パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 5 ⑧

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「行人?」

 その問いかけに、はっとして頷く。胸に過ったことを口にできそうにはなかったし、それに、――少しでも安心してくれるのなら頷こうと思ってしまったのだ。

 ――変に考えすぎだよな。だって、成瀬さん、前にも言ってたし。

 卒業するまでのあいだは守ってあげられるけど、その先に自分はいないから。だから、信頼できる相手を見つけて、秘密を打ち明けたほうがいい、と。
 つまり、以前彼が心配してくれていた事項がひとつ解決したいう、それだけのこと。それに、あと半年もすれば、この人たちが卒業していくことは事実なのだ。

「行人は、もう少しここにいる?」
「あ、……はい、もう少しだけ」
「そっか、わかった。あぁ、でも、早く戻らないと怒られるよ。引き留めておいて言うのもなんだけど」
「はい。早めに戻ります」
「うん、おやすみ」
「っ、あの」

 引き留める言葉が飛び出したことに驚いたのは、たぶん自分自身だった。もう少しひとりでここで整理をしてから帰ろうと思っていたのに。その証拠に、続く言葉はなにも出てこない。

「どうかした?」

 沈黙を破ったのは、先ほどと同じ優しい声だった。声をかければ、必ず応えてくれる人がいる、ということは、とてもありがたいことなのだと思う。成瀬がそうしてくれる理由が、年下で、オメガでもある自分を庇護する対象として気にかけてくれているから、というものだけだったとしても。

「あの、成瀬さん」

 だから、なんでもない、と誤魔化すことはやめた。
 聞きたいことも、話したいことも、自分の中には、たくさんあるのだと思う。今は聞くべきではないのだろうと判断して呑み込んだり、あるいはもっと単純に言葉にすることが難しくて隠してしまっていたようなものが。
 今日の昼間のことは、やはり自分が聞いていいことではないと思うけれど、自分の感情は、いつかしっかり伝えることができたらいいと思う。

「俺、考えるのにもすごい時間かかるんで、だから、まだ自分でもどう言ったらいいか、わかんないことも多いんですけど」

 だから、と行人はまっすぐに言い募った。

「いつか、ちゃんと話せるようになったら、言ってもいいですか」
「もちろん」

 気負いのない笑顔を前に、行人も笑った。そうして「おやすみなさい」と話を切り上げる。ひとりになった食堂で、行人はほっと小さく息を吐いた。
 ちゃんと話せるようになったら、伝えたいことがなにかなのかは、成瀬はわかっていたと思う。
 その上で、変わらない態度で受け止めてくれることは、うれしかった。胸の奥に潜んでいるもうひとつの感情には、できるだけ意識を向けないようにして、よかったと自身に繰り返す。
 今は、きっと、これで、よかったのだ。これ以上のことなんて、自分が必要以上に心配しなくても、なにも起きるはずはないのだから。

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