パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
116 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ ①

しおりを挟む
[3]


 立場も、関係も、積み上げるまでは一定の時間を要するが、崩れるのはあっというまだ。一瞬で、なにもかもが変わっていってしまう。
 そういうものだということは、知っていた。


「向原先輩はご存じだと思うんですけど、僕のクラスの高藤くん、つがいをつくったんですって」

 誰だと思います、と問いかけてから、うれしそうに、ふふ、と笑う。本物の女みたいだとか、天使みたいだとか、そんなふうなことばかり言っている連中がいることは知っているが、好き勝手に喋られて鬱陶しくはなかったのだろうか。

「榛名くんなんですって。榛名くんのこともご存じですよね。同じ櫻寮なんですから。彼がオメガだってことも、もしかしてご存じでした?」

 あまりのしつこさにちらりと視線を向けると、花のような笑みが浮かぶ。自分の容姿がどういった影響を与えるのか、熟知している表情。

「僕、自分以外のオメガって会ったことなかったから、お友達になれたらうれしいなぁって思ってるんです。今度、櫻寮に遊びに行ってもいいですか?」

 ――これさえなかったら、ここもサボり場所としては悪くねぇんだけどな。

 風紀委員会室は、なにをしていてもほうっておいてくれるから居心地は悪くなかったのだ。この「お姫様」さえいなければ。
 問いかけには答えず、手元の書籍に視線を戻す。ふつう、人が本を読んでいれば、そう話しかけてこないだろう、と半ば呆れながら。

「そのくらいでやめとけ」

 苦笑いとしか言いようのない調子で、本尾が口を挟んできた。その視線は書類に向かったままだったが、声音は決してきつくはない。

「そうそう食いつかねぇやつだから」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。だからここにいる気なら、ちょっとは黙ってろ」
「はぁい、そうします。でも、僕、本当にうれしいなぁって思ってるんですよ。せっかくみんなと同好会を作ったのに部室がなくて困ってたんです。生徒会はそういうの斡旋してくれないし」

 わざとらしく唇を尖らせた表情から一転、水城がにこりとほほえむ。

「だから、本尾先輩が風紀委員会室を貸すって言ってくれたとき、すごくいい人だなぁって」
「黙ってろって言っただろ。できねぇなら、今日はもう外出てろ。ほら、これ持って生徒会行くんだろ」
「わぁ、ありがとうございます」

 小走りでうれしそうに駆け寄って、水城は書類を受け取っている。おそらくは、同好会の部室の使用申請書なのだろう。

「許可が下りたら、正式にここが同好会の部室になるんですよね。明日は来てもいいんですか?」
「来たけりゃな。ただし、あんまりきゃぴきゃぴ騒ぐなよ。場所は貸してやるって言っても、パーテーション一枚で区切るのがせいぜいなんだ」

 うるさい声は響く、とばかりに本尾は嫌そうな顔を隠さなかったが、水城を見送るほかの風紀委員は軒並みゆるんだ顔をしている。
 閉まったドアと遠ざかる足音を確認してから、向原は思わずぼやいた。

「引き受けるなよ、あんなもん」
「おまえが完全に無視してねぇのと同じ理由だろ。使い道はゼロじゃない」

 あっさりと言ってのけてから、本尾はこうも続けた。

「あのお姫様は、あのお姫様で、そろそろ自分の寮以外の上級生のアルファとのつながりがほしい。俺に媚びれば、風紀と柊が固い。そういうことだろ」

 それはそうだろうけどな、とうんざりとしながら、ページを繰る。多少なりとも引き受けるのなら、その分だけは躾けろよ、と思わなくもないが。

「そういえば、来てたぞ、会長」

 ちらりと視線を向けると、「ここに」と言って、とんとんと指先で机を叩いてみせる。

「茅野も連れてきてたけどな。それで、まぁ、物の見事に、あいつらに都合のいい提案押し付けて帰っていきやがった」
「受けたんだろ、それでも」
「……ま、おもしろいもんも見れたしな」

 含みを持たせた言い方を無視して、本を閉じる。安い挑発だ。

「本尾」

 だから風紀委員会室を出て行く前に呼びかけたのは、ただのガス抜きだった。放置を決め込み過ぎると面倒なことになるということは、経験論で知っている。

「最初に取り決めたとおりだ。俺の邪魔をしないうちは好きにしろよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

主人公は俺狙い?!

suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。 容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。 だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。 朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。 15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。 学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。 彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。 そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、 面倒事、それもBL(多分)とか無理!! そう考え近づかないようにしていた。 そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。 ハプニングだらけの学園生活! BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息 ※文章うるさいです ※背後注意

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

処理中です...