パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
164 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅫ ①

しおりを挟む
[12]


 自分がオメガではなかったら。兄と同じようにアルファとして生まれてきていたら。
 そんな「たられば」を想像して喜んでいたのは、本当に幼かったころの話だ。成長していくにつれ、その夢想がどれほど意味のないことなのか、誰に言われずとも悟るからだ。
 どれだけ頑張って努力しても、アルファには及ばない。どれだけ努力しても、いつか必ず発情期はやってくる。いつか必ず、心身ともにオメガだと認めざるを得なくなるときがくる。
 だから、必要なのは、夢を見ることじゃない。現実的な選択をすることだ。
 アルファに依存してオメガらしく生きるのか、どうにかベータに偽装して集団の中で埋没する人生を送るのか。
 苦労する道になると言われた後者を選択したのが、自分の小さなプライドだと行人は思っていた。
 オメガであることは変えようのない事実だけれど、それでも自分の足で歩いて生きていきたい、と。精いっぱいの反抗だった。
 だから、――だから、本当に驚いたのだ。あの人がそうだったのだと知ったときに。


 ――でも、本当に言ってよかったのかな。

 自室の机で課題を広げながら、行人は答えの出ない問いに悩んでいた。
 絶対に勢いで言ったわけではない、と言い切ってしまうと、たぶん嘘になる。
 ひとりで抱えていていいのかと、ずっと悩んでいたし、高藤にであれば言ってもいいのではないかと考えていたのも本当だ。あのとき言ったとおりで、成瀬は自分がしたことを責めないとも思う。でも。

 握るだけになっていたペンを、机の上に置く。問題集は、終わらせなければならないもののうちの三分の一も埋まっていなかった。

「向原先輩も知ってた、か」

 ぽつりとこぼれたひとりごとが、ひとりきりの寮室に響く。生徒会に入ってから、高藤の帰りは格段に遅くなった。
 中等部だったころも生徒会所属だった時期は遅かったから、ひとりで部屋にいるのは、行人にとっては慣れたことだ。それでも、大変そうだな、とは思うし、先日の四谷の苦言も身に染みたので、気遣ってやろうとも思っているのだが。どうにも本人が求めていない節が強い。
 このあいだなんて、「コーヒーでも持ってきてやろうか」と聞いたら、「なに、なんなの」とめちゃくちゃ不審な顔をされてしまった。あれは、なにを企んでいるのだと言わんばかりだった。本当に、ただの親切心だったのに。

 ――いや、まぁ、それも今までの俺の行いのせいだって言われたら、返す言葉もねぇんだけど。って、いや、そういうことでもなくて。

 なんだか思考が逸れてしまった。白いページを見つめたまま、むっと眉間に皺を寄せる。
 高藤は、この学園に入る前から、成瀬はもちろんのこと、向原のことも知っていたという。たしかに傍から見ていても、向原は高藤には少し優しいような気がするし、高藤も慕っていると感じることがある。
 自分には想像できない時間を過ごしてきたからなのだろうということも、わかる。
 その高藤が知っていたはずだと確信に満ちた声で言った。それ以上のことは言わなかったけれど。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

処理中です...