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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ ②
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それなのに、この態度なんだよな。それでも、なんとか溜息は呑み込んだのだ。
「おまえの大好きな成瀬さんじゃなくて申し訳ないけど、俺でも役目は果たせるだから、それで我慢してって」
その代わりのようにして、昨夜からの鬱屈がにじんでしまったが。
はたと気がついたときには、顔を上げた榛名と目が合っていた。怒りだけじゃない、少し傷ついたような顔。
「あー……、ごめ」
「おまえになにがわかんだよ」
「なにがって……、だから」
「おまえと、あの人は違う。ぜんぜん違う」
「違うって、そりゃ違うだろ」
睨みつけてくる視線の強さと、変わらない成瀬への盲信に、謝ろうとしていた気持ちがみるみるとしぼんでいく。
最低限、態度には出さなかったつもりだけれど。
眼中にないと言われたようなものなのにすごい根性だな、と呆れ半分で皓太は思った。
だって、成瀬は、相手をすることはできないと言ったのだ。つまり、あれだけかわいがっておきながら、結局のところ「ただの後輩」でしかなかった、ということで。
それは、まぁ百歩譲っていいと思うけど。ただ、とも思う。
――榛名が自分のこと好きだって知ってて、俺を宛がおうとしたのは、さすがにどうなんだよ。
本当に、その無神経な人と自分のどこがそれほど大きく違うというのか。聞いてみたいような気もしたが、皓太は懐柔に舵を切り直した。
学校に行くというのなら、そろそろ出ないといけない時間だった。
「気に障ったんだったら謝るけど。とにかく、おまえがこれからもこの部屋で過ごすって決めたんなら、柏木先輩が上げた条件は守れよな。あれ、寮生委員会の総意」
反論は、さすがになかった。ほっとした半面、ちくりと良心が痛む。なんだか、権力を笠に着た気分だ。……というか、主語をでかくしすぎてしまった。
「表面上だけでいいんだから、べつに問題ないだろ」
罪悪感から言葉尻を和らげると、榛名がためらいがちに問いかけてきた。
「おまえは……」
「ん? 俺は、なに?」
先ほどの苛烈さが嘘のような、静かな声音だった。
「おまえはそれでいいのかよ」
「それは、もちろん」
「もちろんって、おまえになんの得もないだろ」
「でも、榛名にはあるだろ」
できるだけあっさりと、そう告げる。その瞳に浮かんだ動揺には気がつかないふりで、皓太は頷いてみせた。
「だから、大丈夫。それに、最初に茅野さんにいいって言ったの、俺だし」
茅野に提案されなくても、もしかしたら自分から手を上げていたかもしれない。
成瀬に譲られたときは正直腹立たしかったが、ほかの誰かに譲る気にはなれなかったからだ。
はじめてアルファに生まれてよかった、とさえ思った。壁になれるのは、自分がアルファだからだ。
「そういうわけだから、変に気にしなくていいよ」
「……でも」
「でも、でもっておまえが言ったところで、もう決まったことなんだし。もっと肩の力抜いて、俺のこと利用してやるくらいの気持ちでいたら?」
そんな器用な真似はできないだろうとわかっていたが、必要以上に思い詰めてほしくなかった。だから、軽い調子を装って笑った。
第二の性が不特定多数の人間にバレたのもショックだったろうし、成瀬に受け入れてもらえなかったこともショックだったろうが、旧校舎での一件のショックは大きかったにちがいない。
三年前、似たようなことが寮であったとき、榛名はしばらくのあいだ眠れないでいたようだったから。
あのときは犯人たちがいなくなったから立ち直りやすかっただろうが、今度はそうはいかない。
周囲にオメガだと周囲に思われながらも、卒業するまで生活していかなければならないのだ。だから、せめて、少しでも助けになりたいと思っている。
それが、たとえ榛名にとって不本意なかたちであったとしても。
「そろそろ出ないと遅れるかも。出れる?」
切り替えて、皓太も鞄を手に取った。今までは時間が合えば一緒に行くこともあるという程度で、基本的に通学は別々だった。
けれど、「つがい」だというのなら、一緒に行くほうが自然なはずだ。実際には自分たちは「違う」のだ。「そう」であるように見せるためには、わかりやすい言動で示していくしかない。
それが、昨日の夜に、茅野と話して決めたことのひとつだった。
「……行ける」
一緒に行動したほうがいいということは、わかってはいるらしい。表情のほうは、仏頂面と言って差し支えのないものだったが。
――ここを出たら、「つがい」なんだから、もうちょっとらしい顔できねぇの、って言ってやってもいいなら、言ってやりたいくらいだけど。
そうとも思うし、皓太にだって不満はある。けれど、助けになってやりたいという思いや、思い詰めないでほしいという気持ちのほうが割合として大きいのだ。
だから、言う気にはなれなかった。
