パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
219 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 1 ①

しおりを挟む
[1]


 ――俺は、オメガはひとりでは生きられない、なんてことはないと思う。
 ――でも、信頼できるアルファがいるなら。ずっと一緒にいたいと行人が思えるようなアルファがいるなら、つがいになったほうが、きっとずっと生きやすい。
 ――幸せになれる。
 ――逃げたわけでも、負けたわけでもない。運命だったって、だけだ。

 あの夜、成瀬はそれが当然だという顔でほほえんでいた。アルファの、王者の、いつもの顔で。
 だからわかったのだ。この人は、そのあたりまえを――幸せなオメガと呼ばれる道を選ぶつもりはさらさらないのだということが。


 *


 ――でも、俺、あのときまで、成瀬さんがそうだなんて思ってもなかったんだよな。

 考えたこともなかったというほうが正しいのかもしれないが。とかく行人にとって、成瀬は圧倒的な強者でアルファだった。
 つまり、オメガである自分に微塵もそうと気がつかせないほど、きれいに隠していたのだ。薬の管理も、自身の体調の管理も、徹底的にしていたにちがいない。そういう人だと思うし、そうでないと隠し通せないことを行人は知っている。
 それなのに、効かないということは――。

「なにやってんの、おまえ」

 帰りを待ちわびていた同室者にあきれ顔で指摘されて、行人はぴたりと足を止めた。

「いや、その……」

 熟考しすぎていて、扉が開く音にまったく気がつかなかったのだ。狭い寮室をぐるぐると歩き回っている姿を見られたのは、迂闊だったとしか言いようがない。

「ちょっと、考えごとというか、……うん、考えごと」
「熊かよ」

 失笑されてしまったが、原因はおまえだと主張したい。夜の点呼が終わったあとになって、高藤が茅野に用事があると出て行ったことに端を発しているのだから。
 でも、最初のうちは気がそぞろながらも勉強していたのだ。まぁ、途中からは気になって、それどころではなくなってしまったのだけれど。

「そうじゃなくて。茅野さん、なんか言ってた?」
 気になっていたことを早々に尋ねると、「あー……」と高藤が濁すように首を振った。
「ちょっと話せなかった」
「話せなかったって、なんで?」
「いや、忙しそうだったし」
「だったら、もっと早く戻ってくるだろ」
「ちょっと待ってみてたんだよ、それだけ」

 でもやっぱり手が空きそうになかったから、戻ってきたの。そう言われて、行人は渋々と頷いた。
 誤魔化そうという空気を感じた気がしたのだが、説明としての筋は通っている。

「忙しそう」

 引っかかったもうひとつを繰り返すと、高藤が宥めるように笑った。

「まぁ、茅野さんも忙しい人だから」
「そうかもしれないけど」

 それはそうかもしれないけれど、でも。状況が状況だから、気になってしまう。

 ――結局、俺も、いいように追い出されただけだったし。

 茅野の態度はあくまでもいつもどおりだった。けれどそれが余計に、「おまえはこれ以上踏み込むな」と言われているようでもあって。

 ――でも、まぁ、しかたないよな。

 自分が役に立てるかもしれないと考えた唯一を一蹴されてしまえば、それ以上は言い募れなかった。
 自分が力不足だろうということはわかっていたし、ごねて迷惑をかけたわけでもない。だから素直に追い出されたのだ。
 どうにか自分を納得させて、椅子に腰を落ち着け直す。机の上には中途半端に開いたままの教科書があったけれど、続きをする気分にはなれなかった。
 最後に耳にした向原の一言が、しつこく胸に残っていたからだ。
 難しい顔で溜息を吐いているのが気の毒になったのか、高藤が隣の椅子を引きながら話しかけてきた。完全に宥める調子である。

「まぁ、でも、そんなに心配することないと思うよ」
「することでもないって……」

 高藤が心配していないと思っているわけでもないし、慰めようとしてくれているのだともわかっていたけれど、声に険が混ざることを止められなかった。

「だって、ほら、榛名のときだって、どうにかなったわけだし」

 それは、あの人たちが根回しした上で、おまえが引かなくてもいい貧乏くじ引いて、それで、どうにかなたんだろ。そう思ったことは言わなかったが、伝わったらしい。

「だから、今回もあの人たちはあの人たちでどうにかするってこと。そこに俺らが口挟む隙なんてないんじゃない?」
「……」
「だから、気にしても意味ないってこと。――それに、まぁ、俺にできるのなんて、これからも知らないふりを続けることくらいだと思うし」

 知らないふりを続ける、という台詞に、「え?」とまじまじと高藤を見つめてしまった。その視線を受けて、高藤が苦笑気味に肩をすくめた。

「いや、だって、そうだろ。あの人が俺の介入を喜ぶと思う? 喜ばないでしょ」
「そう……なのかな」
「そうなの。そういう人なの」

 あっさりと言い切って、高藤はこうも続けた。

「昔から、本当にそうなんだよ。他人に弱みを見せるのが大嫌いで、すげぇプライド高いの。優しそうに見えるだけで、……いや、まぁ、優しいは優しいけど、めちゃくちゃ頑固だし」

 そうかもしれないと納得してしまったものの、同意しづらいものがある。微妙な顔で押し黙った行人に、ちらと高藤が目を向ける。

「それに、すごく強い人だから」
「それは、そうだと思うけど」
「でしょ? だから、あの人を舐めないほうがいい」
「舐めるって、誰もそんなこと」
「あの人からしたら、俺らにむやみに心配されるっていうことが、そういうことなんだよ。大丈夫。良くも悪くも黙って負けるような人でもないから」

 熱くなりかけたところをさらりといなされて、行人はむっと眉間に皺を寄せた。高藤の言っていることが、わからないわけではない。でも、なんだか感情の部分で納得しきれないというだけで。

 ――だって、それじゃ、本当にひとりみたいだ。

 その道を望んでいるのがあの人自身で、あの人にそれができるだけの器量が備わっているとしても、でも、それは……。

「それに、こういうこと言うと、榛名は納得しないかもしれないけど。俺は、水城や本尾先輩よりも、茅野さんと成瀬さんのほうが怖い人だと思うよ」
「怖い? 成瀬さんと茅野さんが?」

 悶々としたものを抱えたまま、行人はそう問い返した。怖いという意味がよくわからなかったのだ。「だって」と高藤が小さく笑った。

「今のこの学園の正義を執行できる側の人間は、あの人たちのほうだよ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われものの僕について…

相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。 だか、ある日事態は急変する 主人公が暗いです

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎

亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡ 「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。 そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格! 更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。 これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。 友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき…… 椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。 .₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇ ※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。 ※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。 楽しんで頂けると幸いです(^^) 今後ともどうぞ宜しくお願いします♪ ※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)

【doll】僕らの記念日に本命と浮気なんてしないでよ

月夜の晩に
BL
平凡な主人公には、不釣り合いなカッコいい彼氏がいた。 しかしある時、彼氏が過去に付き合えなかった地元の本命の身代わりとして、自分は選ばれただけだったと知る。 それでも良いと言い聞かせていたのに、本命の子が浪人を経て上京・彼氏を頼る様になって…

主人公は俺狙い?!

suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。 容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。 だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。 朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。 15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。 学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。 彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。 そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、 面倒事、それもBL(多分)とか無理!! そう考え近づかないようにしていた。 そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。 ハプニングだらけの学園生活! BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息 ※文章うるさいです ※背後注意

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

元会計には首輪がついている

笹坂寧
BL
 【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。  こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。  卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。  俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。    なのに。 「逃げられると思ったか?颯夏」 「ーーな、んで」  目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

処理中です...