253 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 5 ⑧
しおりを挟む
「行人?」
その問いかけに、はっとして頷く。胸に過ったことを口にできそうにはなかったし、それに、――少しでも安心してくれるのなら頷こうと思ってしまったのだ。
――変に考えすぎだよな。だって、成瀬さん、前にも言ってたし。
卒業するまでのあいだは守ってあげられるけど、その先に自分はいないから。だから、信頼できる相手を見つけて、秘密を打ち明けたほうがいい、と。
つまり、以前彼が心配してくれていた事項がひとつ解決したいう、それだけのこと。それに、あと半年もすれば、この人たちが卒業していくことは事実なのだ。
「行人は、もう少しここにいる?」
「あ、……はい、もう少しだけ」
「そっか、わかった。あぁ、でも、早く戻らないと怒られるよ。引き留めておいて言うのもなんだけど」
「はい。早めに戻ります」
「うん、おやすみ」
「っ、あの」
引き留める言葉が飛び出したことに驚いたのは、たぶん自分自身だった。もう少しひとりでここで整理をしてから帰ろうと思っていたのに。その証拠に、続く言葉はなにも出てこない。
「どうかした?」
沈黙を破ったのは、先ほどと同じ優しい声だった。声をかければ、必ず応えてくれる人がいる、ということは、とてもありがたいことなのだと思う。成瀬がそうしてくれる理由が、年下で、オメガでもある自分を庇護する対象として気にかけてくれているから、というものだけだったとしても。
「あの、成瀬さん」
だから、なんでもない、と誤魔化すことはやめた。
聞きたいことも、話したいことも、自分の中には、たくさんあるのだと思う。今は聞くべきではないのだろうと判断して呑み込んだり、あるいはもっと単純に言葉にすることが難しくて隠してしまっていたようなものが。
今日の昼間のことは、やはり自分が聞いていいことではないと思うけれど、自分の感情は、いつかしっかり伝えることができたらいいと思う。
「俺、考えるのにもすごい時間かかるんで、だから、まだ自分でもどう言ったらいいか、わかんないことも多いんですけど」
だから、と行人はまっすぐに言い募った。
「いつか、ちゃんと話せるようになったら、言ってもいいですか」
「もちろん」
気負いのない笑顔を前に、行人も笑った。そうして「おやすみなさい」と話を切り上げる。ひとりになった食堂で、行人はほっと小さく息を吐いた。
ちゃんと話せるようになったら、伝えたいことがなにかなのかは、成瀬はわかっていたと思う。
その上で、変わらない態度で受け止めてくれることは、うれしかった。胸の奥に潜んでいるもうひとつの感情には、できるだけ意識を向けないようにして、よかったと自身に繰り返す。
今は、きっと、これで、よかったのだ。これ以上のことなんて、自分が必要以上に心配しなくても、なにも起きるはずはないのだから。
その問いかけに、はっとして頷く。胸に過ったことを口にできそうにはなかったし、それに、――少しでも安心してくれるのなら頷こうと思ってしまったのだ。
――変に考えすぎだよな。だって、成瀬さん、前にも言ってたし。
卒業するまでのあいだは守ってあげられるけど、その先に自分はいないから。だから、信頼できる相手を見つけて、秘密を打ち明けたほうがいい、と。
つまり、以前彼が心配してくれていた事項がひとつ解決したいう、それだけのこと。それに、あと半年もすれば、この人たちが卒業していくことは事実なのだ。
「行人は、もう少しここにいる?」
「あ、……はい、もう少しだけ」
「そっか、わかった。あぁ、でも、早く戻らないと怒られるよ。引き留めておいて言うのもなんだけど」
「はい。早めに戻ります」
「うん、おやすみ」
「っ、あの」
引き留める言葉が飛び出したことに驚いたのは、たぶん自分自身だった。もう少しひとりでここで整理をしてから帰ろうと思っていたのに。その証拠に、続く言葉はなにも出てこない。
「どうかした?」
沈黙を破ったのは、先ほどと同じ優しい声だった。声をかければ、必ず応えてくれる人がいる、ということは、とてもありがたいことなのだと思う。成瀬がそうしてくれる理由が、年下で、オメガでもある自分を庇護する対象として気にかけてくれているから、というものだけだったとしても。
「あの、成瀬さん」
だから、なんでもない、と誤魔化すことはやめた。
聞きたいことも、話したいことも、自分の中には、たくさんあるのだと思う。今は聞くべきではないのだろうと判断して呑み込んだり、あるいはもっと単純に言葉にすることが難しくて隠してしまっていたようなものが。
今日の昼間のことは、やはり自分が聞いていいことではないと思うけれど、自分の感情は、いつかしっかり伝えることができたらいいと思う。
「俺、考えるのにもすごい時間かかるんで、だから、まだ自分でもどう言ったらいいか、わかんないことも多いんですけど」
だから、と行人はまっすぐに言い募った。
「いつか、ちゃんと話せるようになったら、言ってもいいですか」
「もちろん」
気負いのない笑顔を前に、行人も笑った。そうして「おやすみなさい」と話を切り上げる。ひとりになった食堂で、行人はほっと小さく息を吐いた。
ちゃんと話せるようになったら、伝えたいことがなにかなのかは、成瀬はわかっていたと思う。
その上で、変わらない態度で受け止めてくれることは、うれしかった。胸の奥に潜んでいるもうひとつの感情には、できるだけ意識を向けないようにして、よかったと自身に繰り返す。
今は、きっと、これで、よかったのだ。これ以上のことなんて、自分が必要以上に心配しなくても、なにも起きるはずはないのだから。
11
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる