パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドΦ ⑥

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「まぁ、だから、そういうことだって。おまえがいないあいだに起こったんだから、しかたなかったの。虫の居所が悪かったんだな、くらいでおさめとけよ」

 よかったな、と思っているのも、本心ではある。あいつも、俺たちと同じただの人間だったんだなと思うことができたのは、成瀬の存在があったからだ。そういう意味で、感謝もしている。
 同じだけ、変なやつだとも思ってはいるが。話を切り上げる意思表示で、ペンを取る。

「そういうことでもいいんだけど」
「けど、なんだよ。向原も同じ意見だと思うけど?」
「だからだよ」

 わずかに苛立った声に、篠原は、紙面に向けようとしていた視線を上げた。

「だから、なんだよ。さっきも言ったとおりで、あいつらは昔からああなんだって。仲良くとかねぇし、おまえが口出す問題でもねぇの」
「あそこまで合わないってことは、逆に考えると、すごく合うってことだと思うんだよな。だから、もったいないなって」
「……」
「思わない?」
「思わない」

 わかってはいたことだが、やっぱり変なやつだった。理解できない。

 ――いや、まぁ、悪いやつではないけど。

 その、なんというか、思考が平和すぎて萎えるときがあるというか。そもそもで言えば、この学園に入ってきてすぐに「変える」と言い切ったときにも思ったことだけれども。
 アルファも、ベータも、オメガも、なにも関係のない場所をつくる。はじめて聞いたときは、理想論すぎて気持ちが悪いなと思った。その気持ちの悪い理想論を実行し続けている行動力は目を見張るものがあったから、最終的には乗ることに決めた。楽しそうだと思ったからだ。
 自分が乗った最初の理由は、そんなものだ。向原が誰よりも先にその案に乗った理由は知らない。ただそのことを知ったとき、意外だとは思った。
 二年前、向原に「成瀬とおまえは合わない」と言ったことを、篠原は覚えている。実際にそう思っていたし、本尾と成瀬の反りが合っていない現在も、その予想どおりだ。だから――。

 ――いや、でも、最初のころは、たしか向原も変な顔してたんだよな。

 成瀬に対しても、奇妙な生き物を観察するような態度だった記憶がある。それが、いつからか変わった。
 完璧すぎて人形のようだった成瀬の表情が生きたものになって、孤高の王といったふうだった向原に温かみが生まれて、それで。
 本当に、それが駄目だとも、悪いとも思ってないつもりなんだけどな。少し前と同じことを内心で繰り返して、最後のつもりで篠原は念を押した。

「とりあえず、おまえもこれ以上面倒ごと増やしたいわけじゃないだろ。だったら、変に首突っ込むのはやめとけ。おまえと本尾じゃ、険悪になるだけだぞ」
「それは、まぁ、そうだと思うんだけど」

 そこは素直に認めるらしい。まぁ、そのとおりだとは思うが。向原があいだにいる限り、このふたりの距離が詰まることはない。

「まぁ、でも、この調子じゃ高等部に上がっても、寮は離れるだろうし」

 だから学内にいるあいだだけ、ちょっと気を使えば丸くおさまる。それだけのことだろうと言い諭すと、「そうだな」と成瀬が反論を諦めた顔で笑った。そうしてから、ぽつりと呟く。

「俺、わりと今までの人生の中で、今が一番楽しいんだけどさ」
「おまえの人生に、楽しくないときとかなかっただろ」

 顔が良くて、頭も良くて、なんでもできる、アルファの見本のような男だ。それなのに、成瀬は曖昧な笑顔で首を横に振った。

「そんなことないよ」
「そんなことないって……」
「それで、それが成り立ってるのって、ある意味で向原のおかげなんだけどさ」

 挟もうとした疑問を無視して、ひとりごちるように成瀬は続けた。

「だからこそ、たまに思うことがあるっていうか。あいつは、俺のなにをそんなに気に入ったのかなって」
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