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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 3 ⑥
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「あれ、皓太」
一年生の点呼を終えて茅野に報告へ、と階段を上っていたところで、頭上から声がかかった。
「成瀬さん」
顔を上げると、今までとなんら変わらない調子で成瀬がほほえんだ。ちょうど五階から階下に向かおうとしていたところだったらしい。
こんな時間なのに、どこかに行くつもりだったのだろうか。
「どうした……って、そういやさっき茅野が一年生連れて上がってきてたな。点呼押しつけられたのか、かわいそうに」
「あぁ、いや、べつに点呼くらいいいんですけど」
わかっていたとは言え、あまりにもいつもどおりすぎて、自分のほうが戸惑いそうになる。
思えば、ふたりきりで話すのも随分とひさしぶりなのだ。
「荻原はちょっとかわいそうだったかな。今もたぶん茅野さんのところに一緒にいると思うんですけど、ちょっとだけ談話室で揉めてて、それで」
「そっか」
大方の事情を察したふうに、成瀬は眉を下げた。
「まぁ、代わりに絞ってもらったんだって思って我慢するしかないな。寮生委員の子は、しばらくちょっと大変かもしれないけど」
「大変、ですか」
「うん。茅野がいるから大丈夫だとは思うけどね。忙しくはなるんじゃないかな。現場を見てたわけじゃないけど、水城くんのことが好きな子に詰め寄られることは、今後もあるかもしれないし」
淡々と事実を告げるようにそう言って、成瀬が視線を背後に動かした。その視線は茅野の寮室のあるほうに向いている。会議室を利用していると思っていたのだが、違ったらしい。
個人的な説教の範疇に収めるために、自室での指導に留めたのかもしれない。
「皓太も、ごめんな。生徒会に入ってると、いろいろ言われるだろ」
「いや、それもいいんだけど、……その、本当に」
「そう? 面倒だろ。そもそもとして、皓太、目立つの好きじゃないのにな」
「それは、まぁ、そうだけど」
本当に、それはそうなのだけれど、でも、現行の生徒会に関わると決めたときに覚悟していたことだし、自分の意志で決めたことだ。
「いいよ、本当に。俺が矢面に立ってるわけでもないし」
多少の割を食ってもしかたないと思うくらいの恩義は感じているつもりだ。生徒会を引き受けた理由のひとつも、それだったのだから。
ありがと、と受け流すように軽く笑って、成瀬は話を戻した。
「茅野、説教長いから。これ以上巻き込まれたくないんだったら、報告は三十分後くらいでいいかもな」
「でも……」
「遅いって文句言われたら、俺に言われたって言ったらいいし」
ぽんと肩を叩いて階段を下りていこうとした背中を呼び止めたのは、ほとんど反射だった。
必ず振り向いてくれると知っている、自分だけの呼び方で。
「あの、祥くん」
「なに?」
「いや、……その、よかったね。向原さん戻ってきて」
「どうして?」
呼び止めた理由を取り繕おうとしたら、そんな話題の転換になってしまっただけだったのだが、地雷だったかもしれない。見慣れた笑顔がゆっくりと武装されていくのを目の当たりにすると、そう思わざるを得なかった。
いかにも優しげという雰囲気は変わらないが、そのくらいの違いはわかるつもりでいる。伊達に長年くっつきまわっていないのだ。
良くも悪くもプライドが高くて、能力もあるがゆえに周囲を頼ろうとしない人。そういう人だと知っていたから、この学園に入って、彼と同じくらい能力のある人たちが現れたことに皓太はほっとしていた。
榛名に言ったとおりで、成瀬にとって自分はどこまで行っても庇護の対象で、相談相手になり得ないことも知っていたから。
「だって、そうしたら、ちょっとは楽になるよね」
あくまでも生徒会の仕事が、というていで続ける。
「篠原さんも死にかけてたし、祥くんも大変だったでしょ」
「あいつは、今までがサボり過ぎだったってだけ。……まぁ、でも、そうだな。向原はそのあたりもうまいから、楽にはなるな」
「うん」
