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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド19 ③
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そうであるなら自分でどうとでもすればいいし、そうでないのなら、二度と言わなければいい。
それだけのことのはずだ。抜け出そうともがく身体を力で押さえ込んだまま、向原は駄目押した。
「違うか?」
その台詞に煽られたように、ぴたりと抵抗がやんだ。あからさますぎるほどの敵意が浮かんだ瞳が睨み上げてくる。
ひさしぶりに見たな、と思った。昔は、――出会ったばかりのころは、隠し切れずに片鱗を見せることがあった。隠すことばかりがうまくなってからは、めったと見せなくなっていたけれど。
「大っ嫌いだ」
言葉どおりの、心底憎いと思っている声だった。
「大嫌いだ、アルファなんて」
「だろうな」
ふっと小さな笑みが零れる。
「アルファだったらよかったのにな、おまえも」
そう言ってやった瞬間、睨みつけてくる視線がますますきつくなった。けれど、半分以上本音でもあった。
そうであれば、ここまで面倒なことには、きっとならなかった。
「おまえに、なにがわかる」
つい数分前に聞いたものと真逆のそれに、向原はもう一度笑った。わかるわけがない。でも。
「わからないだろ、おまえにも」
そう言ってやると、敵意ばかりだった瞳にわずかに戸惑いが浮かんだ。あたりまえだ。どうせ、なんでもできる「アルファ」だとしかこちらのことを見ていない。
「いいけどな、べつに」
けれど、それももういまさらだった。
「俺の勝ち、なんだろ?」
だったら、諦めろよ。受け入れろよ。この男がそんな選択をするはずがない。わかっていても、そう思うことをとめられなかった。。力まかせに握りこんでいた手首から骨が軋む音がする。いっそのこと、このまま項を噛んでしまえば、少しはなにかが変わるのだろうか。
ドアが開いたのは、そのときだった。
「やめろ!」
茅野だった。踏み込んできた第三者に、見下ろしていた顔が固まる。
この期に及んで一番に気にするものが外面なのか。そう思うと、心底馬鹿らしかった。その馬鹿らしいものに、もうずっと振り回されている。
「後悔するのは、おまえだぞ」
近づいてきた茅野の手が、ぐっと肩を掴む。それでも、向原は成瀬から視線を外さなかった。
その瞳には、さきほどまでのような激しい感情は宿っていない。けれど、成瀬もまた視線を外そうとしなかった。
「向原」
再び流れ始めた張りつめた沈黙を破ったのは、冷静さを取り繕った呼びかけだった。
「泣きを見るのもおまえだ。成瀬じゃない」
言い聞かせるように、茅野は繰り返した。
「成瀬じゃない」
憐れむような響きを帯びたそれに、思わず乾いた笑みがこぼれる。茅野が言うことは、いっそ笑えるほど正しかった。
あまりの馬鹿らしさに、感情のない瞳から視線を外す。掴んでいた手も離して、ベッドに背を向ける。振り返ろうという気も起きなかった。
代わりに視界に入ったのは、わずかにほっとしたような顔で。
――面倒だな。
口には出さないまま、向原は溜息を吐いた。現れたタイミングが良すぎたのだ。ほかにも気づいた人間がいるのだろうか。
「大丈夫だ」
こちらが考えていることの見当がついたのか、それとも成瀬に聞かせたかったのか、努めていつもどおりの調子で茅野が言い切った。
胡乱な目を向けると、「たまたまだ」と茅野は強調してみせた。
「言いたいことはわかるが、俺がここに来たのは偶然だ。少なくとも、なにかに勘づいて戻ってきたわけじゃない。――だから、おまえは早くそれをどうにかしてくれ」
それだけのことのはずだ。抜け出そうともがく身体を力で押さえ込んだまま、向原は駄目押した。
「違うか?」
その台詞に煽られたように、ぴたりと抵抗がやんだ。あからさますぎるほどの敵意が浮かんだ瞳が睨み上げてくる。
ひさしぶりに見たな、と思った。昔は、――出会ったばかりのころは、隠し切れずに片鱗を見せることがあった。隠すことばかりがうまくなってからは、めったと見せなくなっていたけれど。
「大っ嫌いだ」
言葉どおりの、心底憎いと思っている声だった。
「大嫌いだ、アルファなんて」
「だろうな」
ふっと小さな笑みが零れる。
「アルファだったらよかったのにな、おまえも」
そう言ってやった瞬間、睨みつけてくる視線がますますきつくなった。けれど、半分以上本音でもあった。
そうであれば、ここまで面倒なことには、きっとならなかった。
「おまえに、なにがわかる」
つい数分前に聞いたものと真逆のそれに、向原はもう一度笑った。わかるわけがない。でも。
「わからないだろ、おまえにも」
そう言ってやると、敵意ばかりだった瞳にわずかに戸惑いが浮かんだ。あたりまえだ。どうせ、なんでもできる「アルファ」だとしかこちらのことを見ていない。
「いいけどな、べつに」
けれど、それももういまさらだった。
「俺の勝ち、なんだろ?」
だったら、諦めろよ。受け入れろよ。この男がそんな選択をするはずがない。わかっていても、そう思うことをとめられなかった。。力まかせに握りこんでいた手首から骨が軋む音がする。いっそのこと、このまま項を噛んでしまえば、少しはなにかが変わるのだろうか。
ドアが開いたのは、そのときだった。
「やめろ!」
茅野だった。踏み込んできた第三者に、見下ろしていた顔が固まる。
この期に及んで一番に気にするものが外面なのか。そう思うと、心底馬鹿らしかった。その馬鹿らしいものに、もうずっと振り回されている。
「後悔するのは、おまえだぞ」
近づいてきた茅野の手が、ぐっと肩を掴む。それでも、向原は成瀬から視線を外さなかった。
その瞳には、さきほどまでのような激しい感情は宿っていない。けれど、成瀬もまた視線を外そうとしなかった。
「向原」
再び流れ始めた張りつめた沈黙を破ったのは、冷静さを取り繕った呼びかけだった。
「泣きを見るのもおまえだ。成瀬じゃない」
言い聞かせるように、茅野は繰り返した。
「成瀬じゃない」
憐れむような響きを帯びたそれに、思わず乾いた笑みがこぼれる。茅野が言うことは、いっそ笑えるほど正しかった。
あまりの馬鹿らしさに、感情のない瞳から視線を外す。掴んでいた手も離して、ベッドに背を向ける。振り返ろうという気も起きなかった。
代わりに視界に入ったのは、わずかにほっとしたような顔で。
――面倒だな。
口には出さないまま、向原は溜息を吐いた。現れたタイミングが良すぎたのだ。ほかにも気づいた人間がいるのだろうか。
「大丈夫だ」
こちらが考えていることの見当がついたのか、それとも成瀬に聞かせたかったのか、努めていつもどおりの調子で茅野が言い切った。
胡乱な目を向けると、「たまたまだ」と茅野は強調してみせた。
「言いたいことはわかるが、俺がここに来たのは偶然だ。少なくとも、なにかに勘づいて戻ってきたわけじゃない。――だから、おまえは早くそれをどうにかしてくれ」
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