パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
179 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンド13 ①

しおりを挟む
[13]


 恋をしてはいけないよ。このまま、きみがアルファであり続けたいのならね。

 ピルケースの中身を数えているうちに、溜息が漏れた。どうにも鬱屈とした気分だ。
 おまけに、落ち込むだけならまだしも、苛々とした攻撃的な感情も混ざっているから、なおさら性質が悪い。

 ――でも、これ、どうやったところで学期末までもたないよな。

 定められた量を服用していればこんなことにはなっていないし、薬をなくしたというのも、自分のことをよく知っている大人に聞かせる言い訳としては無理がある。
 オーバードーズ気味の自覚も、もちろんある。――でも。

「しかたねぇだろ、効かねぇんだから」

 ひとりごちて、ピルケースをベッドに置く。代わりに手に取ったのは、携帯電話だった。好き好んで連絡を取りたい相手ではないが、この場合はしかたがないだろう。
 連絡先を選んで発信しようとしたところで、またひとつ溜息がこぼれた。電話をしたらなにを言われるかの想像は易くて、それがひどく面倒だった。

 ――こんなことを言うと、きみのお母さんには怒られると思うんだけどね。

 苦笑いとしか言いようのない表情で、彼が言ったことを成瀬は覚えている。陵の寮に入る前の話だ。幼いころから診てもらっていたオメガの専門医。全寮制の学校に入学することに最後まで難色を示していたのも彼だった。

 ――そもそもとして、身体ができあがる前から多量の薬を飲むことは、良いことではないんだよ。それでも「常用する」という選択をきみが取ることは、わかっているけれどね。


 あたりまえの話に、ただ成瀬は頷いた。飲まなくて済むのならそれに越したことはなくても、それで済む性に生まれていないのだ。だったら我慢するしかないだろう。
 それなのに、なぜか彼は困ったような笑みを崩さなかった。

 ――薬で抑えることも、もちろん重要だ。けれど、もうひとつ大切なことがあるという話をしたよね。覚えているかな。

 覚えてはいた。わかりきったことを何度も言われることは面倒だったが、素直さを装って頷く。同情心からでも、彼が医者として自分を心配してくれていることはわかっていたからだ。
 第二の性の診断が出てすぐのころからの付き合いなのだ。この病院に通って、もう六年になる。そのあいだ、ずっと彼は自分を気遣っていた。

 ――自律神経が乱れると、フェロモンのバランスは崩れやすくなる。そういう意味では、きみのように強い心を持って平静を保つことは、とても重要なことだ。

 問題ないです、と成瀬は答えた。いまさらだと思いながら。
 いくら寮に入るからと言って、心配しすぎだとも思っていた。念押しされなくても、自分は問題なくやれている。生活環境が変わろうとも、周囲にいる人間が変わろうとも、問題はない。うまくやれる。そう信じていた。アルファなんかに負けるはずがないと思っていた。
 実際に、自分より優れた同年代のアルファに会ったことなんて、一度もなかったのだ。
 あっさりと請け負った成瀬をじっと見つめていた彼が、にこりとほほえんだ。

 ――ところで、きみは恋をしたことがあるのかな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

いとしの生徒会長さま 2

もりひろ
BL
生徒会長は代わっても、強引で無茶ブリざんまいなやり口は変わってねえ。 今度は女のカッコして劇しろなんて、ふざけんなっつーの!

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...