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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅪ ④
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誰かを好きになるという感情が、理解できない子どもだった。
オメガに会ったことは、何度もあった。けれど、惹かれたことは一度もなかった。
自分ひとりで生きていけず、アルファに寄生しようとする弱さは好ましいものではなかったし、強く触れたら折れてしまいそうな頼りない体躯も興味は持てなかった。
自立して生きている強いアルファの女のほうが、いくらかマシだった。だから、いつか結婚することがあれば相手はアルファの女だろうと思っていた。できれば、お互いに都合がいいと割り切れるような、そんな相手。
そうやって、適当に生きていけたら、それでいい、と。
だから。だから、どこかにいるかもしれない、自分の運命なんてものには、微塵も興味はなかったのだ。
適当なところで責任を持って起こせよ、という一言を残して、茅野は自室に戻っていった。
向かいの席を引いて座っても、起きる気配はない。暗がりに慣れた瞳が映す寝顔は、案外と穏やかで。
――こいつの、こういう妙な無防備さの原因は、俺にあった気がしてたんだけどな。
頼っている、だとか、信頼している、だとか。そういったこととは別次元で、手を出してこないていのいい防御壁だと認識していた、ということだ。
おまえが俺になにかするわけないだろ、と言って成瀬が笑ったときのことを、向原はよく覚えている。あれは、ひとつの転換点だった。
「……向原?」
確認するような小さな声とともに、顔が上がる。目が合うと、その瞳がにこりとほほえんだ。最近は見なくなっていた、やわらかい表情。まるで、安心したみたいに。
以前ならいざ知らず、この状況になっても近くにいるのは自分だと認識しているのは、なんでなんだろうな。半ば以上呆れながら、「なに?」と問いかける。
その、よくわからない甘えが嫌だったわけではないのだ。
「帰ってたんだ、と思って」
「おまえこそ」
だから、以前と同じ調子を向原も選んだ。
「こんなところで寝るなって、呆れてたぞ、茅野」
「そっか。べつに寝るつもりはなかったんだけどな。なんか……」
あまり寝れてなくて、とでも続きそうだった言葉が途切れる。我に返ったのかもしれない。誤魔化すような苦笑ひとつで、成瀬が話を変えた。
「向原は、どこ行ってたの」
「篠原のところ」
嘘を吐く必要も感じられなくて、そのままを告げる。こんなふうにとりとめもないことを話すこと自体ひさしぶりだったはずなのに、不思議と違和感はなかった。
「なんだ」
ふっとほほえんだ成瀬の表情も、いつもどおりのものだった。
「いいな。懐かしい」
オメガに会ったことは、何度もあった。けれど、惹かれたことは一度もなかった。
自分ひとりで生きていけず、アルファに寄生しようとする弱さは好ましいものではなかったし、強く触れたら折れてしまいそうな頼りない体躯も興味は持てなかった。
自立して生きている強いアルファの女のほうが、いくらかマシだった。だから、いつか結婚することがあれば相手はアルファの女だろうと思っていた。できれば、お互いに都合がいいと割り切れるような、そんな相手。
そうやって、適当に生きていけたら、それでいい、と。
だから。だから、どこかにいるかもしれない、自分の運命なんてものには、微塵も興味はなかったのだ。
適当なところで責任を持って起こせよ、という一言を残して、茅野は自室に戻っていった。
向かいの席を引いて座っても、起きる気配はない。暗がりに慣れた瞳が映す寝顔は、案外と穏やかで。
――こいつの、こういう妙な無防備さの原因は、俺にあった気がしてたんだけどな。
頼っている、だとか、信頼している、だとか。そういったこととは別次元で、手を出してこないていのいい防御壁だと認識していた、ということだ。
おまえが俺になにかするわけないだろ、と言って成瀬が笑ったときのことを、向原はよく覚えている。あれは、ひとつの転換点だった。
「……向原?」
確認するような小さな声とともに、顔が上がる。目が合うと、その瞳がにこりとほほえんだ。最近は見なくなっていた、やわらかい表情。まるで、安心したみたいに。
以前ならいざ知らず、この状況になっても近くにいるのは自分だと認識しているのは、なんでなんだろうな。半ば以上呆れながら、「なに?」と問いかける。
その、よくわからない甘えが嫌だったわけではないのだ。
「帰ってたんだ、と思って」
「おまえこそ」
だから、以前と同じ調子を向原も選んだ。
「こんなところで寝るなって、呆れてたぞ、茅野」
「そっか。べつに寝るつもりはなかったんだけどな。なんか……」
あまり寝れてなくて、とでも続きそうだった言葉が途切れる。我に返ったのかもしれない。誤魔化すような苦笑ひとつで、成瀬が話を変えた。
「向原は、どこ行ってたの」
「篠原のところ」
嘘を吐く必要も感じられなくて、そのままを告げる。こんなふうにとりとめもないことを話すこと自体ひさしぶりだったはずなのに、不思議と違和感はなかった。
「なんだ」
ふっとほほえんだ成瀬の表情も、いつもどおりのものだった。
「いいな。懐かしい」
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