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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅦ ⑤
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「柏木に心配されてるって、相当だろ。あいつら、基本的に相性悪いのに」
同じ寮の同級生たちのことを楽しそうに話しているのを聞きながら、本のページを繰る。
口を挟みたいと思うほどの興味は抱けなかったが、うるさいとも思わなかった。昔の自分なら、そんなふうには思わなかっただろうし、そもそもとして、こんな集まりに顔を出すこともなかったはずだ。
だから、昔の自分を知る篠原が、「変わった」と評することも、間違ってはいないのだろう。いつのまにか、そう認めざるをえなくなってしまった。
「茅野は、柏木の心配してるだけで悪気はないんだと思うけどな。ちょっと……なんていうか、やり方が雑だから、柏木の地雷を踏み抜いてるってだけで」
「雑じゃなくて、デリカシーが皆無、らしいぞ。無自覚なのが一番性質が悪いと思わないかって、俺、延々と愚痴聞かされたんだけど」
「よかったじゃん、甘えてるってことだろ」
「よく言うよ。おまえ、そんなことされたことないだろ。去年まで同室だったくせに」
おまえにはいい顔しか見せないから、と篠原は苦笑いしている。柏木は成瀬に気がある、というのは、暗黙の了解のように学内で認知されていた。
誰になにを聞かれても、成瀬は曖昧に笑うだけではっきりとした態度は取らなかったが。
――気がつかないもんだな、本当に。
アルファの比率の高い陵学園においても、ヒエラルキーのトップに君臨しているこの男が、そうではないということに。
なぜ誰も気がつかないのか、はじめて会ったときからずっと疑問だった。今も、はっきりとした理由はわからない。
成瀬本人は、気がついた向原が変なだけで、今まで気取られたことはないと主張していたが、そんなことはないだろうとしか思えなかった。
現に、自分にはオメガにしか見えないのだから。ふとしたときに香る、甘い香りもふくめて。
「なぁ、向原」
呼びかけられて、本から顔を上げる。視線を向けると、にこと成瀬がほほえんだ。
「向原は、やる気ない?」
「やる気って、生徒会か」
巻き込もうとする調子に、応じる声が苦くなる。そういった役職をやろうという気を持ったことは一度もないのだ。
そのことは、成瀬も知っていると思うのだが。
「無理、無理」
口を挟んだのは篠原だった。
「こいつ、昔からそういうこと絶対やらないから」
「やっぱり? 向原、テストとかもぜんぶ絶妙に手ぇ抜いてるもんな。上位数パーセントは維持するけど、トップは取らない、みたいな」
「そう、そう。おまえと違って目立つの嫌いなんだよ、向原は」
「俺だって、べつに好きなわけじゃないんだけど」
「祥平」
そこまでのつもりはなかったのに、助け舟を出したみたいになってしまった。成瀬の顔がわずかにほっとしたようなものになる。
主席入学者として壇上に立っていたこの男を見たとき、似たようなことを思ったことを覚えている。自己顕示欲が強いのだろう、と。けれど、そうではなかったらしいと最近になって知った。
成瀬の場合は、母親から受けた呪縛でしかない。誰にも負けない一番上のアルファであり続けなければいけないという、それ。
「おまえはやりたいのか?」
やる気がなければ、頼みこまれたとしても、どうとでも回避するだろう。その問いかけに、成瀬は予想よりもずっと素直に頷いてみせた。
同じ寮の同級生たちのことを楽しそうに話しているのを聞きながら、本のページを繰る。
口を挟みたいと思うほどの興味は抱けなかったが、うるさいとも思わなかった。昔の自分なら、そんなふうには思わなかっただろうし、そもそもとして、こんな集まりに顔を出すこともなかったはずだ。
だから、昔の自分を知る篠原が、「変わった」と評することも、間違ってはいないのだろう。いつのまにか、そう認めざるをえなくなってしまった。
「茅野は、柏木の心配してるだけで悪気はないんだと思うけどな。ちょっと……なんていうか、やり方が雑だから、柏木の地雷を踏み抜いてるってだけで」
「雑じゃなくて、デリカシーが皆無、らしいぞ。無自覚なのが一番性質が悪いと思わないかって、俺、延々と愚痴聞かされたんだけど」
「よかったじゃん、甘えてるってことだろ」
「よく言うよ。おまえ、そんなことされたことないだろ。去年まで同室だったくせに」
おまえにはいい顔しか見せないから、と篠原は苦笑いしている。柏木は成瀬に気がある、というのは、暗黙の了解のように学内で認知されていた。
誰になにを聞かれても、成瀬は曖昧に笑うだけではっきりとした態度は取らなかったが。
――気がつかないもんだな、本当に。
アルファの比率の高い陵学園においても、ヒエラルキーのトップに君臨しているこの男が、そうではないということに。
なぜ誰も気がつかないのか、はじめて会ったときからずっと疑問だった。今も、はっきりとした理由はわからない。
成瀬本人は、気がついた向原が変なだけで、今まで気取られたことはないと主張していたが、そんなことはないだろうとしか思えなかった。
現に、自分にはオメガにしか見えないのだから。ふとしたときに香る、甘い香りもふくめて。
「なぁ、向原」
呼びかけられて、本から顔を上げる。視線を向けると、にこと成瀬がほほえんだ。
「向原は、やる気ない?」
「やる気って、生徒会か」
巻き込もうとする調子に、応じる声が苦くなる。そういった役職をやろうという気を持ったことは一度もないのだ。
そのことは、成瀬も知っていると思うのだが。
「無理、無理」
口を挟んだのは篠原だった。
「こいつ、昔からそういうこと絶対やらないから」
「やっぱり? 向原、テストとかもぜんぶ絶妙に手ぇ抜いてるもんな。上位数パーセントは維持するけど、トップは取らない、みたいな」
「そう、そう。おまえと違って目立つの嫌いなんだよ、向原は」
「俺だって、べつに好きなわけじゃないんだけど」
「祥平」
そこまでのつもりはなかったのに、助け舟を出したみたいになってしまった。成瀬の顔がわずかにほっとしたようなものになる。
主席入学者として壇上に立っていたこの男を見たとき、似たようなことを思ったことを覚えている。自己顕示欲が強いのだろう、と。けれど、そうではなかったらしいと最近になって知った。
成瀬の場合は、母親から受けた呪縛でしかない。誰にも負けない一番上のアルファであり続けなければいけないという、それ。
「おまえはやりたいのか?」
やる気がなければ、頼みこまれたとしても、どうとでも回避するだろう。その問いかけに、成瀬は予想よりもずっと素直に頷いてみせた。
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