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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドΦ ⑧
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「おまけに、かわいい顔してるしな。でも、成瀬って、あんまりそっちの気ないよな」
「ないから懐いてんだろ」
そういう意味で好かれたくて不用心に近づいているのかと最初は思っていたが、見ているうちに違うとわかった。
自分を害することのない仲間だと本能のようなもので認知して、だから、安心して懐いているのだ。
自分にやたらと警戒心を向けているのも、その本能の一種だろうと思う。
本当に、オメガというものは面倒な生き物だ。
「のんきなこと言ってるけど。俺と本尾より、その一年のほうがよっぽど火種だろ。そう思わねぇ?」
「成瀬の前で言うなよ、それ。機嫌悪くなるのが目に見えてる。それに、……その、なんだ。自らすすんで火種になるタイプでもなさそうだし、そこは勘弁してやれって」
苦笑いで擁護している篠原は、その一年のことをベータだと思っているようだった。
成瀬のことをアルファだと思い込んでいることもそうだが、本当になぜ気がつかないのか。
「オメガだったら、存在そのものが火種だろ」
「オメガだったらな。でも、そうじゃないんだし」
あっさりとした否定に、「へぇ」と白けた気分で頷く。この学園にオメガなんているわけがない、という思い込みの前提で、自分たちの日常は成り立っているのだと改めて感じた気分だった。
全寮制の学園にオメガが入学してくるわけがない。首席で入ってきた人間がアルファでないはずがない。
根拠もなにもない、ただの思い込み。だからこそ、なにかの拍子でドミノ倒しに崩れていく可能性がある、と危惧していた。
「なんつうか、おまえって、危険因子は徹底的に排除したいっていうタイプだよな」
「そのほうが、ここにとってもいいと思うけどな」
「よく言うよ」
信じていない顔で、篠原が首を振る。
「絶対そんなこと考えてないだろ、おまえ。まぁ、平和に越したことはないってのは同意するけどな、でも」
「でも?」
「いや、成瀬とは相容れねぇだろうなと思って。一年のこともだけど、おまえが追い出した風紀のこともな」
「……」
「あいつは、そういうふうに強制的に排除することも、ましてや、それが自分のためだなんてことも、絶対に認めないし、喜ばないだろ」
それは、まぁ、そうだろうな。返事の代わりに、向原は鼻で笑った。相容れていたら、こんなふうに苛々することもなかったにちがいない。
「おまえに、こんなこと言う日が来るとは思わなかったんだけど」
呆れたように、篠原は笑っていた。
「過保護だよな、本当」
――過保護じゃなくて、独占欲って言うんだよ、そういうのは。
そんなふうなことを思いながら、「そうかもな」と相槌を打つ。すべて自分の勝手だということは、理解していた。成瀬が喜ばないということも。
「まぁ、でも、おまえの言うことも一理あるとは思うし、その一年のことは、俺も気にしとく。成瀬が飴だとしても、おまえの鞭は切れがよすぎるから」
そう篠原が、話を終わらせたタイミングで、生徒会室のドアが開いた。
「お、早かったな……って、なに、おまえその不機嫌そうな顔」
「べつに。っていうか、またふたりしてさぼってただろ」
机を一瞥した成瀬が眉をひそめた。たしかに、機嫌の悪そうな顔はしている。持ち帰ってきた書類を机に置いた動作も、どこか乱雑で。その態度に、篠原が首を傾げた。
「やることはやってるし。っつか、なに。寮生委員会との調整だけだったんだろ? 茅野もいるし、なんとでもなったんじゃねぇの」
「また、そうやって。あいつが俺のこと甘やかすと思ってる」
「ない、ない」
一段とトーンの下がった調子に、篠原が苦笑いで否定する。
「思ってないから。向原の鞭はきついなっていう話はしてたけど」
「鞭?」
「おまえは甘くて、向原はきついから、俺とか茅野がバランス調整してるって話」
「……まぁ、いいけど」
それ以上を追求する気もなかったのか、その一言で成瀬は席に着いた。そのまま難しい顔で、ぱらぱらと資料を繰っている。
どうしたんだ、あいつ、という視線を無視すると、しかたないという顔で篠原がもう一度疑問を呈した。
「ないから懐いてんだろ」
そういう意味で好かれたくて不用心に近づいているのかと最初は思っていたが、見ているうちに違うとわかった。
自分を害することのない仲間だと本能のようなもので認知して、だから、安心して懐いているのだ。
自分にやたらと警戒心を向けているのも、その本能の一種だろうと思う。
本当に、オメガというものは面倒な生き物だ。
「のんきなこと言ってるけど。俺と本尾より、その一年のほうがよっぽど火種だろ。そう思わねぇ?」
「成瀬の前で言うなよ、それ。機嫌悪くなるのが目に見えてる。それに、……その、なんだ。自らすすんで火種になるタイプでもなさそうだし、そこは勘弁してやれって」
苦笑いで擁護している篠原は、その一年のことをベータだと思っているようだった。
成瀬のことをアルファだと思い込んでいることもそうだが、本当になぜ気がつかないのか。
「オメガだったら、存在そのものが火種だろ」
「オメガだったらな。でも、そうじゃないんだし」
あっさりとした否定に、「へぇ」と白けた気分で頷く。この学園にオメガなんているわけがない、という思い込みの前提で、自分たちの日常は成り立っているのだと改めて感じた気分だった。
全寮制の学園にオメガが入学してくるわけがない。首席で入ってきた人間がアルファでないはずがない。
根拠もなにもない、ただの思い込み。だからこそ、なにかの拍子でドミノ倒しに崩れていく可能性がある、と危惧していた。
「なんつうか、おまえって、危険因子は徹底的に排除したいっていうタイプだよな」
「そのほうが、ここにとってもいいと思うけどな」
「よく言うよ」
信じていない顔で、篠原が首を振る。
「絶対そんなこと考えてないだろ、おまえ。まぁ、平和に越したことはないってのは同意するけどな、でも」
「でも?」
「いや、成瀬とは相容れねぇだろうなと思って。一年のこともだけど、おまえが追い出した風紀のこともな」
「……」
「あいつは、そういうふうに強制的に排除することも、ましてや、それが自分のためだなんてことも、絶対に認めないし、喜ばないだろ」
それは、まぁ、そうだろうな。返事の代わりに、向原は鼻で笑った。相容れていたら、こんなふうに苛々することもなかったにちがいない。
「おまえに、こんなこと言う日が来るとは思わなかったんだけど」
呆れたように、篠原は笑っていた。
「過保護だよな、本当」
――過保護じゃなくて、独占欲って言うんだよ、そういうのは。
そんなふうなことを思いながら、「そうかもな」と相槌を打つ。すべて自分の勝手だということは、理解していた。成瀬が喜ばないということも。
「まぁ、でも、おまえの言うことも一理あるとは思うし、その一年のことは、俺も気にしとく。成瀬が飴だとしても、おまえの鞭は切れがよすぎるから」
そう篠原が、話を終わらせたタイミングで、生徒会室のドアが開いた。
「お、早かったな……って、なに、おまえその不機嫌そうな顔」
「べつに。っていうか、またふたりしてさぼってただろ」
机を一瞥した成瀬が眉をひそめた。たしかに、機嫌の悪そうな顔はしている。持ち帰ってきた書類を机に置いた動作も、どこか乱雑で。その態度に、篠原が首を傾げた。
「やることはやってるし。っつか、なに。寮生委員会との調整だけだったんだろ? 茅野もいるし、なんとでもなったんじゃねぇの」
「また、そうやって。あいつが俺のこと甘やかすと思ってる」
「ない、ない」
一段とトーンの下がった調子に、篠原が苦笑いで否定する。
「思ってないから。向原の鞭はきついなっていう話はしてたけど」
「鞭?」
「おまえは甘くて、向原はきついから、俺とか茅野がバランス調整してるって話」
「……まぁ、いいけど」
それ以上を追求する気もなかったのか、その一言で成瀬は席に着いた。そのまま難しい顔で、ぱらぱらと資料を繰っている。
どうしたんだ、あいつ、という視線を無視すると、しかたないという顔で篠原がもう一度疑問を呈した。
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