143 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅧ ②
しおりを挟む「おかえ……って、大丈夫か、おまえ」
昼間に聞いた四谷の言葉が頭に残っていたから、というだけではない。門限ギリギリに帰ってきた同室者の顔が近年稀にみるぐったりとしたそれだったのだ。思わず、そう声をかけてしまったくらいには。
「大丈夫、大丈夫。生徒会の仕事なんて、中等部でもやらされてたんだし」
「そのわりには顔死んでるけど」
「いや、大丈夫。なんでまだ当選もしてないのに、馬鹿みたいに手伝わされてるんだなんて、誰も思ってないし」
「……あ、そう」
大変だな、としか言いようがなかった。基本的に愚痴も言わないし、顔に不調も出さないやつがこの有様なのだから、忙しさは計り知れない。
本当に四谷の言うとおりだった。高藤はうんざりとネクタイを引き抜いている。乱雑な動作も、表情そのままの声も珍しいと言えば、珍しい。
「というか、あれなんだって。そもそもとして、向原さんのやってた仕事なのに、向原さんじゃなくて篠原さんから引き継がされてる時点で、おかしいと思わない? おまけに最近、成瀬さんいないし、そのせいで篠原さん、若干パンク気味なのか、いろいろ抜けてるし」
「あ」
「ん、なに?」
「いや、たいした話じゃなかったんだけど。今日、三限目が移動教室だったんだけどさ。そのときに成瀬さん見たなと思って」
「……どこで?」
うんざりを通り越した嫌そうな声に、言わなければよかったかなと思ったものの、やっぱり気のせいでしたと言うのも嘘くさい。
簡単に説明すると、高藤の声がさらに低くなった。
「なにやってんだ、あの人。さぼりかよ」
「あ、でも、さぼりって決まったわけでも」
まぁ、たしかに、授業が始まる直前の時間ではあったのだけれど。半ば反射で擁護に走った行人に、「いや、さぼりだから」と高藤が断言する。
「そこ、おまえは行くなよ。本当にあんまり人が行かないところだから。あの人、昔からそういう誰の目にも付かないところ探すの抜群にうまいんだよ。それでよくさぼってる」
「そう、なんだ」
「そうなの。もう、本当……、それこそ、この学園に入る前からの話だから」
溜息まじりに、高藤は続けた。だから気にするな、というように。
「人に囲まれるのに疲れるっていうのもあるんだろうけど、たまにそうやってふっと姿を消すんだよね。探して来いって頼まれるうちに、俺まで見つけるのうまくなっちゃって」
そうなんだな、ともう一度頷く。忙しかったのはあの人も同じだろうし、ひとりになりたいときもあるだろう。目立つ人だから、人の目が気になるという気持ちもよくわかる。でも。
――それだけじゃない、よな。きっと。
内心でだけ、行人はそう思い直した。数週間前の自分なら、考えもしなかったようなことだ。身体のことを思えば、そういった――人の目のない場所を見つけておくことは大切なことなのだ。
なにもなければそれに越したことはないが、自分たちには、なにがあるかわからない。あのときが、そうだったように。
「まぁ、べつにそれはいいんだけど。疲れてるのも事実だろうし。でも、なにやってんだろうな、本当に」
「なにって、おまえがさぼりって言ってたんじゃん」
「いや、……うん、そうだな。そうだった」
あれだけはっきりと言い切っておいて、なにをいまさら。
中途半端に濁されて、行人は声を尖らせた。そんなふうに言われたら、気になってしかたがない。
「なんだよ、その言い方」
「あー……、おまえが見たのはそうだったと思うんだけど、それ以外にも多いんだよ。最近ふらっといなくなることが。また妙なことしてないといいけど」
誤魔化すことも面倒になったのかもしれない。溜息まじりに高藤は訳を話した。妙なこと、という表現に、眉間にむっと皺が寄る。妙なことって、なんだ。
「いや、……あー、まぁ、いいや。だから、その、裏工作というか、そういうこと。向原さんが抜群にうまかったんだけどね、本当は」
今はいないから、というような苦笑ひとつで、黙ったままの行人に言い聞かせるように続ける。
「あのね。おまえは、あの人のことまっとうな王子様みたいに思ってるんだろうけど、そんなまっしろないい人じゃないよ。悪い人でもないけど」
「……わかってる」
「本当に? まぁ、いいけど」
「わかってるって」
苛立ちまぎれのそれに、高藤が小さく笑った。どこか自嘲気味に。
11
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる