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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅤ ②
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「なんだ、いろいろって」
出て行った瞬間に、篠原が思わずといったふうにぼやいた。先ほどまでの優しげな声が嘘みたいなそれだ。
「なんかさ」
「なんだよ」
「おまえとの付き合いも六年目だけど、あんな気持ち悪い猫なで声はじめて聞いたな、と思って」
「……悪かったな」
バツの悪い顔で呟いてから、篠原が書類をペンで叩く。苛々しているときの手癖だ。と思っているうちに、愚痴のボルテージが上がった。
「というかな、俺だって好きで出してるんじゃねぇんだよ。らしくねぇっていう自覚もあるに決まってるだろ。でもなぁ」
心底嫌そうな溜息が生徒会室に響いた。ついで、金に近い派手な髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる音。
「俺がちょっとでもあれな声出すと、あいつ、あのでっかい目にじわって涙浮かべんだぞ?」
まぁ、おまえ、生徒会役員っていうより不良みたいなもんな、と言う代わりに、「へぇ」とだけ相槌を打つ。見た目がどうのこうの程度で水城が怖がるとは思えなかったからだ。
「それで、まぁ、俺が怖いって言うくらいならいいけど。いや、よくはねぇけど。生徒会はみんな怖い、みんな僕のこと嫌いなんだってめそめそ訴えるんだぞ。長峰に」
容易な想像に笑ってしまったのだが、篠原は苦り切った顔のままだった。
「どうしろってんだよ、俺に。全方位から好かれる人間なんているわけないだろうが」
「でも、それじゃ嫌なんだろ、水城は」
自分が一番じゃないと気に食わない人間の存在は、身を持って知っている。淡々と応じると、またペン先が書類を叩き出した。
苛立っている原因は、水城の来訪だけではないとは思うが。
「それはそうとしても。……っつか、俺より向原のほうがよっぽど怖いだろ。あいつの場合、怖いのは顔じゃなくて雰囲気だけど」
たしかに、いかにも近寄りがたくさせてるのは表情と立ち居振る舞いだな。顔立ち自体はそう怖いわけでもない。内心でのみ同意して、続きに取りかかる。
人がひとりいなくなれば、その分だけの作業量は増えるのだ。切りがいいところまで終わらせてくれていったみたいだけれど。
「あっちにはけろっとした顔ですり寄ってるくせに、なんで俺ばっかり」
「なんだ。篠原も水城に迫られたかったのか?」
「あのな」
先ほどの比ではなくトーンの下がった声だった。
「というかな。おまえ、どうする気だよ」
「どうする気って?」
顔も上げないまま、成瀬は応じた。
「水城じゃねぇけど、最近あいつずっと風紀のとこにいるだろ」
「風紀じゃなくて、水城のところっていう可能性もあると思うけど。同じ場所なんだし」
より一層大きな音を立てたペンが床に落ちた。しかたなく成瀬は手を止めて、視線を向けた。これ以上苛立たせる気は、べつにない。
「わかってんだろ、おまえも」
「なにをわかってるのかは知らないけど。でも、そうだな。俺がなにか言ったとしても、向原は意見を変えないってのはわかるよ」
決めたことをそう易々と覆す男ではない。一昼夜で決めたことではないだろうから、余計に。
そう言うと、篠原が舌を打った。
「おまえが悪い」
「……」
「細かい事情は知らねぇし、なにがあったのかも知らねぇけど。それでもな、おまえとあいつが揉めたっていうなら、九割九分おまえが悪い」
「俺もそう思うよ」
きつい視線をまっすぐ見返して、にこりとほほえむ。返す言葉はないと思っていることも本当だし、自分に原因があるということもよくよくわかっていた。
だからと言って、修繕しようとは思えない、というだけで。またひとつ小さく舌打ちをして、篠原が視線を外した。
そうしてから、拾ったペンをくるくると回し始める。気分を静めるかのように。
ーーべつに、言いたいことがあるならぜんぶ吐き出してくれてもいいんだけどな。
そのすべてに真摯に答えることはできないが、聞くくらいのことをするつもりはある。
結局、篠原は自身で落ち着けた声音でこう続けた。
「っつか、なんで、そういうとこだけ腹立つほど受け身なんだよ、おまえは」
「そんなことないと思うけど」
「何回もやめろって言っただろ、それも。本当、おまえも人の話聞かねぇよな」
だからこうなったんだろうと言わんばかりの調子に、はは、と小さく成瀬は笑った。そのとおりだ。
むしろよくこれだけの長い期間続いた、というほうが正しいのかもしれない。
出て行った瞬間に、篠原が思わずといったふうにぼやいた。先ほどまでの優しげな声が嘘みたいなそれだ。
「なんかさ」
「なんだよ」
「おまえとの付き合いも六年目だけど、あんな気持ち悪い猫なで声はじめて聞いたな、と思って」
「……悪かったな」
バツの悪い顔で呟いてから、篠原が書類をペンで叩く。苛々しているときの手癖だ。と思っているうちに、愚痴のボルテージが上がった。
「というかな、俺だって好きで出してるんじゃねぇんだよ。らしくねぇっていう自覚もあるに決まってるだろ。でもなぁ」
心底嫌そうな溜息が生徒会室に響いた。ついで、金に近い派手な髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる音。
「俺がちょっとでもあれな声出すと、あいつ、あのでっかい目にじわって涙浮かべんだぞ?」
まぁ、おまえ、生徒会役員っていうより不良みたいなもんな、と言う代わりに、「へぇ」とだけ相槌を打つ。見た目がどうのこうの程度で水城が怖がるとは思えなかったからだ。
「それで、まぁ、俺が怖いって言うくらいならいいけど。いや、よくはねぇけど。生徒会はみんな怖い、みんな僕のこと嫌いなんだってめそめそ訴えるんだぞ。長峰に」
容易な想像に笑ってしまったのだが、篠原は苦り切った顔のままだった。
「どうしろってんだよ、俺に。全方位から好かれる人間なんているわけないだろうが」
「でも、それじゃ嫌なんだろ、水城は」
自分が一番じゃないと気に食わない人間の存在は、身を持って知っている。淡々と応じると、またペン先が書類を叩き出した。
苛立っている原因は、水城の来訪だけではないとは思うが。
「それはそうとしても。……っつか、俺より向原のほうがよっぽど怖いだろ。あいつの場合、怖いのは顔じゃなくて雰囲気だけど」
たしかに、いかにも近寄りがたくさせてるのは表情と立ち居振る舞いだな。顔立ち自体はそう怖いわけでもない。内心でのみ同意して、続きに取りかかる。
人がひとりいなくなれば、その分だけの作業量は増えるのだ。切りがいいところまで終わらせてくれていったみたいだけれど。
「あっちにはけろっとした顔ですり寄ってるくせに、なんで俺ばっかり」
「なんだ。篠原も水城に迫られたかったのか?」
「あのな」
先ほどの比ではなくトーンの下がった声だった。
「というかな。おまえ、どうする気だよ」
「どうする気って?」
顔も上げないまま、成瀬は応じた。
「水城じゃねぇけど、最近あいつずっと風紀のとこにいるだろ」
「風紀じゃなくて、水城のところっていう可能性もあると思うけど。同じ場所なんだし」
より一層大きな音を立てたペンが床に落ちた。しかたなく成瀬は手を止めて、視線を向けた。これ以上苛立たせる気は、べつにない。
「わかってんだろ、おまえも」
「なにをわかってるのかは知らないけど。でも、そうだな。俺がなにか言ったとしても、向原は意見を変えないってのはわかるよ」
決めたことをそう易々と覆す男ではない。一昼夜で決めたことではないだろうから、余計に。
そう言うと、篠原が舌を打った。
「おまえが悪い」
「……」
「細かい事情は知らねぇし、なにがあったのかも知らねぇけど。それでもな、おまえとあいつが揉めたっていうなら、九割九分おまえが悪い」
「俺もそう思うよ」
きつい視線をまっすぐ見返して、にこりとほほえむ。返す言葉はないと思っていることも本当だし、自分に原因があるということもよくよくわかっていた。
だからと言って、修繕しようとは思えない、というだけで。またひとつ小さく舌打ちをして、篠原が視線を外した。
そうしてから、拾ったペンをくるくると回し始める。気分を静めるかのように。
ーーべつに、言いたいことがあるならぜんぶ吐き出してくれてもいいんだけどな。
そのすべてに真摯に答えることはできないが、聞くくらいのことをするつもりはある。
結局、篠原は自身で落ち着けた声音でこう続けた。
「っつか、なんで、そういうとこだけ腹立つほど受け身なんだよ、おまえは」
「そんなことないと思うけど」
「何回もやめろって言っただろ、それも。本当、おまえも人の話聞かねぇよな」
だからこうなったんだろうと言わんばかりの調子に、はは、と小さく成瀬は笑った。そのとおりだ。
むしろよくこれだけの長い期間続いた、というほうが正しいのかもしれない。
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