されてないみたいな気分になんの、こっちは。むなしいっつうか。……まぁ、俺はあいつじゃねぇから、よくわかんねぇけど」
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