パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンド14 ①

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[14]


「え」

 寮の階段を下って一階に足を踏み入れたところで、皓太は小さな声をもらした。予想外の人物が座っていたからだ。

「……璃子さん」

 テンパって「おばさん」と呼ばなかっただけ、褒めてほしいくらいだ。

「皓太くん。ひさしぶりね」

 幼馴染みとよく似た顔がにこりとほほえむ。纏う空気は、まったく異なっているのだけれど。

「元気そうでなによりだわ。お父さまとお母さまにもお変わりはないかしら」
「あ、はい。お気遣いどうも。あの……」
「うちの子と違って、ちゃんと連絡を取り合ってるのね。えらいわ」

 あいかわらずの人の話を聞く気のない、女王様然とした雰囲気に、皓太は出てきたばかりの自室に戻りたくなった。
 きれいな人だとは思う。思うのだが、皓太は昔からこの人が苦手だった。大女優だから気おくれしているというわけでもないし、冷たく当たられたこともないし、気に入られているのだとも思う。ただ――。

 ――幼馴染みのお母さんっていうふうに見れたことはないんだよな。

 そう思うには、存在が遠すぎるというか。怖い、というか。

「それで」

 寮生が集まりつつある室内を見渡してから、彼女はにこりと笑みを深めた。

「その、連絡をちっとも寄こさないうちの息子はどこにいるのかしら」
「え……っと」

 嫌な圧を感じて、口ごもる。というか、なんで、この人はあたりまえの顔で、学園の敷地の――それも寮の内部に入り込んでいるんだ。

 そもそもで言うと、一階に下りてきたのは、騒がしさが気になったからなのだ。
 気になったというよりは、同室者の「気になる」攻撃に負けて、様子見を買って出たというほうが正確かもしれないが。

 十分ほど前まで、「今日は残らなくていいよ、俺も残らないから」という成瀬の鶴の一声によって生徒会の雑務から解放された皓太は、ひさしぶりに自室でゆったりとした時間を過ごしていたのだ。
 その時間の終焉は、八時近くに榛名からかけられた「なんかうるさくね?」という問いかけによってもたらされた。
 言われてみれば、たしかに階下が騒がしい。今にも様子を見に行きたそうな榛名を押し止めて、代わりに部屋を出たのは、そのとき頭に浮かんでいた最悪が、「ハルちゃんが来た」だったからだ。
 蓋を開けてみれば、ある意味でハルちゃんよりも恐ろしい人間が、一階の談話室のソファーに悠々と腰かけていたというわけで。

 遠巻きにしている寮生はいるものの、頼りになりそうな茅野や柏木の姿はない。
 溜息を呑み込んで、皓太はどうにか笑顔を取り繕った。ここに入り込めた理由はまったくわからないが、来た理由が子どもに会うためだというほうは、まだ理解できる。電話でいいだろ、と思わなくはないが。

「呼んできますね」

 そういえば、今日はまだ寮であの姿を見ていない。でも、まぁ、部屋には間違いなくいるだろう。そう判断して踵を返した瞬間、近づいてきていた人物にぶつかりそうになってしまった。茅野だった。

「茅野さ……」
「悪かったな、遅くなって」

 皓太の肩をぽんと叩いてから、茅野は来訪者に笑みを向けた。その視線を受けて、にこりと美麗な顔がほほえむ。

「ごめんなさいね、お邪魔して。……あなたとは、どこかでお会いしたことがあったかしら」
「いえ、直接お会いするのは今日がはじめてです。茅野と申します。成瀬の同級で、ここの寮長で」
「あら、じゃあ、きっとうちの子がお世話かけてるわね」
「こちらこそ、お世話になっていて」

 似非くさいほどのにこやかさで応じてから、「それで」と茅野が困ったように切り出した。

「成瀬ですが。今日は、家の用事ということで外出届を出していましたが」

 え、と茅野を振り返ろうとしたタイミングで、肩に乗っていた手の力が増した。なにも言うなと疑いようもなく言われている。
 慌てて愛想笑いを浮かべ直すと、成瀬の母親もまた、「あら」と芝居がかった仕草で頬に手を当てた。いかにも困惑したといった表情で。

「じゃあ主人が呼び出したのね。コミュケーションが取れていないみたいで恥ずかしいわ」
「そんなことはありませんよ」
「でも、こうして子どもに会いたいと思うタイミングが似通うのもおもしろいわね」

 ねぇ、とほほえみかけられて、ぎこちなく頷く。絶対、そんなわけないだろ、とは思ったが、指摘する勇気は持ち合わせていなかった。

 ――というか、おばさん、祥くんがいないの知ってたよな、絶対。

 この人が、そんな凡ミスをおかすわけがない。なんでいないときを狙って現れたのかはわからないが。
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