パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンド15 ②

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「戻りたくねぇな。面倒なことになってそう」
「それもいまさらだろ」
「まぁ、そうだけど」
「それに得意だろ、おまえ。気づかないふり」

 そうやって見て見ぬふりで、今までどれだけのものをなかったことにしてきたのか。それもそうだな、という相槌が返ってきたのは、また少しの沈黙が落ちてからだった。

「うちの先生がさ」
「先生?」
「いや、まぁ、早い話が主治医なんだけど。あの人に連絡するって言ってたから。だから、そのうちなにかあるだろうなぁと思ってはいたんだけど」

 思った以上に早かったから、と笑い話と愚痴のはざまのような言い方は、昔聞いたものとよく似ていた。
 あの当時の成瀬に、甘えていた自覚があったのかどうかまでは知らないが。

「先手を打ちたいから、対策練られる前に来るんだろ」
「まぁ、そうなんだけどな。というか、そもそもで言うと、先生にも会いたかったわけじゃないんだけど」

 結局、説教されただけだったし、と成瀬が笑う。あの当時だったら、もしかしたら聞いていたかもしれない。けれど。

「それで、なんで、今それを俺に言うんだよ」
「いや? ここまできて言わないほうが卑怯かと思って」

 苦笑まじりだった声のトーンが、そこでふと変わった。

「でも、それこそいまさらか」

 櫻寮の門灯の前で、その足が止まる。いつもなら消灯を迎えて暗くなっているはずの一階の部分もまだ明かりが灯っていた。茅野が気にして待っているのかもしれない。

「前にも言ったかもしれないけど」

 振り返りもしないまま、成瀬は言った。

「おまえには感謝してる。でも、おまえのそばにはいたくない。これ以上弱くなりたくもない。俺は、俺のままでいたい」

 なんの返事も求めていないことは明らかだった。静かな拒絶を前に、向原は「そうか」とだけ相槌を返した。わかっていたことだったからだ。

「うん。あと、おまえが馬鹿馬鹿しいって思ってることも、ちゃんと知ってる」

 でも、と変わらない静かな調子で、言葉が続く。

「それでも、俺にはこれしかない」
「そうか」

 同じ相槌を、ただ繰り返す。馬鹿馬鹿しいと思っていたことは、本当だ。けれど、同時に、そうでなければ自分でなくなるのだという主張も、よくわかっていた。
 そういう男なのだ。
 頑なで、潔癖で、歪んでいるようで、まっすぐで、強い。自分自身の力のみで生きていくことを唯一絶対だと思っている、「アルファ」。
 成瀬が成瀬であるのは、「アルファ」だからだ。

「うん、それだけ」

 だから、と言いながら、成瀬は足を踏み出して、寮の扉に手をかけた。

「気にしなくていいよ、ぜんぶ」

 目も合わせないままそう言い切って、中に入っていく。気にするな、か。苦笑ひとつで、そのあとに続く。やはり待っていたらしく、茅野の声が耳に届いた。
 気にしなくて済んだのなら、もっと早くにすべてはきっと終わっていた。
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