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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド16 ①
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[16]
おそらく自分は、過信をしていたのだと思う。この学園の平穏を。あるいは、この学園における王者の絶対を。
「朝の食堂もどうかとは思ったけどさぁ。学校に来てもぜんぜん変わんないね」
いかにもうんざりといった調子でぼやきながら、四谷が空いていた行人の前の席を引いた。
「っていうか、寮よりひどいとか。どんだけ早く噂になってんのって話だよね。箝口令の意味」
「箝口令?」
話が読めなくて、首を傾げる。たしかに、寮の食堂も妙な雰囲気だった気はするが、あの一件以来、興味本位の視線を向けられる回数は増えていたので、いつものことと気に留めていなかったのだ。
そう言われてみると、始業前の教室もいつもよりざわめいているかもしれない。
「あれ、榛名知らないの? 金曜の夜のこと」
高藤も現場にいたから聞いてるものだと思っていたと、弁明するように四谷が言う。
「ヤバい。俺も言っちゃったよ。言うなって言われてたのに」
「金曜の夜……、茅野さんがすぐにおさめたから大丈夫って聞いたんだけど。違うのか?」
そう、言っていたはずだ。だから気にしなくていいよ、と。そのあとすぐに違う話題に流れたこともあって、今の今まで忘れていたのだけれど。
うーん、と悩むように唸ったあとで、まぁいいか、と四谷は種を明かした。
「どうせ噂になってるもんね。どこから聞くのが先かっていうレベルの話だと思うし。あのね、来てたんだよ、成瀬璃子。会長のお母さん」
「え……」
予想していなかった事態に、小さな声を漏らしたきり絶句する。
そんなこと高藤はなにひとつ言っていなかったし、そもそもとして、保護者とは言え、そう簡単に学内の――それも寮の中にまで入ってくることなんてできないはずなのに。
「気持ちはわかるけど、そういう無理難題を押し通せるのがあの家なんだ、で納得したほうが平和だよ、たぶん」
そう苦笑してから、それで、と四谷は話を続けた。
「まぁ、茅野先輩がおさめたっていうのも事実で、そのあとに、居合わせた寮生に『時期が時期なんだから、うちから妙な噂を出すなよ』って言ってたんだけど」
ちらりと四谷の視線が、固まって話しているクラスメイトたちのほうに向く。
「あんまり意味なかったのかなって。まぁ、うちの寮からじゃなくて、ほかから漏れたのかもしれないけど。この学校で部外者が歩いてたら目立つだろうし、それが大女優じゃねぇ」
「茅野さん、その……成瀬さんのお母さんが来てたっていう話を口外するなって言ってたのか?」
たしかに言いふらすような話ではないと思う。けれど、茅野が言ったような「妙な噂」に発展するようなものだとは思えなかった。
むしろ、中途半端に隠したほうが変な憶測を呼びそうな気がするのだが。
混乱から立ち直ってきた頭で尋ねると、「まぁねぇ」と四谷が曖昧な笑みを浮かべた。
「それだけならよかったんだけど。なんていうか、意味深なことを言って帰っていったんだよね、そのお母さんが」
周囲を気にするようにして、さらに声が小さくなる。その声を聞きもらさないように、行人も耳を澄ませた。
「向原先輩に、……あ、その場に向原先輩もいたんだけどさ。うちの子もらってくれないかしらって、そう言ったんだよ」
「――え?」
「いや、うん、その気持ちもわかる。意味わかんないよね。俺も意味わかんなかったもん」
まぁ、会長も冗談なのか本気なのかよくわからないこと笑顔で言うタイプだけどさ、と四谷が言う。
「その上を行く意味のわからなさだったよ、本当。言われた向原先輩は、『冗談ばっかり』みたいな感じだったし、向こうも、それに合わせる感じで笑ってたんだけど」
どうにか頷く。その反応がせいいっぱいだった。戸惑いを通りすぎると、腹の中には憤りが溜まり始めていた。
