パーフェクトワールド

木原あざみ

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第二部

パーフェクト・ワールド・レインⅥ ④

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「五階の様子は見ておいてやるよ」
「悪いな」

 請け負うと、茅野が安心したように表情をゆるませた。返事はせずに、脇をすり抜けてドアを開ける。篠原もだが、この男もなんだかんだと人がいい。身内に対してこれでもかと甘いのだ。
 寮長にぴったりの性格してるよな、と成瀬が評していたことがあったが、向原にはよくわからない。
 篠原にしても、茅野にしてもそうだ。五年という月日を同じ学園で過ごしてきて、それなりに自分のことを知っているはずなのに、なぜ簡単に信用するのか。敵対する側に回ることはないと思い込んでいるのか。
 なにもかも、まったく理解できない。
 本来であれば賑やかな時間帯であるはずの寮内は、しんと静まり返っていた。いつもおおらかな寮長がああして威圧していたのだ。指示どおり部屋に籠もった寮生が大半なのだろう。

 ――それが朝までもてばいいけどな。

 面倒ごとは少ないに越したことはない。甘ったるい匂いの中を突き進みながら、小さく溜息を吐く。この匂いは、どう取り繕ったところで、アルファには毒だ。

「なんで黙ってたんだよ」

 最上階に足を踏み入れたタイミングで聞こえた声は、いつも感情の抑制を利かせている後輩にしては珍しい、きついものだった。

「どうせ成瀬さんは知ってたんだろ。それとも、あの人には言えても俺には言えないって、そういうこと?」

 その声は成瀬の部屋から響いていたが、下級生しかいないようだった。様子を見てきてやると言った手前、介入してやるべきか。
 悩んだ時間は短かった。言葉の応酬は続いているが、榛名のほうがよほどひどい。それでも皓太が手を出す気配は感じられなかった。問題ないと決めつけて、渦中の部屋を通り過ぎる。扉を閉ざしていても、甘い香りはあふれ出ていた。
 発情期のオメガのフェロモンを密室で浴びていることを思えば、立派な態度だ、と半ば場違いに感心する。いっそ健気と言っていいほどだとも思った。残り半分の感情は、呆れでしかなかったけれど。
 この世界では、ヒートのオメガをアルファが襲ったとしても不可抗力だと解される。アルファがいる場所で不用意に発情して誘ったのだから、しかたがない。相手が複数でないだけマシだと、そういったふうに。
 アルファが薬を飲んでオメガに配慮してやろうとする「ここ」が異常なのだ。
 そうだ。自身に言い聞かせるようにして、向原は繰り返した。ここは異常だ。
 時間をかけて成瀬がつくりあげた、異質な楽園。その異常に異を唱える人間がいなかった今までがどうかしていただけで、これから「ふつう」に戻っていく。
 充満する甘い匂いの中を、向原は迷わず進んでいく。どこが発生源なのかわからなくなりそうな濃度だったが、本能が背中を押していた。
 この先にいる。
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