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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 3 ④
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篠原にも似たことは言われた。自分たちがいるあいだは大丈夫だろうけれど、おまえたちは水城と卒業するまで一緒だから、と。その対抗馬になれと発破をかけるように。
「あいつが変えなかったら、この学園は、権力と暴力が支配するアルファの楽園のままだった。名門とは名ばかりのな。それをあいつが変えたんだ。言葉と力で」
もう誰も反論しようとはしていなかった。しんと静まり返った空間に、茅野の声だけが響き渡る。
「そうじゃなかったら、こんな今はなかった。誰がどう言おうとそれは事実だ。今の学園を作り上げたのは成瀬で、それを壊す資格は、あんな子どもにはない」
あんな子どもという言葉の強さに、皓太は小さく息を呑んだ。
成瀬もだが、茅野も、年下の相手をそんなふうに糾弾する言い方は選ぶ人ではない。だから――。
――本当に、潰す気なんだ。
この人たちは、そう決めたのだということを、改めて思い知った気分だった。
「きれいな側ばかりを享受し、泥を被ろうともしない人間に上に立つ資格はないと、俺は思う」
「でも、ハルちゃんは……っ」
とうとう堪え切れなくなったように、水城を擁護しようとする声が上がる。けれど、茅野が最後まで言わせなかった。
ここまでこの人が「話を聞く気はない」という態度を取るところを見たのもまた、はじめてだった。
「ここの寮長は俺だが、俺はどこぞのハルちゃんのように、俺の意見におまえたちを従わせるつもりはないし、洗脳するつもりもない。だが、俺は寮長だからな。すべての寮生が、安心して寮生活を送ることができる空間を提供し、守っていく義務がある。そして、そのなかで優先すべき順序もある」
だから、と騒ぎの元凶をまっすぐに見据えたまま、茅野は言い切った。
「頼むから、俺に退寮者を出させてくれるなよ。俺は、加害者と被害者が存在すれば、躊躇なく加害者を追い出すぞ。害を加えた者に、どんな言い分があるかは知らん。結果がすべてだ。あたりまえのことだから承知してくれているとは思うが、改めて肝に銘じておいてくれ」
おまえがどう思ってるかは知らないけどな。あいつは、昔から強硬な会長派だぞ。
呆れた顔の本尾にそう言われたとき、意外だと感じたことを皓太は覚えている。中等部に入ってからの一年間、今と同じようにトップに立つ成瀬や茅野たちを見ていたつもりだったけれど、そんなふうには思えなかったからだ。
中立派を気取っている分、性質が悪い、とも言っていたけれど、今ならわかる。
この人は、本当に強硬な会長派だ。
「――と、やたら説教くさくなってしまったな。まぁ、いいか。説教ついでだ。ほら、そこの三人と荻原、ちょっと来い。今なら俺の話を聞くだけで反省文は免除してやろう」
きれいにいつもどおりに戻した調子でそう言って、茅野がもう一度周囲を見渡した。その視線が、またしても自分のところで留まる。
「点呼は……。しかたない、高藤」
「え? あ、はい」
「前フロア長のよしみでやっておいてくれ」
「え」
「ほら、廊下で野次馬してる一年も、ちゃんと寮室に戻っておいてやれ。ただでさえ遅れてるんだ。せめてスムーズに点呼が終わるよう協力するように。ということで、はい、以上。解散」
パンパンと手を叩いたのを最後に、茅野はそのまま出て行ってしまった。
なんだか、後の始末を押しつけられた気分だ。固まっている三人を促しながら談話室を出ようとしていた荻原に、「ごめんね」と点呼簿を渡されて、苦笑いで頷く。
べつに、点呼なんてすぐに終わることで、たいした手間ではない。この空間に取り残されるのがちょっと嫌だなと思ってしまっただけで。
――いや、まぁ、荻原のほうが外れくじ引いてるんだろうけど。
三人を宥めすかす声は、まだかすかに漏れ聞こえている。その声もほとんど聞こえなくなったところで、ぽつりと四谷が呟いた。
