パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 2 ②

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「楓寮からって……」

 生徒会室に入ってきたときの比ではない、嫌そうな声。

「必要以上に煽るなって言ったよな? 絶対、面倒なことになる」
「聞いたけど」

 まぁ、これ以上寮が荒れたら、在寮生としては迷惑だし面倒だろうな、ということはわかる。多少は申し訳ないと思ってはいるが、譲る気はなかった。

「聞いたけど、聞く気はないってか。おまえな、また、そうやって自分は関係ないと思って、人の寮を好き勝手……」
「妥当なところだろ」

 読み終わったファイルを閉じた向原が、そこでやっと口を挟んだ。

「今まで好き勝手させてやったんだ。付け込む隙はいくらでもある」
「付け込む隙って、……そら、まぁ、あるだろうけど」

 寮の風紀が乱れていたことは事実だと認めてから、篠原がこちらに視線を向けた。若干の非難の混じったそれで。

「おまえ、茅野焚きつけただろ」
「焚きつけた?」
「あいつ、一応あれでも、寮生委員会のほうでは、公平な委員長ですって顔してたのに」
「公平だろ。おまえの寮の運営が不健全すぎたんだ」
「……」
「まぁ、茅野も何回か楓寮に通告はしてたんだよ。改善しろ。このままじゃ学内の風紀にも差し障るって」

 向原にまで断言されているのが気の毒になって、そう言い足す。それぞれの寮の自治権を尊重するというスタンスを茅野が取っていたことは事実だ。そうして、そのスタンスを崩さざるを得ないところまで、楓寮が踏み込みかけていたということも。
 
「それもまぁわかるし、寮が荒れんのは最悪我慢すっけど。……っつか、さっきも言ったけど、長峰マジで水城のことかわいがってんだよな」

 絶対面倒なことになる、と三度念を押されて、成瀬は喉を鳴らして応じた。
 水城にのめり込んでくれて、ありがたいくらいだ。既成事実がなければ、さすがに茅野は動いてくれなかった。

「しかたないだろ。規則は規則なんだ」
「おまえ気をつけろよ、いろんな意味で。まぁ、おまえに限ってないとは思うけど」
「問題ない。あたりまえだろ」

 心配されるようなことをした覚えはないし、するつもりもない。忠告を一蹴して、「それで」と、話を戻す。

「利害の一致っていうのは、これ。平和な学園を望んでる」

 その点においての同意を得たことは、嘘ではない。向原にしろ、茅野にしろ、理由はそれぞれだろうが、以前の状態に戻したいと考えている。そしてそれは篠原も同じはずだ。

「篠原もそうだろ。水城を追い出したがってた」
「追い出そうとまでは思ってねぇけど、……ま、でも、面倒ごとがデカくなる前に叩いておきたかったのは事実だな。っつか、嫌がってたのは、おまえだろ」

 みささぎ祭が終わってすぐのころだ。追い出すつもりか、という問いに、自分はそんなつもりはないと答えた。俺がしていいことだとも思っていないし、と。その気持ちが変わったわけではない。
 だから、成瀬は変わらない調子で笑った。

「もちろん、今も追い出そうとは思ってないよ。でも、生徒会長として、この学園のルールをしっかり教えてあげないとな、とは思ってる」
「ルールねぇ」
「そう、ルール。本来だったら、編入生指導は所属寮がするべきだとは思うんだけど、あっちがやらないって言うなら、俺がやらないと。場合によっては、多少強引になるかもしれないけど」

 オメガもアルファもベータも、第二の性なんて、なにも関係のない世界。そうであるはずのここに、オメガは要らないのだ。

「しかたない」

 同じ言葉を成瀬は繰り返した。

「あいつは毒だ」

 春に顔を合わせた瞬間から、本当はわかっていた。できることなら、穏便に済ませたい。そう考えていたのも、本心ではあったけれど。

「それをわかってて、見過ごすわけにもいかないだろ。ここは俺の学園だ」

 少なくとも、今はまだ。ここは、自分たちが選んでつくり上げた場所のはずだ。

「……まぁ、やるなら徹底的に、だな」

 得られた同意に、にこりとほほえむ。言い方は悪いが、もともとお祭り騒ぎは好きな男なのだ。言い分にさえ納得すれば、乗ってくれるだろうと思っていた。
 篠原にも、茅野にも利はある。けれど、と、必要最低限のことしか喋ろうとしないもうひとりに視線を向ける。
 学園を正すという方向で同意を得たことは事実だった。けれど、では、向原にどんな利があるのか、ということは、はっきりと想像できないでいた。

 ――おまえがしたいなら、か。

 おまえがしたいなら、手伝ってやる。それが、向原の常套句だったからだ。中等部にいたころ、生徒会に入ることを決めたときも、風紀を潰すと決めたときも、いつも。
 窓の外を見つめる退屈そうな横顔からは、なにを考えているのかは読めなかった。溜息を呑み込んで、机の上を片づける。
 表立っては、向原はなにも言わない。その代わりに視線が明確に告げていた。なにも許しているわけではないのだ、と。

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