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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅣ ⑤
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「あの、さ」
悩みながらも、行人は顔を上げた。
「ついでに、もうひとつ聞きたいんだけど」
「はい、はい。だから、なんでもどうぞってば」
「成瀬さんの家のことなんだけど」
「成瀬さんの?」
成瀬の家の話を聞きたがっているとは想定していなかったのか、怪訝そうに高藤が眉をひそめる。
「その、ちょっと、……なんていうか、どんな感じなのかなと、思って」
高藤が成瀬と幼馴染みだということを知っていても、今まで根掘り葉掘り質問しようと思ったことはなかった。興味本位で情報を収集するのはどうかと思っていた、ということでもあったし、彼らの距離の近さに妬いていた、ということでもあった。けれど。
「いや、あの、べつに、興味本位で聞こうとしてるわけじゃ」
沈黙に耐えかねて言い訳を重ねた行人に、「わかってるよ」と高藤はあっさりと頷いた。
「榛名がそういうことはしないってことくらい」
「え……」
「今のは、ちょっとどこから話したらいいのかなって考えてただけ」
その態度にほっとした半面、むずがゆさも覚えて、ひざ元に視線を落とす。
いいやつなんだよな、と改めて思いながら。
高藤は、基本的にまっすぐな気性をしていると行人はずっと思っていた。アルファという人種は嫌いではあるけれど、高藤は鼻にかけたようなところがひとつもない。穏やかで、誠実で、優しい。
良くも悪くも恵まれて育ってきた人間の匂いがしていて、だから、その高藤と似た雰囲気の成瀬も、勝手にそうなのだろうと思い込んでいた。
「まぁ、あのお母さんのことは知ってると思うんだけど。家全体が、ああいう感じでね。古いと言えばいいのか、お堅いと言えばいいのか。つまり、なんだ。いわゆるところのアルファ至上主義のおうちってやつで」
「アルファ、至上主義……」
高藤がそういう主張を持っているわけではないとわかっていても、気分はよくなかった。ぶっきらぼうに繰り返した行人に、高藤が慌てた顔で言い足す。
「あの、これも知ってると思うけど。成瀬さんはそうじゃないからね」
それはもう知っている。無言で頷くと、安心したように高藤の声が緩んだ。
「あれも一種の反面教師なんだろうね、きっと。……まぁ、でも、成瀬さんは大変だったと思うよ。あんなふうに見えても」
「あんなふうって」
「ほら、あの人、正義感が服を着てるみたいに潔癖なところあるし、あの顔だからさ。恵まれてるというか、しょせんアルファ様だって羨まれたり、僻まれたりすることも多いんだけど」
どんな顔をしていいのか、今度こそわからなかった。ただぎゅっと手のひらを握りしめる。だって、あの人は、アルファではない。
周囲にアルファだと認識されて、あの人自身もアルファとしてふるまって、それがどれほど大変なことだったのか。
わからないわけがない。
「めちゃくちゃ厳しいんだよ、あそこ。成瀬さんは長男だし、男兄弟もほかにいないし。俺の一級上に成瀬さんの妹はいるんだけど、彼女はベータだし」
行人の表情の陰りを過去を聞いた上での純粋な痛みと捉えたのか、とりたてて言及しないまま、高藤は話を継いだ。
「だから、成瀬さんへの期待っていうのも大きかったんだろうけど、小さいころはあの家の人が怖かったな、俺はすごく」
そのなかで、成瀬さんがあれだけまともに育ったのは奇跡に近いと俺は思ってるんだけど、と続けた高藤の声音ににんでいたのは、憐みではなく尊敬だった。
わかったから、ますますなにも言えなかった。
「まぁ、でも、成瀬さん本人がそれなりに割り切ってると思うからさ。そんな暗い顔しなくていいよ……って、俺が言うことでもないか」
苦笑まじりのそれに、行人はどうにかひとつ頷いた。それしかできそうになかったのだ。
「あと、言わないでね。言わないと思うけど、俺が喋ったって、成瀬さんに」
「……うん」
噛みしめるようにもう一度頷く。
あの人は、そうやって生きてきたのだ、と思い知った気分だった。あたりまえのことではあるけれど、そこに行人が関与する権利はない。
もしあるとしたら。認めたくはないけれど、あの人だけなのかもしれない。
成瀬さんのとなりにいつもいる人。絶対的な支配感を持つ、アルファの上位種。
どうしても気に食わないと思ってしまうけれど、あの人は、ずっと成瀬さんを支えて守り続けてきたのだろうから。
誰にも知られないように。
誰にも壊されないように。
悩みながらも、行人は顔を上げた。
「ついでに、もうひとつ聞きたいんだけど」
「はい、はい。だから、なんでもどうぞってば」
「成瀬さんの家のことなんだけど」
「成瀬さんの?」
成瀬の家の話を聞きたがっているとは想定していなかったのか、怪訝そうに高藤が眉をひそめる。
「その、ちょっと、……なんていうか、どんな感じなのかなと、思って」
高藤が成瀬と幼馴染みだということを知っていても、今まで根掘り葉掘り質問しようと思ったことはなかった。興味本位で情報を収集するのはどうかと思っていた、ということでもあったし、彼らの距離の近さに妬いていた、ということでもあった。けれど。
「いや、あの、べつに、興味本位で聞こうとしてるわけじゃ」
沈黙に耐えかねて言い訳を重ねた行人に、「わかってるよ」と高藤はあっさりと頷いた。
「榛名がそういうことはしないってことくらい」
「え……」
「今のは、ちょっとどこから話したらいいのかなって考えてただけ」
その態度にほっとした半面、むずがゆさも覚えて、ひざ元に視線を落とす。
いいやつなんだよな、と改めて思いながら。
高藤は、基本的にまっすぐな気性をしていると行人はずっと思っていた。アルファという人種は嫌いではあるけれど、高藤は鼻にかけたようなところがひとつもない。穏やかで、誠実で、優しい。
良くも悪くも恵まれて育ってきた人間の匂いがしていて、だから、その高藤と似た雰囲気の成瀬も、勝手にそうなのだろうと思い込んでいた。
「まぁ、あのお母さんのことは知ってると思うんだけど。家全体が、ああいう感じでね。古いと言えばいいのか、お堅いと言えばいいのか。つまり、なんだ。いわゆるところのアルファ至上主義のおうちってやつで」
「アルファ、至上主義……」
高藤がそういう主張を持っているわけではないとわかっていても、気分はよくなかった。ぶっきらぼうに繰り返した行人に、高藤が慌てた顔で言い足す。
「あの、これも知ってると思うけど。成瀬さんはそうじゃないからね」
それはもう知っている。無言で頷くと、安心したように高藤の声が緩んだ。
「あれも一種の反面教師なんだろうね、きっと。……まぁ、でも、成瀬さんは大変だったと思うよ。あんなふうに見えても」
「あんなふうって」
「ほら、あの人、正義感が服を着てるみたいに潔癖なところあるし、あの顔だからさ。恵まれてるというか、しょせんアルファ様だって羨まれたり、僻まれたりすることも多いんだけど」
どんな顔をしていいのか、今度こそわからなかった。ただぎゅっと手のひらを握りしめる。だって、あの人は、アルファではない。
周囲にアルファだと認識されて、あの人自身もアルファとしてふるまって、それがどれほど大変なことだったのか。
わからないわけがない。
「めちゃくちゃ厳しいんだよ、あそこ。成瀬さんは長男だし、男兄弟もほかにいないし。俺の一級上に成瀬さんの妹はいるんだけど、彼女はベータだし」
行人の表情の陰りを過去を聞いた上での純粋な痛みと捉えたのか、とりたてて言及しないまま、高藤は話を継いだ。
「だから、成瀬さんへの期待っていうのも大きかったんだろうけど、小さいころはあの家の人が怖かったな、俺はすごく」
そのなかで、成瀬さんがあれだけまともに育ったのは奇跡に近いと俺は思ってるんだけど、と続けた高藤の声音ににんでいたのは、憐みではなく尊敬だった。
わかったから、ますますなにも言えなかった。
「まぁ、でも、成瀬さん本人がそれなりに割り切ってると思うからさ。そんな暗い顔しなくていいよ……って、俺が言うことでもないか」
苦笑まじりのそれに、行人はどうにかひとつ頷いた。それしかできそうになかったのだ。
「あと、言わないでね。言わないと思うけど、俺が喋ったって、成瀬さんに」
「……うん」
噛みしめるようにもう一度頷く。
あの人は、そうやって生きてきたのだ、と思い知った気分だった。あたりまえのことではあるけれど、そこに行人が関与する権利はない。
もしあるとしたら。認めたくはないけれど、あの人だけなのかもしれない。
成瀬さんのとなりにいつもいる人。絶対的な支配感を持つ、アルファの上位種。
どうしても気に食わないと思ってしまうけれど、あの人は、ずっと成瀬さんを支えて守り続けてきたのだろうから。
誰にも知られないように。
誰にも壊されないように。
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