そうだよね、と頷く。ひとりでするよりもずっと、任せることのできる相手がいるほうが効率的なはずだ。そんなこと、自分が言うまでもないのだろうけれど。
一年生の点呼を終えて茅野に報告へ、と階段を上っていたところで、頭上から声がかかった。
「成瀬さん」
顔を上げると、今までとなんら変わらない調子で成瀬がほほえんだ。ちょうど五階から階下に向かおうとしていたところだったらしい。
こんな時間なのに、どこかに行くつもりだったのだろうか。
「どうした……って、そういやさっき茅野が一年生連れて上がってきてたな。点呼押しつけられたのか、かわいそうに」
「あぁ、いや、べつに点呼くらいいいんですけど」
わかっていたとは言え、あまりにもいつもどおりすぎて、自分のほうが戸惑いそうになる。
思えば、ふたりきりで話すのも随分とひさしぶりなのだ。
「荻原はちょっとかわいそうだったかな。今もたぶん茅野さんのところに一緒にいると思うんですけど、ちょっとだけ談話室で揉めてて、それで」
「そっか」
大方の事情を察したふうに、成瀬は眉を下げた。
「まぁ、代わりに絞ってもらったんだって思って我慢するしかないな。寮生委員の子は、しばらくちょっと大変かもしれないけど」
「大変、ですか」
「うん。茅野がいるから大丈夫だとは思うけどね。忙しくはなるんじゃないかな。現場を見てたわけじゃないけど、水城くんのことが好きな子に詰め寄られることは、今後もあるかもしれないし」
淡々と事実を告げるようにそう言って、成瀬が視線を背後に動かした。その視線は茅野の寮室のあるほうに向いている。会議室を利用していると思っていたのだが、違ったらしい。
個人的な説教の範疇に収めるために、自室での指導に留めたのかもしれない。
「皓太も、ごめんな。生徒会に入ってると、いろいろ言われるだろ」
「いや、それもいいんだけど、……その、本当に」
「そう? 面倒だろ。そもそもとして、皓太、目立つの好きじゃないのにな」
「それは、まぁ、そうだけど」
本当に、それはそうなのだけれど、でも、現行の生徒会に関わると決めたときに覚悟していたことだし、自分の意志で決めたことだ。
「いいよ、本当に。俺が矢面に立ってるわけでもないし」
多少の割を食ってもしかたないと思うくらいの恩義は感じているつもりだ。生徒会を引き受けた理由のひとつも、それだったのだから。
ありがと、と受け流すように軽く笑って、成瀬は話を戻した。
「茅野、説教長いから。これ以上巻き込まれたくないんだったら、報告は三十分後くらいでいいかもな」
「でも……」
「遅いって文句言われたら、俺に言われたって言ったらいいし」
ぽんと肩を叩いて階段を下りていこうとした背中を呼び止めたのは、ほとんど反射だった。
必ず振り向いてくれると知っている、自分だけの呼び方で。
「あの、祥くん」
「なに?」
「いや、……その、よかったね。向原さん戻ってきて」
「どうして?」
呼び止めた理由を取り繕おうとしたら、そんな話題の転換になってしまっただけだったのだが、地雷だったかもしれない。見慣れた笑顔がゆっくりと武装されていくのを目の当たりにすると、そう思わざるを得なかった。
いかにも優しげという雰囲気は変わらないが、そのくらいの違いはわかるつもりでいる。伊達に長年くっつきまわっていないのだ。
良くも悪くもプライドが高くて、能力もあるがゆえに周囲を頼ろうとしない人。そういう人だと知っていたから、この学園に入って、彼と同じくらい能力のある人たちが現れたことに皓太はほっとしていた。
榛名に言ったとおりで、成瀬にとって自分はどこまで行っても庇護の対象で、相談相手になり得ないことも知っていたから。
「だって、そうしたら、ちょっとは楽になるよね」
あくまでも生徒会の仕事が、というていで続ける。
「篠原さんも死にかけてたし、祥くんも大変だったでしょ」
「あいつは、今までがサボり過ぎだったってだけ。……まぁ、でも、そうだな。向原はそのあたりもうまいから、楽にはなるな」
「うん」
そうだよね、と頷く。ひとりでするよりもずっと、任せることのできる相手がいるほうが効率的なはずだ。そんなこと、自分が言うまでもないのだろうけれど。
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