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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅫ ①
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[12]
自分がオメガではなかったら。兄と同じようにアルファとして生まれてきていたら。
そんな「たられば」を想像して喜んでいたのは、本当に幼かったころの話だ。成長していくにつれ、その夢想がどれほど意味のないことなのか、誰に言われずとも悟るからだ。
どれだけ頑張って努力しても、アルファには及ばない。どれだけ努力しても、いつか必ず発情期はやってくる。いつか必ず、心身ともにオメガだと認めざるを得なくなるときがくる。
だから、必要なのは、夢を見ることじゃない。現実的な選択をすることだ。
アルファに依存してオメガらしく生きるのか、どうにかベータに偽装して集団の中で埋没する人生を送るのか。
苦労する道になると言われた後者を選択したのが、自分の小さなプライドだと行人は思っていた。
オメガであることは変えようのない事実だけれど、それでも自分の足で歩いて生きていきたい、と。精いっぱいの反抗だった。
だから、――だから、本当に驚いたのだ。あの人がそうだったのだと知ったときに。
――でも、本当に言ってよかったのかな。
自室の机で課題を広げながら、行人は答えの出ない問いに悩んでいた。
絶対に勢いで言ったわけではない、と言い切ってしまうと、たぶん嘘になる。
ひとりで抱えていていいのかと、ずっと悩んでいたし、高藤にであれば言ってもいいのではないかと考えていたのも本当だ。あのとき言ったとおりで、成瀬は自分がしたことを責めないとも思う。でも。
握るだけになっていたペンを、机の上に置く。問題集は、終わらせなければならないもののうちの三分の一も埋まっていなかった。
「向原先輩も知ってた、か」
ぽつりとこぼれたひとりごとが、ひとりきりの寮室に響く。生徒会に入ってから、高藤の帰りは格段に遅くなった。
中等部だったころも生徒会所属だった時期は遅かったから、ひとりで部屋にいるのは、行人にとっては慣れたことだ。それでも、大変そうだな、とは思うし、先日の四谷の苦言も身に染みたので、気遣ってやろうとも思っているのだが。どうにも本人が求めていない節が強い。
このあいだなんて、「コーヒーでも持ってきてやろうか」と聞いたら、「なに、なんなの」とめちゃくちゃ不審な顔をされてしまった。あれは、なにを企んでいるのだと言わんばかりだった。本当に、ただの親切心だったのに。
――いや、まぁ、それも今までの俺の行いのせいだって言われたら、返す言葉もねぇんだけど。って、いや、そういうことでもなくて。
なんだか思考が逸れてしまった。白いページを見つめたまま、むっと眉間に皺を寄せる。
高藤は、この学園に入る前から、成瀬はもちろんのこと、向原のことも知っていたという。たしかに傍から見ていても、向原は高藤には少し優しいような気がするし、高藤も慕っていると感じることがある。
自分には想像できない時間を過ごしてきたからなのだろうということも、わかる。
その高藤が知っていたはずだと確信に満ちた声で言った。それ以上のことは言わなかったけれど。
自分がオメガではなかったら。兄と同じようにアルファとして生まれてきていたら。
そんな「たられば」を想像して喜んでいたのは、本当に幼かったころの話だ。成長していくにつれ、その夢想がどれほど意味のないことなのか、誰に言われずとも悟るからだ。
どれだけ頑張って努力しても、アルファには及ばない。どれだけ努力しても、いつか必ず発情期はやってくる。いつか必ず、心身ともにオメガだと認めざるを得なくなるときがくる。
だから、必要なのは、夢を見ることじゃない。現実的な選択をすることだ。
アルファに依存してオメガらしく生きるのか、どうにかベータに偽装して集団の中で埋没する人生を送るのか。
苦労する道になると言われた後者を選択したのが、自分の小さなプライドだと行人は思っていた。
オメガであることは変えようのない事実だけれど、それでも自分の足で歩いて生きていきたい、と。精いっぱいの反抗だった。
だから、――だから、本当に驚いたのだ。あの人がそうだったのだと知ったときに。
――でも、本当に言ってよかったのかな。
自室の机で課題を広げながら、行人は答えの出ない問いに悩んでいた。
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ひとりで抱えていていいのかと、ずっと悩んでいたし、高藤にであれば言ってもいいのではないかと考えていたのも本当だ。あのとき言ったとおりで、成瀬は自分がしたことを責めないとも思う。でも。
握るだけになっていたペンを、机の上に置く。問題集は、終わらせなければならないもののうちの三分の一も埋まっていなかった。
「向原先輩も知ってた、か」
ぽつりとこぼれたひとりごとが、ひとりきりの寮室に響く。生徒会に入ってから、高藤の帰りは格段に遅くなった。
中等部だったころも生徒会所属だった時期は遅かったから、ひとりで部屋にいるのは、行人にとっては慣れたことだ。それでも、大変そうだな、とは思うし、先日の四谷の苦言も身に染みたので、気遣ってやろうとも思っているのだが。どうにも本人が求めていない節が強い。
このあいだなんて、「コーヒーでも持ってきてやろうか」と聞いたら、「なに、なんなの」とめちゃくちゃ不審な顔をされてしまった。あれは、なにを企んでいるのだと言わんばかりだった。本当に、ただの親切心だったのに。
――いや、まぁ、それも今までの俺の行いのせいだって言われたら、返す言葉もねぇんだけど。って、いや、そういうことでもなくて。
なんだか思考が逸れてしまった。白いページを見つめたまま、むっと眉間に皺を寄せる。
高藤は、この学園に入る前から、成瀬はもちろんのこと、向原のことも知っていたという。たしかに傍から見ていても、向原は高藤には少し優しいような気がするし、高藤も慕っていると感じることがある。
自分には想像できない時間を過ごしてきたからなのだろうということも、わかる。
その高藤が知っていたはずだと確信に満ちた声で言った。それ以上のことは言わなかったけれど。
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