246 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 5 ①
しおりを挟む
[5]
「絶対、茅野さんも知ってた。信じらんねぇ」
「なにそんな怒ってんの、おまえ」
帰ってくるなり、早々。ここ最近疲れた顔で寮室の扉を開けることの多かった同室者が、今日はずっとこの調子である。
抑え切れなかったものをぶちぶちとにじませながら、鞄を片づけている。その様子を隣の学習机からまじまじと見つめつつ、行人はそう問いかけた。
いや、疲れ切って生気のない顔をしているよりはいい。いいのだが。
「いや、だって!」
「だって、なんだよ?」
「……なんでもない」
おまえに言ってもな、みたいな顔で首を横に振られて、むっとペンを握っていた手に力が入る。
なら、最初からなにも言わなければいいではないか。
……でも、まぁ、そうやって態度に出すだけマシっちゃ、マシか。
素知らぬ顔ですべてをなかったことにされるよりは、きっと。
教えてもらえなかった時点で「なかったことにされて」いるのでは、という疑念は棚上げにしたまま、行人は話題の転換を図った。気遣ったつもりである。
「生徒会、忙しかったのか? ちょっとはマシになったって言ってたのに」
「あー……、生徒会ね、うん」
うんざりとした返事に、転換する話題を間違ったことを行人は悟った。苦手なりにがんばってみたのだが、空回ったらしい。
「いや、あの」
「ごめん、榛名は悪くないから。ぜんぶあの人たちが悪い」
「なんだ、それ」
あまりにもきっぱり言い切るものだから、ちょっと笑ってしまった。その行人につられたのか、まなざしがふっとやわらぐ。
「いや……、まぁ、生徒会も榛名の言うとおりでマシにはなったんだけどね」
少し落ち着いた口調で先ほどの問いかけに対する答えを口にして、高藤が椅子を引いた。
「もともとがぜんぜん人手が足りてない場所だったわけだから、ひとり増えるだけで、大違い。本当、もっと増やすべきだとは思うけどね。ひとりあたりの負担量がヤバすぎる。あれ、あの人たちだからなんとか回ってたってだけだよ。組織としては絶対におかしい。誰かが抜けたときのことを考慮してなさすぎ」
「……」
感情が多少落ち着いても、思うところが多量にあるのは変わっていないらしい。同室者の現生徒会に対する不満のオンパレードに、行人は微妙な顔つきで頷いた。
さすがにここで成瀬の肩を持ったらまずいんだろうなぁ、というくらいの配慮はある。
「どうせ自分ができるって思ってたんだろうけど、その自分だって体調崩すことくらいあるだろうに。――まぁ、そのへんも含めて、今の生徒会はあの人たちがつくり変えたシステムらしいから」
「そうなのか」
「そう、そうなの。好き勝手に自分たちがやりやすいように変えたらしいよ。茅野さんが言ってた。合理的というか、なんというか」
中等部もそうだったらしいけどね、と苦笑していた高藤が、ふと思い至ったように呟いた。
「だから、俺を選んだんじゃないかな、あの人ら。あの人たちの考え方にある程度慣れてるから、意思疎通も楽で便利だったんだな」
「さすがにそれだけじゃ……」
「いや、絶対そうだ。自分を過大評価しすぎてた」
さすがにそれだけでは、たぶんないと思うのだが。どちらかと言わなくとも、常日頃から「もうちょっとくらい誇示してもいいのでは」と思ってしまう程度には控えめな性格をしているくせに、過大評価ときたか。
「……そんなことないと思うけど」
コミュニケーションに重きを置いてこなかった弊害かもしれない、と省みながら、行人はありがちな慰めを繰り返した。
「うん、ありがと」
そう受け取ってから、でも、と高藤は言葉を継いだ。少し疲れた調子で。
「とりあえず、もう、本当、榛名はなにも心配しなくていいよ。俺もね、ある程度慣れてるつもりで油断してたら、ふつうに痛い目見たから。それで、すごい損した気分」
なんだ、痛い目って。なんだ、心配して損したって。もしかしなくても、それが、「信じらんねぇ」ことなのだろうが。
「あのさ」
「あ、そういえば、最近クラスはどう?」
「どうって、……べつに」
思いきりよく話を変えられたなぁ、と半ば呆れながら、行人は頭をひねった。そんなに言いたくないなら、べつに、まぁ、いいのだが。
「絶対、茅野さんも知ってた。信じらんねぇ」
「なにそんな怒ってんの、おまえ」
帰ってくるなり、早々。ここ最近疲れた顔で寮室の扉を開けることの多かった同室者が、今日はずっとこの調子である。
抑え切れなかったものをぶちぶちとにじませながら、鞄を片づけている。その様子を隣の学習机からまじまじと見つめつつ、行人はそう問いかけた。
いや、疲れ切って生気のない顔をしているよりはいい。いいのだが。
「いや、だって!」
「だって、なんだよ?」
「……なんでもない」
おまえに言ってもな、みたいな顔で首を横に振られて、むっとペンを握っていた手に力が入る。
なら、最初からなにも言わなければいいではないか。
……でも、まぁ、そうやって態度に出すだけマシっちゃ、マシか。
素知らぬ顔ですべてをなかったことにされるよりは、きっと。
教えてもらえなかった時点で「なかったことにされて」いるのでは、という疑念は棚上げにしたまま、行人は話題の転換を図った。気遣ったつもりである。
「生徒会、忙しかったのか? ちょっとはマシになったって言ってたのに」
「あー……、生徒会ね、うん」
うんざりとした返事に、転換する話題を間違ったことを行人は悟った。苦手なりにがんばってみたのだが、空回ったらしい。
「いや、あの」
「ごめん、榛名は悪くないから。ぜんぶあの人たちが悪い」
「なんだ、それ」
あまりにもきっぱり言い切るものだから、ちょっと笑ってしまった。その行人につられたのか、まなざしがふっとやわらぐ。
「いや……、まぁ、生徒会も榛名の言うとおりでマシにはなったんだけどね」
少し落ち着いた口調で先ほどの問いかけに対する答えを口にして、高藤が椅子を引いた。
