185 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンド14 ①
しおりを挟む
[14]
「え」
寮の階段を下って一階に足を踏み入れたところで、皓太は小さな声をもらした。予想外の人物が座っていたからだ。
「……璃子さん」
テンパって「おばさん」と呼ばなかっただけ、褒めてほしいくらいだ。
「皓太くん。ひさしぶりね」
幼馴染みとよく似た顔がにこりとほほえむ。纏う空気は、まったく異なっているのだけれど。
「元気そうでなによりだわ。お父さまとお母さまにもお変わりはないかしら」
「あ、はい。お気遣いどうも。あの……」
「うちの子と違って、ちゃんと連絡を取り合ってるのね。えらいわ」
あいかわらずの人の話を聞く気のない、女王様然とした雰囲気に、皓太は出てきたばかりの自室に戻りたくなった。
きれいな人だとは思う。思うのだが、皓太は昔からこの人が苦手だった。大女優だから気おくれしているというわけでもないし、冷たく当たられたこともないし、気に入られているのだとも思う。ただ――。
――幼馴染みのお母さんっていうふうに見れたことはないんだよな。
そう思うには、存在が遠すぎるというか。怖い、というか。
「それで」
寮生が集まりつつある室内を見渡してから、彼女はにこりと笑みを深めた。
「その、連絡をちっとも寄こさないうちの息子はどこにいるのかしら」
「え……っと」
嫌な圧を感じて、口ごもる。というか、なんで、この人はあたりまえの顔で、学園の敷地の――それも寮の内部に入り込んでいるんだ。
そもそもで言うと、一階に下りてきたのは、騒がしさが気になったからなのだ。
気になったというよりは、同室者の「気になる」攻撃に負けて、様子見を買って出たというほうが正確かもしれないが。
十分ほど前まで、「今日は残らなくていいよ、俺も残らないから」という成瀬の鶴の一声によって生徒会の雑務から解放された皓太は、ひさしぶりに自室でゆったりとした時間を過ごしていたのだ。
その時間の終焉は、八時近くに榛名からかけられた「なんかうるさくね?」という問いかけによってもたらされた。
言われてみれば、たしかに階下が騒がしい。今にも様子を見に行きたそうな榛名を押し止めて、代わりに部屋を出たのは、そのとき頭に浮かんでいた最悪が、「ハルちゃんが来た」だったからだ。
蓋を開けてみれば、ある意味でハルちゃんよりも恐ろしい人間が、一階の談話室のソファーに悠々と腰かけていたというわけで。
遠巻きにしている寮生はいるものの、頼りになりそうな茅野や柏木の姿はない。
溜息を呑み込んで、皓太はどうにか笑顔を取り繕った。ここに入り込めた理由はまったくわからないが、来た理由が子どもに会うためだというほうは、まだ理解できる。電話でいいだろ、と思わなくはないが。
「呼んできますね」
そういえば、今日はまだ寮であの姿を見ていない。でも、まぁ、部屋には間違いなくいるだろう。そう判断して踵を返した瞬間、近づいてきていた人物にぶつかりそうになってしまった。茅野だった。
「茅野さ……」
「悪かったな、遅くなって」
皓太の肩をぽんと叩いてから、茅野は来訪者に笑みを向けた。その視線を受けて、にこりと美麗な顔がほほえむ。
「ごめんなさいね、お邪魔して。……あなたとは、どこかでお会いしたことがあったかしら」
「いえ、直接お会いするのは今日がはじめてです。茅野と申します。成瀬の同級で、ここの寮長で」
「あら、じゃあ、きっとうちの子がお世話かけてるわね」
「こちらこそ、お世話になっていて」
似非くさいほどのにこやかさで応じてから、「それで」と茅野が困ったように切り出した。
「成瀬ですが。今日は、家の用事ということで外出届を出していましたが」
え、と茅野を振り返ろうとしたタイミングで、肩に乗っていた手の力が増した。なにも言うなと疑いようもなく言われている。
慌てて愛想笑いを浮かべ直すと、成瀬の母親もまた、「あら」と芝居がかった仕草で頬に手を当てた。いかにも困惑したといった表情で。
「じゃあ主人が呼び出したのね。コミュケーションが取れていないみたいで恥ずかしいわ」
「そんなことはありませんよ」
「でも、こうして子どもに会いたいと思うタイミングが似通うのもおもしろいわね」
ねぇ、とほほえみかけられて、ぎこちなく頷く。絶対、そんなわけないだろ、とは思ったが、指摘する勇気は持ち合わせていなかった。
――というか、おばさん、祥くんがいないの知ってたよな、絶対。
この人が、そんな凡ミスをおかすわけがない。なんでいないときを狙って現れたのかはわからないが。
