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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅥ ①
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[6]
「なんだ、この騒ぎ」
生徒会室に籠もっていてなお届いたざわめきに、篠原が窓に手を伸ばそうとする。その指先が鍵にかかったのを見とめてから、向原は口を開いた。
「開けないほうがいいぞ」
「え? なんでだよ」
「匂いにやられる」
驚いたように手を止めて、篠原が振り返った。
「匂いって……。マジか」
水城が原因だとでも思ったのか、あからさまに嫌そうな声と顔をしている。その懸念を否定してやると、今度はいぶかしむものに変わった。
「水城じゃねぇって、じゃあどこの誰だよ。余計に面倒じゃねぇか」
「そうかもな」
「なんでそう他人ごとだよ、おまえ」
なんでもなにも、他人ごとだからに決まってるだろ。心の中で応じて、書類を繰る。それなのに、なんでどいつもこいつも感情的になれるんだろうな、と呆れながら。
――まぁ、まだ、篠原のはわからなくないけどな。
オメガが同じ寮で好き勝手にしていれば目につくだろうし、面倒ごとに巻き込まれたくないから距離を置こうと思うことも理解できる。オメガに振り回されるのを良しとしない、まともな判断だとも思う。
わからないのは成瀬だ。ほうっておけばいいのに、いつもいつも自ら火種を拾いに行くのだから。
妙な情けをかけるなと何度も言ったし、やめろとも何度も言った。一度も聞きやしなかったけれど。
「おまえのとこの寮生の噂も、かなり出回ってんだからさ」
だから他人ごとではないとでも言いたいのか、篠原が指折り名前を挙げ始める。今年度になってからというもの、あちらこちらで聞くようになったもの。
「榛名とか、うちの学年だと柏木も言われてたか。あいつ最近機嫌悪いの、絶対そのせいだよな」
茅野が八つ当たりされてたのはちょっと笑ったけど。軽口を叩いてみせたくせに、その声音は重かった。窓の外に目を向けて、眉をひそめる。
「ぜんぶただの噂だって思いたかったけど。面倒なことになりそうだな」
「ただの噂じゃないのも混じってるから、しかたねぇだろ」
「マジかよ。っつか、その言い方……」
「まぁ、これも榛名だしな」
「は?」
頓狂な声を気に留めず、向原は淡々と見解を示した。
そもそもが、あのいかにもオメガといった風貌の後輩が、これまで無事に過ごせていたのは、「この学園にオメガはいない」と思われていたから、というだけのことだ。べつに、なにもおかしいことじゃない。
「騒ぎの元凶。おおかた成瀬が連れ出したんだろ」
そうでなければ、さすがにここまでの騒ぎにはならないだろう。馬鹿だなと思った。これも何度目かしれないけれど。旧校舎で好きにやらせてやったほうが結果的に最小限の被害で収まっただろうに。
「は? 榛名? というか連れ出すって……」
情報処理が追いついたのか篠原が深々と息を吐いた。そうして机の前まで歩み寄ってくる。
「おまえ、まさか、ぜんぶ知ってたとか言わないよな」
「誰も聞かなかっただろうが」
残っていた書類を片づけながら、そのままを答える。手持ちの事務作業をすべて済ませてやったのが、最後の情けのつもりだ。
しばらくは忙殺されるだろうから気の毒の話だな。他人ごとのていで向原は笑った。
「俺が聞かれもしないことを言うと思うか?」
「おまえ、なぁ」
苦り切った声だった。
「なにやった」
「なにもしてねぇよ」
今までしていたことをやめただけで、そしてそれを望んだのは成瀬だ。あっさり言い捨てると、篠原が机に手をついた。書面に暗い影が落ちる。
「なんだ、この騒ぎ」
生徒会室に籠もっていてなお届いたざわめきに、篠原が窓に手を伸ばそうとする。その指先が鍵にかかったのを見とめてから、向原は口を開いた。
「開けないほうがいいぞ」
「え? なんでだよ」
「匂いにやられる」
驚いたように手を止めて、篠原が振り返った。
「匂いって……。マジか」
水城が原因だとでも思ったのか、あからさまに嫌そうな声と顔をしている。その懸念を否定してやると、今度はいぶかしむものに変わった。
「水城じゃねぇって、じゃあどこの誰だよ。余計に面倒じゃねぇか」
「そうかもな」
「なんでそう他人ごとだよ、おまえ」
なんでもなにも、他人ごとだからに決まってるだろ。心の中で応じて、書類を繰る。それなのに、なんでどいつもこいつも感情的になれるんだろうな、と呆れながら。
――まぁ、まだ、篠原のはわからなくないけどな。
オメガが同じ寮で好き勝手にしていれば目につくだろうし、面倒ごとに巻き込まれたくないから距離を置こうと思うことも理解できる。オメガに振り回されるのを良しとしない、まともな判断だとも思う。
わからないのは成瀬だ。ほうっておけばいいのに、いつもいつも自ら火種を拾いに行くのだから。
妙な情けをかけるなと何度も言ったし、やめろとも何度も言った。一度も聞きやしなかったけれど。
「おまえのとこの寮生の噂も、かなり出回ってんだからさ」
だから他人ごとではないとでも言いたいのか、篠原が指折り名前を挙げ始める。今年度になってからというもの、あちらこちらで聞くようになったもの。
「榛名とか、うちの学年だと柏木も言われてたか。あいつ最近機嫌悪いの、絶対そのせいだよな」
茅野が八つ当たりされてたのはちょっと笑ったけど。軽口を叩いてみせたくせに、その声音は重かった。窓の外に目を向けて、眉をひそめる。
「ぜんぶただの噂だって思いたかったけど。面倒なことになりそうだな」
「ただの噂じゃないのも混じってるから、しかたねぇだろ」
「マジかよ。っつか、その言い方……」
「まぁ、これも榛名だしな」
「は?」
頓狂な声を気に留めず、向原は淡々と見解を示した。
そもそもが、あのいかにもオメガといった風貌の後輩が、これまで無事に過ごせていたのは、「この学園にオメガはいない」と思われていたから、というだけのことだ。べつに、なにもおかしいことじゃない。
「騒ぎの元凶。おおかた成瀬が連れ出したんだろ」
そうでなければ、さすがにここまでの騒ぎにはならないだろう。馬鹿だなと思った。これも何度目かしれないけれど。旧校舎で好きにやらせてやったほうが結果的に最小限の被害で収まっただろうに。
「は? 榛名? というか連れ出すって……」
情報処理が追いついたのか篠原が深々と息を吐いた。そうして机の前まで歩み寄ってくる。
「おまえ、まさか、ぜんぶ知ってたとか言わないよな」
「誰も聞かなかっただろうが」
残っていた書類を片づけながら、そのままを答える。手持ちの事務作業をすべて済ませてやったのが、最後の情けのつもりだ。
しばらくは忙殺されるだろうから気の毒の話だな。他人ごとのていで向原は笑った。
「俺が聞かれもしないことを言うと思うか?」
「おまえ、なぁ」
苦り切った声だった。
「なにやった」
「なにもしてねぇよ」
今までしていたことをやめただけで、そしてそれを望んだのは成瀬だ。あっさり言い捨てると、篠原が机に手をついた。書面に暗い影が落ちる。
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