パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 5 ①

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[5]


「絶対、茅野さんも知ってた。信じらんねぇ」
「なにそんな怒ってんの、おまえ」

 帰ってくるなり、早々。ここ最近疲れた顔で寮室の扉を開けることの多かった同室者が、今日はずっとこの調子である。
 抑え切れなかったものをぶちぶちとにじませながら、鞄を片づけている。その様子を隣の学習机からまじまじと見つめつつ、行人はそう問いかけた。
 いや、疲れ切って生気のない顔をしているよりはいい。いいのだが。

「いや、だって!」
「だって、なんだよ?」
「……なんでもない」

 おまえに言ってもな、みたいな顔で首を横に振られて、むっとペンを握っていた手に力が入る。
 なら、最初からなにも言わなければいいではないか。

 ……でも、まぁ、そうやって態度に出すだけマシっちゃ、マシか。

 素知らぬ顔ですべてをなかったことにされるよりは、きっと。
 教えてもらえなかった時点で「なかったことにされて」いるのでは、という疑念は棚上げにしたまま、行人は話題の転換を図った。気遣ったつもりである。

「生徒会、忙しかったのか? ちょっとはマシになったって言ってたのに」
「あー……、生徒会ね、うん」

 うんざりとした返事に、転換する話題を間違ったことを行人は悟った。苦手なりにがんばってみたのだが、空回ったらしい。

「いや、あの」
「ごめん、榛名は悪くないから。ぜんぶあの人たちが悪い」
「なんだ、それ」

 あまりにもきっぱり言い切るものだから、ちょっと笑ってしまった。その行人につられたのか、まなざしがふっとやわらぐ。

「いや……、まぁ、生徒会も榛名の言うとおりでマシにはなったんだけどね」

  少し落ち着いた口調で先ほどの問いかけに対する答えを口にして、高藤が椅子を引いた。

「もともとがぜんぜん人手が足りてない場所だったわけだから、ひとり増えるだけで、大違い。本当、もっと増やすべきだとは思うけどね。ひとりあたりの負担量がヤバすぎる。あれ、あの人たちだからなんとか回ってたってだけだよ。組織としては絶対におかしい。誰かが抜けたときのことを考慮してなさすぎ」
「……」

 感情が多少落ち着いても、思うところが多量にあるのは変わっていないらしい。同室者の現生徒会に対する不満のオンパレードに、行人は微妙な顔つきで頷いた。
 さすがにここで成瀬の肩を持ったらまずいんだろうなぁ、というくらいの配慮はある。

「どうせ自分ができるって思ってたんだろうけど、その自分だって体調崩すことくらいあるだろうに。――まぁ、そのへんも含めて、今の生徒会はあの人たちがつくり変えたシステムらしいから」
「そうなのか」
「そう、そうなの。好き勝手に自分たちがやりやすいように変えたらしいよ。茅野さんが言ってた。合理的というか、なんというか」

 中等部もそうだったらしいけどね、と苦笑していた高藤が、ふと思い至ったように呟いた。

「だから、俺を選んだんじゃないかな、あの人ら。あの人たちの考え方にある程度慣れてるから、意思疎通も楽で便利だったんだな」
「さすがにそれだけじゃ……」
「いや、絶対そうだ。自分を過大評価しすぎてた」

 さすがにそれだけでは、たぶんないと思うのだが。どちらかと言わなくとも、常日頃から「もうちょっとくらい誇示してもいいのでは」と思ってしまう程度には控えめな性格をしているくせに、過大評価ときたか。

「……そんなことないと思うけど」

 コミュニケーションに重きを置いてこなかった弊害かもしれない、と省みながら、行人はありがちな慰めを繰り返した。

「うん、ありがと」

 そう受け取ってから、でも、と高藤は言葉を継いだ。少し疲れた調子で。

「とりあえず、もう、本当、榛名はなにも心配しなくていいよ。俺もね、ある程度慣れてるつもりで油断してたら、ふつうに痛い目見たから。それで、すごい損した気分」

 なんだ、痛い目って。なんだ、心配して損したって。もしかしなくても、それが、「信じらんねぇ」ことなのだろうが。

「あのさ」
「あ、そういえば、最近クラスはどう?」
「どうって、……べつに」

 思いきりよく話を変えられたなぁ、と半ば呆れながら、行人は頭をひねった。そんなに言いたくないなら、べつに、まぁ、いいのだが。


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