「もともとがぜんぜん人手が足りてない場所だったわけだから、ひとり増えるだけで、大違い。本当、もっと増やすべきだとは思うけどね。ひとりあたりの負担量がヤバすぎる。あれ、あの人たちだからなんとか回ってたってだけだよ。組織としては絶対におかしい。誰かが抜けたときのことを考慮してなさすぎ」
「……」
感情が多少落ち着いても、思うところが多量にあるのは変わっていないらしい。同室者の現生徒会に対する不満のオンパレードに、行人は微妙な顔つきで頷いた。
さすがにここで成瀬の肩を持ったらまずいんだろうなぁ、というくらいの配慮はある。
「どうせ自分ができるって思ってたんだろうけど、その自分だって体調崩すことくらいあるだろうに。――まぁ、そのへんも含めて、今の生徒会はあの人たちがつくり変えたシステムらしいから」
「そうなのか」
「そう、そうなの。好き勝手に自分たちがやりやすいように変えたらしいよ。茅野さんが言ってた。合理的というか、なんというか」
中等部もそうだったらしいけどね、と苦笑していた高藤が、ふと思い至ったように呟いた。
「だから、俺を選んだんじゃないかな、あの人ら。あの人たちの考え方にある程度慣れてるから、意思疎通も楽で便利だったんだな」
「さすがにそれだけじゃ……」
「いや、絶対そうだ。自分を過大評価しすぎてた」
さすがにそれだけでは、たぶんないと思うのだが。どちらかと言わなくとも、常日頃から「もうちょっとくらい誇示してもいいのでは」と思ってしまう程度には控えめな性格をしているくせに、過大評価ときたか。
「……そんなことないと思うけど」
コミュニケーションに重きを置いてこなかった弊害かもしれない、と省みながら、行人はありがちな慰めを繰り返した。
「うん、ありがと」
そう受け取ってから、でも、と高藤は言葉を継いだ。少し疲れた調子で。
「とりあえず、もう、本当、榛名はなにも心配しなくていいよ。俺もね、ある程度慣れてるつもりで油断してたら、ふつうに痛い目見たから。それで、すごい損した気分」
なんだ、痛い目って。なんだ、心配して損したって。もしかしなくても、それが、「信じらんねぇ」ことなのだろうが。
「あのさ」
「あ、そういえば、最近クラスはどう?」
「どうって、……べつに」
思いきりよく話を変えられたなぁ、と半ば呆れながら、行人は頭をひねった。そんなに言いたくないなら、べつに、まぁ、いいのだが。
11
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
チャラ男会計目指しました
岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように…………
――――――それを目指して1年3ヶ月
英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた
意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。
※この小説はBL小説です。
苦手な方は見ないようにお願いします。
※コメントでの誹謗中傷はお控えください。
初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。
他サイトにも掲載しています。
悪役令息の兄には全てが視えている
翡翠飾
BL
「そういえば、この間臣麗くんにお兄さんが居るって聞きました!意外です、てっきり臣麗くんは一人っ子だと思っていたので」
駄目だ、それを言っては。それを言ったら君は───。
大企業の御曹司で跡取りである美少年高校生、神水流皇麗。彼はある日、噂の編入生と自身の弟である神水流臣麗がもめているのを止めてほしいと頼まれ、そちらへ向かう。けれどそこで聞いた編入生の言葉に、酷い頭痛を覚え前世の記憶を思い出す。
そして彼は気付いた、現代学園もののファンタジー乙女ゲームに転生していた事に。そして自身の弟は悪役令息。自殺したり、家が没落したり、殺人鬼として少年院に入れられたり、父に勘当されキャラ全員を皆殺しにしたり───?!?!しかもそんな中、皇麗はことごとく死亡し臣麗の闇堕ちに体よく使われる?!
絶対死んでたまるか、臣麗も死なせないし人も殺させない。臣麗は僕の弟、だから僕の使命として彼を幸せにする。
僕の持っている予知能力で、全てを見透してみせるから───。
けれど見えてくるのは、乙女ゲームの暗い闇で?!
これは人が能力を使う世界での、予知能力を持った秀才美少年のお話。
元生徒会長さんの日常
あ×100
BL
俺ではダメだったみたいだ。気づけなくてごめんね。みんな大好きだったよ。
転校生が現れたことによってリコールされてしまった会長の二階堂雪乃。俺は仕事をサボり、遊び呆けたりセフレを部屋に連れ込んだりしたり、転校生をいじめたりしていたらしい。
そんな悪評高い元会長さまのお話。
長らくお待たせしました!近日中に更新再開できたらと思っております(公開済みのものも加筆修正するつもり)
なお、あまり文才を期待しないでください…痛い目みますよ…
誹謗中傷はおやめくださいね(泣)
2021.3.3
元会計には首輪がついている
笹坂寧
BL
【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。
こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。
卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。
俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。
なのに。
「逃げられると思ったか?颯夏」
「ーーな、んで」
目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる