パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ ①

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[3]


 立場も、関係も、積み上げるまでは一定の時間を要するが、崩れるのはあっというまだ。一瞬で、なにもかもが変わっていってしまう。
 そういうものだということは、知っていた。


「向原先輩はご存じだと思うんですけど、僕のクラスの高藤くん、つがいをつくったんですって」

 誰だと思います、と問いかけてから、うれしそうに、ふふ、と笑う。本物の女みたいだとか、天使みたいだとか、そんなふうなことばかり言っている連中がいることは知っているが、好き勝手に喋られて鬱陶しくはなかったのだろうか。

「榛名くんなんですって。榛名くんのこともご存じですよね。同じ櫻寮なんですから。彼がオメガだってことも、もしかしてご存じでした?」

 あまりのしつこさにちらりと視線を向けると、花のような笑みが浮かぶ。自分の容姿がどういった影響を与えるのか、熟知している表情。

「僕、自分以外のオメガって会ったことなかったから、お友達になれたらうれしいなぁって思ってるんです。今度、櫻寮に遊びに行ってもいいですか?」

 ――これさえなかったら、ここもサボり場所としては悪くねぇんだけどな。

 風紀委員会室は、なにをしていてもほうっておいてくれるから居心地は悪くなかったのだ。この「お姫様」さえいなければ。
 問いかけには答えず、手元の書籍に視線を戻す。ふつう、人が本を読んでいれば、そう話しかけてこないだろう、と半ば呆れながら。

「そのくらいでやめとけ」

 苦笑いとしか言いようのない調子で、本尾が口を挟んできた。その視線は書類に向かったままだったが、声音は決してきつくはない。

「そうそう食いつかねぇやつだから」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。だからここにいる気なら、ちょっとは黙ってろ」
「はぁい、そうします。でも、僕、本当にうれしいなぁって思ってるんですよ。せっかくみんなと同好会を作ったのに部室がなくて困ってたんです。生徒会はそういうの斡旋してくれないし」

 わざとらしく唇を尖らせた表情から一転、水城がにこりとほほえむ。

「だから、本尾先輩が風紀委員会室を貸すって言ってくれたとき、すごくいい人だなぁって」
「黙ってろって言っただろ。できねぇなら、今日はもう外出てろ。ほら、これ持って生徒会行くんだろ」
「わぁ、ありがとうございます」

 小走りでうれしそうに駆け寄って、水城は書類を受け取っている。おそらくは、同好会の部室の使用申請書なのだろう。

「許可が下りたら、正式にここが同好会の部室になるんですよね。明日は来てもいいんですか?」
「来たけりゃな。ただし、あんまりきゃぴきゃぴ騒ぐなよ。場所は貸してやるって言っても、パーテーション一枚で区切るのがせいぜいなんだ」

 うるさい声は響く、とばかりに本尾は嫌そうな顔を隠さなかったが、水城を見送るほかの風紀委員は軒並みゆるんだ顔をしている。
 閉まったドアと遠ざかる足音を確認してから、向原は思わずぼやいた。

「引き受けるなよ、あんなもん」
「おまえが完全に無視してねぇのと同じ理由だろ。使い道はゼロじゃない」

 あっさりと言ってのけてから、本尾はこうも続けた。

「あのお姫様は、あのお姫様で、そろそろ自分の寮以外の上級生のアルファとのつながりがほしい。俺に媚びれば、風紀と柊が固い。そういうことだろ」

 それはそうだろうけどな、とうんざりとしながら、ページを繰る。多少なりとも引き受けるのなら、その分だけは躾けろよ、と思わなくもないが。

「そういえば、来てたぞ、会長」

 ちらりと視線を向けると、「ここに」と言って、とんとんと指先で机を叩いてみせる。

「茅野も連れてきてたけどな。それで、まぁ、物の見事に、あいつらに都合のいい提案押し付けて帰っていきやがった」
「受けたんだろ、それでも」
「……ま、おもしろいもんも見れたしな」

 含みを持たせた言い方を無視して、本を閉じる。安い挑発だ。

「本尾」

 だから風紀委員会室を出て行く前に呼びかけたのは、ただのガス抜きだった。放置を決め込み過ぎると面倒なことになるということは、経験論で知っている。

「最初に取り決めたとおりだ。俺の邪魔をしないうちは好きにしろよ」
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