相手が成瀬だったら、なにを言われずともうれしそうな顔をするだろうに、とは、どうしても考えてしまったけれど。
溜息と一緒に鬱憤を呑み込んで、皓太は扉に手をかけた。
「おまえの大好きな成瀬さんじゃなくて申し訳ないけど、俺でも役目は果たせるだから、それで我慢してって」
その代わりのようにして、昨夜からの鬱屈がにじんでしまったが。
はたと気がついたときには、顔を上げた榛名と目が合っていた。怒りだけじゃない、少し傷ついたような顔。
「あー……、ごめ」
「おまえになにがわかんだよ」
「なにがって……、だから」
「おまえと、あの人は違う。ぜんぜん違う」
「違うって、そりゃ違うだろ」
睨みつけてくる視線の強さと、変わらない成瀬への盲信に、謝ろうとしていた気持ちがみるみるとしぼんでいく。
最低限、態度には出さなかったつもりだけれど。
眼中にないと言われたようなものなのにすごい根性だな、と呆れ半分で皓太は思った。
だって、成瀬は、相手をすることはできないと言ったのだ。つまり、あれだけかわいがっておきながら、結局のところ「ただの後輩」でしかなかった、ということで。
それは、まぁ百歩譲っていいと思うけど。ただ、とも思う。
――榛名が自分のこと好きだって知ってて、俺を宛がおうとしたのは、さすがにどうなんだよ。
本当に、その無神経な人と自分のどこがそれほど大きく違うというのか。聞いてみたいような気もしたが、皓太は懐柔に舵を切り直した。
学校に行くというのなら、そろそろ出ないといけない時間だった。
「気に障ったんだったら謝るけど。とにかく、おまえがこれからもこの部屋で過ごすって決めたんなら、柏木先輩が上げた条件は守れよな。あれ、寮生委員会の総意」
反論は、さすがになかった。ほっとした半面、ちくりと良心が痛む。なんだか、権力を笠に着た気分だ。……というか、主語をでかくしすぎてしまった。
「表面上だけでいいんだから、べつに問題ないだろ」
罪悪感から言葉尻を和らげると、榛名がためらいがちに問いかけてきた。
「おまえは……」
「ん? 俺は、なに?」
先ほどの苛烈さが嘘のような、静かな声音だった。
「おまえはそれでいいのかよ」
「それは、もちろん」
「もちろんって、おまえになんの得もないだろ」
「でも、榛名にはあるだろ」
できるだけあっさりと、そう告げる。その瞳に浮かんだ動揺には気がつかないふりで、皓太は頷いてみせた。
「だから、大丈夫。それに、最初に茅野さんにいいって言ったの、俺だし」
茅野に提案されなくても、もしかしたら自分から手を上げていたかもしれない。
成瀬に譲られたときは正直腹立たしかったが、ほかの誰かに譲る気にはなれなかったからだ。
はじめてアルファに生まれてよかった、とさえ思った。壁になれるのは、自分がアルファだからだ。
「そういうわけだから、変に気にしなくていいよ」
「……でも」
「でも、でもっておまえが言ったところで、もう決まったことなんだし。もっと肩の力抜いて、俺のこと利用してやるくらいの気持ちでいたら?」
そんな器用な真似はできないだろうとわかっていたが、必要以上に思い詰めてほしくなかった。だから、軽い調子を装って笑った。
第二の性が不特定多数の人間にバレたのもショックだったろうし、成瀬に受け入れてもらえなかったこともショックだったろうが、旧校舎での一件のショックは大きかったにちがいない。
三年前、似たようなことが寮であったとき、榛名はしばらくのあいだ眠れないでいたようだったから。
あのときは犯人たちがいなくなったから立ち直りやすかっただろうが、今度はそうはいかない。
周囲にオメガだと周囲に思われながらも、卒業するまで生活していかなければならないのだ。だから、せめて、少しでも助けになりたいと思っている。
それが、たとえ榛名にとって不本意なかたちであったとしても。
「そろそろ出ないと遅れるかも。出れる?」
切り替えて、皓太も鞄を手に取った。今までは時間が合えば一緒に行くこともあるという程度で、基本的に通学は別々だった。
けれど、「つがい」だというのなら、一緒に行くほうが自然なはずだ。実際には自分たちは「違う」のだ。「そう」であるように見せるためには、わかりやすい言動で示していくしかない。
それが、昨日の夜に、茅野と話して決めたことのひとつだった。
「……行ける」
一緒に行動したほうがいいということは、わかってはいるらしい。表情のほうは、仏頂面と言って差し支えのないものだったが。
――ここを出たら、「つがい」なんだから、もうちょっとらしい顔できねぇの、って言ってやってもいいなら、言ってやりたいくらいだけど。
そうとも思うし、皓太にだって不満はある。けれど、助けになってやりたいという思いや、思い詰めないでほしいという気持ちのほうが割合として大きいのだ。
だから、言う気にはなれなかった。
相手が成瀬だったら、なにを言われずともうれしそうな顔をするだろうに、とは、どうしても考えてしまったけれど。
溜息と一緒に鬱憤を呑み込んで、皓太は扉に手をかけた。
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