「え」
寮の階段を下って一階に足を踏み入れたところで、皓太は小さな声をもらした。予想外の人物が座っていたからだ。
「……璃子さん」
テンパって「おばさん」と呼ばなかっただけ、褒めてほしいくらいだ。
「皓太くん。ひさしぶりね」
幼馴染みとよく似た顔がにこりとほほえむ。纏う空気は、まったく異なっているのだけれど。
「元気そうでなによりだわ。お父さまとお母さまにもお変わりはないかしら」
「あ、はい。お気遣いどうも。あの……」
「うちの子と違って、ちゃんと連絡を取り合ってるのね。えらいわ」
あいかわらずの人の話を聞く気のない、女王様然とした雰囲気に、皓太は出てきたばかりの自室に戻りたくなった。
きれいな人だとは思う。思うのだが、皓太は昔からこの人が苦手だった。大女優だから気おくれしているというわけでもないし、冷たく当たられたこともないし、気に入られているのだとも思う。ただ――。
――幼馴染みのお母さんっていうふうに見れたことはないんだよな。
そう思うには、存在が遠すぎるというか。怖い、というか。
「それで」
寮生が集まりつつある室内を見渡してから、彼女はにこりと笑みを深めた。
「その、連絡をちっとも寄こさないうちの息子はどこにいるのかしら」
「え……っと」
嫌な圧を感じて、口ごもる。というか、なんで、この人はあたりまえの顔で、学園の敷地の――それも寮の内部に入り込んでいるんだ。
そもそもで言うと、一階に下りてきたのは、騒がしさが気になったからなのだ。
気になったというよりは、同室者の「気になる」攻撃に負けて、様子見を買って出たというほうが正確かもしれないが。
十分ほど前まで、「今日は残らなくていいよ、俺も残らないから」という成瀬の鶴の一声によって生徒会の雑務から解放された皓太は、ひさしぶりに自室でゆったりとした時間を過ごしていたのだ。
その時間の終焉は、八時近くに榛名からかけられた「なんかうるさくね?」という問いかけによってもたらされた。
言われてみれば、たしかに階下が騒がしい。今にも様子を見に行きたそうな榛名を押し止めて、代わりに部屋を出たのは、そのとき頭に浮かんでいた最悪が、「ハルちゃんが来た」だったからだ。
蓋を開けてみれば、ある意味でハルちゃんよりも恐ろしい人間が、一階の談話室のソファーに悠々と腰かけていたというわけで。
遠巻きにしている寮生はいるものの、頼りになりそうな茅野や柏木の姿はない。
溜息を呑み込んで、皓太はどうにか笑顔を取り繕った。ここに入り込めた理由はまったくわからないが、来た理由が子どもに会うためだというほうは、まだ理解できる。電話でいいだろ、と思わなくはないが。
「呼んできますね」
そういえば、今日はまだ寮であの姿を見ていない。でも、まぁ、部屋には間違いなくいるだろう。そう判断して踵を返した瞬間、近づいてきていた人物にぶつかりそうになってしまった。茅野だった。
「茅野さ……」
「悪かったな、遅くなって」
皓太の肩をぽんと叩いてから、茅野は来訪者に笑みを向けた。その視線を受けて、にこりと美麗な顔がほほえむ。
「ごめんなさいね、お邪魔して。……あなたとは、どこかでお会いしたことがあったかしら」
「いえ、直接お会いするのは今日がはじめてです。茅野と申します。成瀬の同級で、ここの寮長で」
「あら、じゃあ、きっとうちの子がお世話かけてるわね」
「こちらこそ、お世話になっていて」
似非くさいほどのにこやかさで応じてから、「それで」と茅野が困ったように切り出した。
「成瀬ですが。今日は、家の用事ということで外出届を出していましたが」
え、と茅野を振り返ろうとしたタイミングで、肩に乗っていた手の力が増した。なにも言うなと疑いようもなく言われている。
慌てて愛想笑いを浮かべ直すと、成瀬の母親もまた、「あら」と芝居がかった仕草で頬に手を当てた。いかにも困惑したといった表情で。
「じゃあ主人が呼び出したのね。コミュケーションが取れていないみたいで恥ずかしいわ」
「そんなことはありませんよ」
「でも、こうして子どもに会いたいと思うタイミングが似通うのもおもしろいわね」
ねぇ、とほほえみかけられて、ぎこちなく頷く。絶対、そんなわけないだろ、とは思ったが、指摘する勇気は持ち合わせていなかった。
――というか、おばさん、祥くんがいないの知ってたよな、絶対。
この人が、そんな凡ミスをおかすわけがない。なんでいないときを狙って現れたのかはわからないが。
11
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる