パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅧ ②

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「おかえ……って、大丈夫か、おまえ」

 昼間に聞いた四谷の言葉が頭に残っていたから、というだけではない。門限ギリギリに帰ってきた同室者の顔が近年稀にみるぐったりとしたそれだったのだ。思わず、そう声をかけてしまったくらいには。

「大丈夫、大丈夫。生徒会の仕事なんて、中等部でもやらされてたんだし」
「そのわりには顔死んでるけど」
「いや、大丈夫。なんでまだ当選もしてないのに、馬鹿みたいに手伝わされてるんだなんて、誰も思ってないし」
「……あ、そう」

 大変だな、としか言いようがなかった。基本的に愚痴も言わないし、顔に不調も出さないやつがこの有様なのだから、忙しさは計り知れない。
 本当に四谷の言うとおりだった。高藤はうんざりとネクタイを引き抜いている。乱雑な動作も、表情そのままの声も珍しいと言えば、珍しい。

「というか、あれなんだって。そもそもとして、向原さんのやってた仕事なのに、向原さんじゃなくて篠原さんから引き継がされてる時点で、おかしいと思わない? おまけに最近、成瀬さんいないし、そのせいで篠原さん、若干パンク気味なのか、いろいろ抜けてるし」
「あ」
「ん、なに?」
「いや、たいした話じゃなかったんだけど。今日、三限目が移動教室だったんだけどさ。そのときに成瀬さん見たなと思って」
「……どこで?」

 うんざりを通り越した嫌そうな声に、言わなければよかったかなと思ったものの、やっぱり気のせいでしたと言うのも嘘くさい。
 簡単に説明すると、高藤の声がさらに低くなった。

「なにやってんだ、あの人。さぼりかよ」
「あ、でも、さぼりって決まったわけでも」

 まぁ、たしかに、授業が始まる直前の時間ではあったのだけれど。半ば反射で擁護に走った行人に、「いや、さぼりだから」と高藤が断言する。

「そこ、おまえは行くなよ。本当にあんまり人が行かないところだから。あの人、昔からそういう誰の目にも付かないところ探すの抜群にうまいんだよ。それでよくさぼってる」
「そう、なんだ」
「そうなの。もう、本当……、それこそ、この学園に入る前からの話だから」

 溜息まじりに、高藤は続けた。だから気にするな、というように。

「人に囲まれるのに疲れるっていうのもあるんだろうけど、たまにそうやってふっと姿を消すんだよね。探して来いって頼まれるうちに、俺まで見つけるのうまくなっちゃって」

 そうなんだな、ともう一度頷く。忙しかったのはあの人も同じだろうし、ひとりになりたいときもあるだろう。目立つ人だから、人の目が気になるという気持ちもよくわかる。でも。

 ――それだけじゃない、よな。きっと。

 内心でだけ、行人はそう思い直した。数週間前の自分なら、考えもしなかったようなことだ。身体のことを思えば、そういった――人の目のない場所を見つけておくことは大切なことなのだ。
 なにもなければそれに越したことはないが、自分たちには、なにがあるかわからない。あのときが、そうだったように。

「まぁ、べつにそれはいいんだけど。疲れてるのも事実だろうし。でも、なにやってんだろうな、本当に」
「なにって、おまえがさぼりって言ってたんじゃん」
「いや、……うん、そうだな。そうだった」

 あれだけはっきりと言い切っておいて、なにをいまさら。
 中途半端に濁されて、行人は声を尖らせた。そんなふうに言われたら、気になってしかたがない。

「なんだよ、その言い方」
「あー……、おまえが見たのはそうだったと思うんだけど、それ以外にも多いんだよ。最近ふらっといなくなることが。また妙なことしてないといいけど」

 誤魔化すことも面倒になったのかもしれない。溜息まじりに高藤は訳を話した。妙なこと、という表現に、眉間にむっと皺が寄る。妙なことって、なんだ。

「いや、……あー、まぁ、いいや。だから、その、裏工作というか、そういうこと。向原さんが抜群にうまかったんだけどね、本当は」

 今はいないから、というような苦笑ひとつで、黙ったままの行人に言い聞かせるように続ける。

「あのね。おまえは、あの人のことまっとうな王子様みたいに思ってるんだろうけど、そんなまっしろないい人じゃないよ。悪い人でもないけど」
「……わかってる」
「本当に? まぁ、いいけど」
「わかってるって」

 苛立ちまぎれのそれに、高藤が小さく笑った。どこか自嘲気味に。


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