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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅣ ③
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「そうなんだ。知らなかった」
「うん、まぁ、でも、本当に噂だから」
気になるなら、風紀のこと聞くついでに会長に聞いてみたら、と簡単に提案した四谷が、近づいてきた足音に笑顔を向ける。
「あ、ありがとね、岡。――って、どうかしたの?」
その声に、行人も視線を上げる。岡は、たしかに「どうかしたの」と聞きたくなる顔をしていた。
「あぁ、いや、さっき聞いたんだけど、ちょっとびっくりしちゃって。向原先輩、生徒会辞めたんだってさ」
「え?」
四谷が思わずというふうに高い声を出す。
「っていうか、本当なの、それ」
「さすがに、そんなデマは流れないと思うよ。俺に教えてくれたやつも、生徒会の二年から聞いたって言ってたから。なんか、篠原先輩も朝から生徒会室で頭抱えてるらしいし」
なんで、どうして、という疑問だけが、胸の中でぐるぐると渦巻いていた。なにも言えないまま、ふたりのやりとりを聞き漏らすまいとする。
なんで。心臓が早鐘のように脈打っていた。もしかして、昨日のことが原因だろうか。
――いや、違う。
そんなわけはない、と自分の考えを一蹴する。あの人が、俺がなにかやらかしたくらいで、行動を起こすとは思えない。だって、あの人の行動基準は、俺でもわかるくらい、いつもひとつだったのだ。
だから、と行人はぎゅっと指先を握りしめた。
なにかがあったのだ。自分の知らない、なにかが。そう思うと、居ても立っても居られなかった。自分が心配する必要はないとわかってはいたけれど。
「大丈夫、かな」
半ば無意識で零れ落ちたそれに、四谷と岡が顔を見合わせる。行人と同じように心配している、というよりは、どう言えばいいのだろうと迷っているような態度。
目を瞬かせると、四谷がなんとも言えない表情のまま笑った。
「なんていうか、榛名は本当に会長のことが好きだよね」
「え? でも、あの、好きは好きだけど。その、……憧れっていうか」
「わかってるけど」
言い訳を両断するように、四谷が言う。
「高藤も重々わかってると思うけど。でも、いい気分はしないでしょ。だから高藤の前では言わないであげなよ。今までとは違うんだから」
「でも、高藤と成瀬さん幼馴染みだし……って、知ってたっけ?」
「知ってるけど。というか、会長に隠す気がないから、高藤がいくら秘密にしようとしたところで知ってるやつは知ってると思うけど。――いや、だから、そういう話でもなくて」
苛立ったように語気の強まった声に、行人はきょとんとしてしまった。
「好きな相手に誰かと比べられるようなことされて、喜ぶ人間なんていないって言ってるんだけど」
「あ……、うん」
そういうことか、と慌てて頷く。そうだった。高藤は自分を好きだということになっているのだった。
それは、まぁ、たしかにいい気はしないかもしれない。
「その比較対象が誰かとかは関係ないし。というか、逆に身近な人間と比べられるほうが精神的にきついんじゃないの?」
やりとりを見守っていた岡が、「それはちょっとわかる」と笑いながら口を挟んできた。
「俺も兄貴と比べられるのが一番嫌だもん」
「そうだ。岡、お兄さんいるんじゃん。三年生でしょ? ちょっと今聞いてきてよ、昼休みなんだし」
「いや、いや。うちの兄貴は、会長たちの華やかな世界とは無縁のところで生活してるから。クラスも違うし、寮も葵だし。寮に戻ってから寮長か会長に聞くのが絶対確実」
特進科と普通科じゃ空気も格も違うから、と苦笑いで、四谷の女王様のお願いを断っている。
その様子をぼんやりとみつめながら、これがふつうの友達ってやつだよなぁ、と行人は考えていた。四谷もそれ以上ごねるでもなく、そうだよねの一言で話を終わらせている。そういうもののはずなのだ。
やはり、そういう意味では、水城の周囲は不健全に思える。ハルちゃんのお願いならなんでも聞いてあげる、それが喜びなのだ、とアルファが話しているのを一度聞いたことがあった。中等部にいたころ、そのアルファは、ベータと思しき生徒に居丈高に振舞っていたのに。
滑稽だとも思ったけれど、薄気味悪いとも思った。だからこそ、変わらない高藤の態度に安堵したのだった。
――そういや、あいつ、今朝やたら成瀬さんの名前出してたっけ。
芋づる式に思い出したそれに、眉をひそめる。四谷が諭したように、「好きな相手」から比較されるようなことを言われて気にしたこら、ではないだろうけれど。
成瀬さんじゃなくて悪いけど、とか。そもそもで言えば、昨日も、と記憶を掘り返したところで、行人ははっとした。
「うん、まぁ、でも、本当に噂だから」
気になるなら、風紀のこと聞くついでに会長に聞いてみたら、と簡単に提案した四谷が、近づいてきた足音に笑顔を向ける。
「あ、ありがとね、岡。――って、どうかしたの?」
その声に、行人も視線を上げる。岡は、たしかに「どうかしたの」と聞きたくなる顔をしていた。
「あぁ、いや、さっき聞いたんだけど、ちょっとびっくりしちゃって。向原先輩、生徒会辞めたんだってさ」
「え?」
四谷が思わずというふうに高い声を出す。
「っていうか、本当なの、それ」
「さすがに、そんなデマは流れないと思うよ。俺に教えてくれたやつも、生徒会の二年から聞いたって言ってたから。なんか、篠原先輩も朝から生徒会室で頭抱えてるらしいし」
なんで、どうして、という疑問だけが、胸の中でぐるぐると渦巻いていた。なにも言えないまま、ふたりのやりとりを聞き漏らすまいとする。
なんで。心臓が早鐘のように脈打っていた。もしかして、昨日のことが原因だろうか。
――いや、違う。
そんなわけはない、と自分の考えを一蹴する。あの人が、俺がなにかやらかしたくらいで、行動を起こすとは思えない。だって、あの人の行動基準は、俺でもわかるくらい、いつもひとつだったのだ。
だから、と行人はぎゅっと指先を握りしめた。
なにかがあったのだ。自分の知らない、なにかが。そう思うと、居ても立っても居られなかった。自分が心配する必要はないとわかってはいたけれど。
「大丈夫、かな」
半ば無意識で零れ落ちたそれに、四谷と岡が顔を見合わせる。行人と同じように心配している、というよりは、どう言えばいいのだろうと迷っているような態度。
目を瞬かせると、四谷がなんとも言えない表情のまま笑った。
「なんていうか、榛名は本当に会長のことが好きだよね」
「え? でも、あの、好きは好きだけど。その、……憧れっていうか」
「わかってるけど」
言い訳を両断するように、四谷が言う。
「高藤も重々わかってると思うけど。でも、いい気分はしないでしょ。だから高藤の前では言わないであげなよ。今までとは違うんだから」
「でも、高藤と成瀬さん幼馴染みだし……って、知ってたっけ?」
「知ってるけど。というか、会長に隠す気がないから、高藤がいくら秘密にしようとしたところで知ってるやつは知ってると思うけど。――いや、だから、そういう話でもなくて」
苛立ったように語気の強まった声に、行人はきょとんとしてしまった。
「好きな相手に誰かと比べられるようなことされて、喜ぶ人間なんていないって言ってるんだけど」
「あ……、うん」
そういうことか、と慌てて頷く。そうだった。高藤は自分を好きだということになっているのだった。
それは、まぁ、たしかにいい気はしないかもしれない。
「その比較対象が誰かとかは関係ないし。というか、逆に身近な人間と比べられるほうが精神的にきついんじゃないの?」
やりとりを見守っていた岡が、「それはちょっとわかる」と笑いながら口を挟んできた。
「俺も兄貴と比べられるのが一番嫌だもん」
「そうだ。岡、お兄さんいるんじゃん。三年生でしょ? ちょっと今聞いてきてよ、昼休みなんだし」
「いや、いや。うちの兄貴は、会長たちの華やかな世界とは無縁のところで生活してるから。クラスも違うし、寮も葵だし。寮に戻ってから寮長か会長に聞くのが絶対確実」
特進科と普通科じゃ空気も格も違うから、と苦笑いで、四谷の女王様のお願いを断っている。
その様子をぼんやりとみつめながら、これがふつうの友達ってやつだよなぁ、と行人は考えていた。四谷もそれ以上ごねるでもなく、そうだよねの一言で話を終わらせている。そういうもののはずなのだ。
やはり、そういう意味では、水城の周囲は不健全に思える。ハルちゃんのお願いならなんでも聞いてあげる、それが喜びなのだ、とアルファが話しているのを一度聞いたことがあった。中等部にいたころ、そのアルファは、ベータと思しき生徒に居丈高に振舞っていたのに。
滑稽だとも思ったけれど、薄気味悪いとも思った。だからこそ、変わらない高藤の態度に安堵したのだった。
――そういや、あいつ、今朝やたら成瀬さんの名前出してたっけ。
芋づる式に思い出したそれに、眉をひそめる。四谷が諭したように、「好きな相手」から比較されるようなことを言われて気にしたこら、ではないだろうけれど。
成瀬さんじゃなくて悪いけど、とか。そもそもで言えば、昨日も、と記憶を掘り返したところで、行人ははっとした。
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