「なんか、すごかったね」
気持ちはわかるが、どっと疲れたような声だった。余韻が残っているせいなのか、まだ誰も寮室に戻ろうとしていない。
「あいつが変えなかったら、この学園は、権力と暴力が支配するアルファの楽園のままだった。名門とは名ばかりのな。それをあいつが変えたんだ。言葉と力で」
もう誰も反論しようとはしていなかった。しんと静まり返った空間に、茅野の声だけが響き渡る。
「そうじゃなかったら、こんな今はなかった。誰がどう言おうとそれは事実だ。今の学園を作り上げたのは成瀬で、それを壊す資格は、あんな子どもにはない」
あんな子どもという言葉の強さに、皓太は小さく息を呑んだ。
成瀬もだが、茅野も、年下の相手をそんなふうに糾弾する言い方は選ぶ人ではない。だから――。
――本当に、潰す気なんだ。
この人たちは、そう決めたのだということを、改めて思い知った気分だった。
「きれいな側ばかりを享受し、泥を被ろうともしない人間に上に立つ資格はないと、俺は思う」
「でも、ハルちゃんは……っ」
とうとう堪え切れなくなったように、水城を擁護しようとする声が上がる。けれど、茅野が最後まで言わせなかった。
ここまでこの人が「話を聞く気はない」という態度を取るところを見たのもまた、はじめてだった。
「ここの寮長は俺だが、俺はどこぞのハルちゃんのように、俺の意見におまえたちを従わせるつもりはないし、洗脳するつもりもない。だが、俺は寮長だからな。すべての寮生が、安心して寮生活を送ることができる空間を提供し、守っていく義務がある。そして、そのなかで優先すべき順序もある」
だから、と騒ぎの元凶をまっすぐに見据えたまま、茅野は言い切った。
「頼むから、俺に退寮者を出させてくれるなよ。俺は、加害者と被害者が存在すれば、躊躇なく加害者を追い出すぞ。害を加えた者に、どんな言い分があるかは知らん。結果がすべてだ。あたりまえのことだから承知してくれているとは思うが、改めて肝に銘じておいてくれ」
おまえがどう思ってるかは知らないけどな。あいつは、昔から強硬な会長派だぞ。
呆れた顔の本尾にそう言われたとき、意外だと感じたことを皓太は覚えている。中等部に入ってからの一年間、今と同じようにトップに立つ成瀬や茅野たちを見ていたつもりだったけれど、そんなふうには思えなかったからだ。
中立派を気取っている分、性質が悪い、とも言っていたけれど、今ならわかる。
この人は、本当に強硬な会長派だ。
「――と、やたら説教くさくなってしまったな。まぁ、いいか。説教ついでだ。ほら、そこの三人と荻原、ちょっと来い。今なら俺の話を聞くだけで反省文は免除してやろう」
きれいにいつもどおりに戻した調子でそう言って、茅野がもう一度周囲を見渡した。その視線が、またしても自分のところで留まる。
「点呼は……。しかたない、高藤」
「え? あ、はい」
「前フロア長のよしみでやっておいてくれ」
「え」
「ほら、廊下で野次馬してる一年も、ちゃんと寮室に戻っておいてやれ。ただでさえ遅れてるんだ。せめてスムーズに点呼が終わるよう協力するように。ということで、はい、以上。解散」
パンパンと手を叩いたのを最後に、茅野はそのまま出て行ってしまった。
なんだか、後の始末を押しつけられた気分だ。固まっている三人を促しながら談話室を出ようとしていた荻原に、「ごめんね」と点呼簿を渡されて、苦笑いで頷く。
べつに、点呼なんてすぐに終わることで、たいした手間ではない。この空間に取り残されるのがちょっと嫌だなと思ってしまっただけで。
――いや、まぁ、荻原のほうが外れくじ引いてるんだろうけど。
三人を宥めすかす声は、まだかすかに漏れ聞こえている。その声もほとんど聞こえなくなったところで、ぽつりと四谷が呟いた。
「なんか、すごかったね」
気持ちはわかるが、どっと疲れたような声だった。余韻が残っているせいなのか、まだ誰も寮室に戻ろうとしていない。
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