なんで、そんなことをわざわざ言う必要があったのか。行人にはまったく意味がわからなかった。
おそらく自分は、過信をしていたのだと思う。この学園の平穏を。あるいは、この学園における王者の絶対を。
「朝の食堂もどうかとは思ったけどさぁ。学校に来てもぜんぜん変わんないね」
いかにもうんざりといった調子でぼやきながら、四谷が空いていた行人の前の席を引いた。
「っていうか、寮よりひどいとか。どんだけ早く噂になってんのって話だよね。箝口令の意味」
「箝口令?」
話が読めなくて、首を傾げる。たしかに、寮の食堂も妙な雰囲気だった気はするが、あの一件以来、興味本位の視線を向けられる回数は増えていたので、いつものことと気に留めていなかったのだ。
そう言われてみると、始業前の教室もいつもよりざわめいているかもしれない。
「あれ、榛名知らないの? 金曜の夜のこと」
高藤も現場にいたから聞いてるものだと思っていたと、弁明するように四谷が言う。
「ヤバい。俺も言っちゃったよ。言うなって言われてたのに」
「金曜の夜……、茅野さんがすぐにおさめたから大丈夫って聞いたんだけど。違うのか?」
そう、言っていたはずだ。だから気にしなくていいよ、と。そのあとすぐに違う話題に流れたこともあって、今の今まで忘れていたのだけれど。
うーん、と悩むように唸ったあとで、まぁいいか、と四谷は種を明かした。
「どうせ噂になってるもんね。どこから聞くのが先かっていうレベルの話だと思うし。あのね、来てたんだよ、成瀬璃子。会長のお母さん」
「え……」
予想していなかった事態に、小さな声を漏らしたきり絶句する。
そんなこと高藤はなにひとつ言っていなかったし、そもそもとして、保護者とは言え、そう簡単に学内の――それも寮の中にまで入ってくることなんてできないはずなのに。
「気持ちはわかるけど、そういう無理難題を押し通せるのがあの家なんだ、で納得したほうが平和だよ、たぶん」
そう苦笑してから、それで、と四谷は話を続けた。
「まぁ、茅野先輩がおさめたっていうのも事実で、そのあとに、居合わせた寮生に『時期が時期なんだから、うちから妙な噂を出すなよ』って言ってたんだけど」
ちらりと四谷の視線が、固まって話しているクラスメイトたちのほうに向く。
「あんまり意味なかったのかなって。まぁ、うちの寮からじゃなくて、ほかから漏れたのかもしれないけど。この学校で部外者が歩いてたら目立つだろうし、それが大女優じゃねぇ」
「茅野さん、その……成瀬さんのお母さんが来てたっていう話を口外するなって言ってたのか?」
たしかに言いふらすような話ではないと思う。けれど、茅野が言ったような「妙な噂」に発展するようなものだとは思えなかった。
むしろ、中途半端に隠したほうが変な憶測を呼びそうな気がするのだが。
混乱から立ち直ってきた頭で尋ねると、「まぁねぇ」と四谷が曖昧な笑みを浮かべた。
「それだけならよかったんだけど。なんていうか、意味深なことを言って帰っていったんだよね、そのお母さんが」
周囲を気にするようにして、さらに声が小さくなる。その声を聞きもらさないように、行人も耳を澄ませた。
「向原先輩に、……あ、その場に向原先輩もいたんだけどさ。うちの子もらってくれないかしらって、そう言ったんだよ」
「――え?」
「いや、うん、その気持ちもわかる。意味わかんないよね。俺も意味わかんなかったもん」
まぁ、会長も冗談なのか本気なのかよくわからないこと笑顔で言うタイプだけどさ、と四谷が言う。
「その上を行く意味のわからなさだったよ、本当。言われた向原先輩は、『冗談ばっかり』みたいな感じだったし、向こうも、それに合わせる感じで笑ってたんだけど」
どうにか頷く。その反応がせいいっぱいだった。戸惑いを通りすぎると、腹の中には憤りが溜まり始めていた。
なんで、そんなことをわざわざ言う必要があったのか。行人にはまったく意味がわからなかった。
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