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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 2 ③
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――でも、見放してもくれないんだよな、あいつ。
そうしてくれたら、どちらがとは言わないが、きっと楽になるだろうに。さすがに口にはしなかったが、つくづくそう感じている。
なにごとにも執着しないという顔をしているだけで、あの男は自分よりもよほど情が深いのだろうと思う。そうでなければ、こんなことにはきっとなっていなかった。
そんなことを考えながら、成瀬は教室内に目を向けた。
昼休みということをさておいても、空席がいやに目立っている。向原が姿を消すのはよくあることにしても、風紀委員会と寮生委員会に所属している生徒が軒並み席を外しているからだ。
「気にするくらいなら、はじめから素直に聞いたらどうなんだよ。なにやってんだって」
「え? あぁ」
向原の不在だけを気にしていたわけではないのだが、後ろの席の篠原の目にはそう映っていたらしい。見かねたように話しかけられてしまって、身体ごと振り返る。
「べつに、そういうわけじゃ……」
「おまえが聞いたら、あいつはちゃんと答えると思うけど? おまえと違って」
最後の一言は、完全に嫌味だった。向原が譲歩した結果の停戦だと思っているにちがいない。あながち間違ってはいないので、否定しづらいところではあるのだが。
「まぁ、それはそうかも」
適当に流すことを選んだ成瀬に、「なぁ」と篠原が再び呼びかけたのとほぼ同じタイミングで、ドアが大きな音を立てて開いた。
険しい顔で近づいてきた長峰が、手のひらを机に叩きつける。乾いた音に、教室内に静寂が生まれる。
「おまえ、そんなにうちが不満か」
怒鳴りつけるのだけはなんとか抑えたと言わんばかりである。長峰の背後にいた茅野に視線を送ると、苦笑いだけが返ってきた。押しつけるつもりらしい。
――まぁ、いいんだけど、べつに。
もともと引き受ける予定だったことだ。どうせ篠原も見物するつもりだろうと踏んで、長峰に向かって問い返す。
「うちって楓寮? それとも水城くんのこと?」
「どっちもに決まってんだろうが。そもそも、水城がおまえになにしたって言うんだよ。今朝も。あんな目立つところで言い負かす必要あったか? ないだろ」
寮に逃げ帰って泣いてたんだぞ、とすごまれて、成瀬は演技でなく首をひねった。
「そんなふうに見えなかったけど」
あれだけの啖呵を切ってからシフトチェンジしてみせた図太さには恐れ入るが。篠原に聞いたときも思ったのだけれど、一歩間違えば下手なコントだ。そんなことを考えつつも、とりあえずと事実を告げる。
「というか、先に喧嘩売ったの、俺じゃなくて向こうなんだけど」
「聞いた。おまえのためだと思ったけど、失礼だったみたいだってな。ちょっと考えが足りないところもあったかもしれないけど、一年だぞ。それを、おまえ喧嘩売ったって……」
信じられないと言いたげな態度に、成瀬は困ったふうに苦笑してみせた。
「確信犯じゃなかったら、俺も言わないけど」
「その言い方だと、まるでうちの一年が確信犯みたいだな」
「違うのか?」
「違うに決まってんだろ、あの子は純粋ないい子なんだよ。おまえと違って」
――おまえと違って、ねぇ。
比較の相手は違えど、つい数分前に篠原にも言われた台詞だ。いったい自分はどう思われているのか。
同じアルファに煙たがられるほどの平等を説く、強硬な理想論者のままであればいいと思う。そうして、これからも。そうでなくては困るのだ。
「純粋ないい子が、あんな風紀の乱し方をするのは放っておいてよかったのか?」
だから成瀬は反感を買いそうな言い回しを選んだ。
「茅野が何回も親切に通告してただろ。その時点で注意してやったらよかったのに。純粋ないい子だっていうなら、そこで話は終わったと思うんだけどな」
学園の中で不純な交友は禁止されている。もちろん寮の中でも。それなのに、この男はずっと黙認して「かわいがって」いたはずだ。
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