パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
212 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンド19 ③

しおりを挟む
 そうであるなら自分でどうとでもすればいいし、そうでないのなら、二度と言わなければいい。
 それだけのことのはずだ。抜け出そうともがく身体を力で押さえ込んだまま、向原は駄目押した。

「違うか?」

 その台詞に煽られたように、ぴたりと抵抗がやんだ。あからさますぎるほどの敵意が浮かんだ瞳が睨み上げてくる。
 ひさしぶりに見たな、と思った。昔は、――出会ったばかりのころは、隠し切れずに片鱗を見せることがあった。隠すことばかりがうまくなってからは、めったと見せなくなっていたけれど。

「大っ嫌いだ」

 言葉どおりの、心底憎いと思っている声だった。

「大嫌いだ、アルファなんて」
「だろうな」

 ふっと小さな笑みが零れる。

「アルファだったらよかったのにな、おまえも」

 そう言ってやった瞬間、睨みつけてくる視線がますますきつくなった。けれど、半分以上本音でもあった。
 そうであれば、ここまで面倒なことには、きっとならなかった。

「おまえに、なにがわかる」

 つい数分前に聞いたものと真逆のそれに、向原はもう一度笑った。わかるわけがない。でも。

「わからないだろ、おまえにも」

 そう言ってやると、敵意ばかりだった瞳にわずかに戸惑いが浮かんだ。あたりまえだ。どうせ、なんでもできる「アルファ」だとしかこちらのことを見ていない。

「いいけどな、べつに」

 けれど、それももういまさらだった。

「俺の勝ち、なんだろ?」

 だったら、諦めろよ。受け入れろよ。この男がそんな選択をするはずがない。わかっていても、そう思うことをとめられなかった。。力まかせに握りこんでいた手首から骨が軋む音がする。いっそのこと、このまま項を噛んでしまえば、少しはなにかが変わるのだろうか。
 ドアが開いたのは、そのときだった。

「やめろ!」

 茅野だった。踏み込んできた第三者に、見下ろしていた顔が固まる。
 この期に及んで一番に気にするものが外面なのか。そう思うと、心底馬鹿らしかった。その馬鹿らしいものに、もうずっと振り回されている。

「後悔するのは、おまえだぞ」

 近づいてきた茅野の手が、ぐっと肩を掴む。それでも、向原は成瀬から視線を外さなかった。 
 その瞳には、さきほどまでのような激しい感情は宿っていない。けれど、成瀬もまた視線を外そうとしなかった。

「向原」

 再び流れ始めた張りつめた沈黙を破ったのは、冷静さを取り繕った呼びかけだった。

「泣きを見るのもおまえだ。成瀬じゃない」

 言い聞かせるように、茅野は繰り返した。

「成瀬じゃない」

 憐れむような響きを帯びたそれに、思わず乾いた笑みがこぼれる。茅野が言うことは、いっそ笑えるほど正しかった。
 あまりの馬鹿らしさに、感情のない瞳から視線を外す。掴んでいた手も離して、ベッドに背を向ける。振り返ろうという気も起きなかった。
 代わりに視界に入ったのは、わずかにほっとしたような顔で。

 ――面倒だな。

 口には出さないまま、向原は溜息を吐いた。現れたタイミングが良すぎたのだ。ほかにも気づいた人間がいるのだろうか。

「大丈夫だ」

 こちらが考えていることの見当がついたのか、それとも成瀬に聞かせたかったのか、努めていつもどおりの調子で茅野が言い切った。
 胡乱な目を向けると、「たまたまだ」と茅野は強調してみせた。

「言いたいことはわかるが、俺がここに来たのは偶然だ。少なくとも、なにかに勘づいて戻ってきたわけじゃない。――だから、おまえは早くそれをどうにかしてくれ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。 が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。 そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め── ※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。 ※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。 ※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。 ※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

目立たないでと言われても

みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」 ****** 山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって…… 25話で本編完結+番外編4話

いとしの生徒会長さま 2

もりひろ
BL
生徒会長は代わっても、強引で無茶ブリざんまいなやり口は変わってねえ。 今度は女のカッコして劇しろなんて、ふざけんなっつーの!

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...