156 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅩ ④
しおりを挟む
「なんていうかさ、寮の空気も悪いときあるから。っつっても、教室もあれなときもあるから、どっちもどっちだけど」
「まぁ、そうかもね」
と言うに皓太は留めた。気に入っていたはずの櫻寮のことをそう評せざるを得ないのは、本人が一番不服だろうと思ったからだ。
成瀬がいる、ということもひとつだろうが、榛名は、なんだかんだで寮長である茅野のことを慕っている。
溜息まじりに鞄を片づけている横顔は、楽しい話で盛り上がって帰寮が遅れたようには見えなかったけれど。
「でも、珍しいね。そんなに盛り上がってたんだ」
「あぁ、……いや、……まぁ、そうだな」
「そう」
歯切れの悪い返事を取りなすように、苦笑する。この調子だと、楽しくない噂話をまた仕入れてきたのかもしれない。
今のこの学園には、おもしろおかしく様々な噂が流れている。榛名が気に病むのは、自分のものではなく、あの人に関連したものなのだろうが。多少でも慰めになるなら、と皓太は茅野の話を持ち出した。
「そういえば、あんまり気にするなって言ってたよ、茅野さん」
自分が大丈夫と言うより、榛名が信頼する上級生が太鼓判を押していたと伝えたほうが安心すると思ったから、伝えたのだが。なぜか、取り出した教科書をぱらぱらと捲っていた榛名の手が止まった。
「それって、成瀬さんのことだよな」
「そうだけど。――というか、だから、なにもそんなピリピリしなくても。どんな噂聞いたのか知らないけど、いちいち気にすんなって。茅野さんもそう言ってるんだし、そもそもあの人、誰かになにか言われたくらいでへこたれないから」
その声が、あまりにも暗いというか、重苦しいものだったから、ついまた苦笑いになってしまった。
気休めになればと思っただけだったのに、変な地雷を踏んでしまったような気がする。
――榛名がそこまで気にすることでは、本当にないと思うんだけどな。
むしろ、自分のことを気にしろと言いたいくらいだ。
「べつに、……噂を聞いたからってわけじゃないけど」
「なら、余計気にすることじゃないって」
好転しそうになかったので、そう言い切って話を断ち切る。言い合いをしたいわけではない。教科書を持ったままだったことに今気がついたというような顔で、榛名が机の上に置いた。けれど、その手はそれ以上動かなかった。片づけを再開するでもなく、ぎゅっと机の上で拳をつくっている。緊張したときに、わかりやすく榛名がする癖だ。
「榛名?」
「あのさ」
重なった呼びかけに、「なに?」と皓太は先を譲った。タイミングを間違うと、聞き出すことに苦労することも四年目になる付き合いでわかっていたから。
「あぁ、いや、……あの」
言い淀んでいたものの、覚悟を決めたように榛名が顔を上げる。続いたのは、予想外の問いかけだった。
「おまえさ、成瀬さんのこと、どう思ってんの」
「どうって……」
真意をつかみ損ねて、首を傾げる。
「そのままの意味。おまえには、どう見えてんの?」
補足されても、やはりよくはわからなかった。どう見えているもなにも、自分にとっては、昔からあのとおりの人で、それ以外はないのだけれど。
答えないことには納得しそうにはない雰囲気に、しかたなく皓太はそのままを言葉にした。
「どう見えてるって言われても、まぁ、関係性っていう意味なら幼馴染みって答えるけど」
「……」
「え? そういうことじゃないって?」
不満そうな視線に晒されて、言葉を選び直す。なら、なんだ。内面的な意味の話か。
「あー……、うん、そうだな。まぁ、だから、兄貴みたいなものでもあるし、頼りになる人だとも思うよ。面倒な人だとも思うけど」
最後にぽろりと本音が混ざってしまって、「あ」と思ったのだが、そういう意味ではなく榛名の表情は不満そうなもののままだった。
――なんか、面倒になってきたな。
自分の心持ちの問題なのだろうが、茅野に話して気が楽になるのとは、まったく違う。
「ほかの誰に聞いても、似たような話しか出てこないと思うけど? 昔から、外面はあのとおり完璧な人だし。いろいろ噂はあるだろうけど、しょせん噂なんだから」
そういえば、ついこのあいだも突拍子のない噂を聞いたな、と思い浮かべながら、おざなりに続ける。
目立つ人だからしかたがない部分もあるのだろうが、大変だな、とは素直に思った。俺も陰でなにを言われているのかわかったもんじゃないな、とも。
「まぁ、アルファじゃなかったんだっていうのが本当だったら、さすがに驚くけど」
「まぁ、そうかもね」
と言うに皓太は留めた。気に入っていたはずの櫻寮のことをそう評せざるを得ないのは、本人が一番不服だろうと思ったからだ。
成瀬がいる、ということもひとつだろうが、榛名は、なんだかんだで寮長である茅野のことを慕っている。
溜息まじりに鞄を片づけている横顔は、楽しい話で盛り上がって帰寮が遅れたようには見えなかったけれど。
「でも、珍しいね。そんなに盛り上がってたんだ」
「あぁ、……いや、……まぁ、そうだな」
「そう」
歯切れの悪い返事を取りなすように、苦笑する。この調子だと、楽しくない噂話をまた仕入れてきたのかもしれない。
今のこの学園には、おもしろおかしく様々な噂が流れている。榛名が気に病むのは、自分のものではなく、あの人に関連したものなのだろうが。多少でも慰めになるなら、と皓太は茅野の話を持ち出した。
「そういえば、あんまり気にするなって言ってたよ、茅野さん」
自分が大丈夫と言うより、榛名が信頼する上級生が太鼓判を押していたと伝えたほうが安心すると思ったから、伝えたのだが。なぜか、取り出した教科書をぱらぱらと捲っていた榛名の手が止まった。
「それって、成瀬さんのことだよな」
「そうだけど。――というか、だから、なにもそんなピリピリしなくても。どんな噂聞いたのか知らないけど、いちいち気にすんなって。茅野さんもそう言ってるんだし、そもそもあの人、誰かになにか言われたくらいでへこたれないから」
その声が、あまりにも暗いというか、重苦しいものだったから、ついまた苦笑いになってしまった。
気休めになればと思っただけだったのに、変な地雷を踏んでしまったような気がする。
――榛名がそこまで気にすることでは、本当にないと思うんだけどな。
むしろ、自分のことを気にしろと言いたいくらいだ。
「べつに、……噂を聞いたからってわけじゃないけど」
「なら、余計気にすることじゃないって」
好転しそうになかったので、そう言い切って話を断ち切る。言い合いをしたいわけではない。教科書を持ったままだったことに今気がついたというような顔で、榛名が机の上に置いた。けれど、その手はそれ以上動かなかった。片づけを再開するでもなく、ぎゅっと机の上で拳をつくっている。緊張したときに、わかりやすく榛名がする癖だ。
「榛名?」
「あのさ」
重なった呼びかけに、「なに?」と皓太は先を譲った。タイミングを間違うと、聞き出すことに苦労することも四年目になる付き合いでわかっていたから。
「あぁ、いや、……あの」
言い淀んでいたものの、覚悟を決めたように榛名が顔を上げる。続いたのは、予想外の問いかけだった。
「おまえさ、成瀬さんのこと、どう思ってんの」
「どうって……」
真意をつかみ損ねて、首を傾げる。
「そのままの意味。おまえには、どう見えてんの?」
補足されても、やはりよくはわからなかった。どう見えているもなにも、自分にとっては、昔からあのとおりの人で、それ以外はないのだけれど。
答えないことには納得しそうにはない雰囲気に、しかたなく皓太はそのままを言葉にした。
「どう見えてるって言われても、まぁ、関係性っていう意味なら幼馴染みって答えるけど」
「……」
「え? そういうことじゃないって?」
不満そうな視線に晒されて、言葉を選び直す。なら、なんだ。内面的な意味の話か。
「あー……、うん、そうだな。まぁ、だから、兄貴みたいなものでもあるし、頼りになる人だとも思うよ。面倒な人だとも思うけど」
最後にぽろりと本音が混ざってしまって、「あ」と思ったのだが、そういう意味ではなく榛名の表情は不満そうなもののままだった。
――なんか、面倒になってきたな。
自分の心持ちの問題なのだろうが、茅野に話して気が楽になるのとは、まったく違う。
「ほかの誰に聞いても、似たような話しか出てこないと思うけど? 昔から、外面はあのとおり完璧な人だし。いろいろ噂はあるだろうけど、しょせん噂なんだから」
そういえば、ついこのあいだも突拍子のない噂を聞いたな、と思い浮かべながら、おざなりに続ける。
目立つ人だからしかたがない部分もあるのだろうが、大変だな、とは素直に思った。俺も陰でなにを言われているのかわかったもんじゃないな、とも。
「まぁ、アルファじゃなかったんだっていうのが本当だったら、さすがに驚くけど」
11
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました
むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる