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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅤ ②
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「大丈夫? やっぱり調子……」
「あの、成瀬さん」
問いかけを遮って、行人が顔を上げる。
「俺じゃ駄目ですか」
どういう意味だとは聞けなかった。緊張に染まった瞳はまっすぐに自分を見つめている。正視することができなくて、成瀬はそっと視線を外した。たまらなかったのだ。
なんで、こんなふうにまっすぐに伝えられるのか、わからなかった。成瀬をアルファだと思っているからなのか。そうだとしても、打算なんてきっと――。
「すみません」
空元気の明るい声に、内側に向いていた意識が戻る。向け直した視線の先で、行人は声同様のぎこちない笑みを浮かべていた。
「忘れてください、わかってますから」
かすかに震えている声が、痛々しいほどの健気さを伝えてくる。胸の痛みを無視して、成瀬は申し訳なさそうな顔でほほえんだ。
「ごめんな」
「気にしないでください。俺のほうこそ、時間とってすみませんでした」
ありがとうございました、と言って行人が立ち上がる。その声も顔も、場違いなほどに明るい。
「行人」
呼び止める声に、ドアノブを捻ろうとしていた後輩が振り返った。戸惑いを隠せていない顔に、なにを言うつもりだったのかと軽率な衝動を悔やむ。
俺じゃ、駄目なのに。そういう意味で守ってやることは、どう頑張ってもできやしないのに。
自分はアルファではないということを、今になって痛感した気分だった。
「気をつけて」
そう言うことしか、できなかった。ずるい優しさにまみれた言葉に、ただでさえぎこちなかった笑みが泣き出しそうに歪んだ気がした。それが事実だったのか、罪悪感が見せたものだったのか、判断がつかないうちにドアが閉まる。
「……なにしてんだろうな」
ひとりになった部屋で口をついたのは、そんな自己嫌悪だった。
本当に、なにをしているのか、なにがしたいのか。自分ができそこないのアルファでなければ、あるいは、できそこないのオメガでなければ、こんなことにはならなかっただろうに。
そこまで考えて、やるせない溜息を吐く。
優しいつがいを得ることができたオメガは、幸せになれる。誠実なアルファと巡り会い、愛し愛されたオメガは、きっと幸せに。
おとぎ語のようなことを説く、大人の偽善が嫌いだった。そうだったのに、その心情がわかってしまった。
夢のような確率の話であっても、あの子にはそうなってほしいと思っていたのだ。幸せになってほしい、と。
俺みたいな人間の、どこがいいんだろうな。自嘲でもなんでもなく、心の底からそう思う。いつだったか、篠原も似たようなことを言っていたけれど。
引きずられるようにして思い浮かんだのは、めっきりこの部屋に現れなくなった男の声だった。
――俺のところにしておけばいいもなにも、俺にどうしろって言うんだよ。
なにかあれば言えばいい、となんでもない顔で言ってきたときもそうだった。俺はアルファに庇われたいわけじゃない。アルファと一緒に生きていきたいわけでもない。
ひとりで十分で、なんの問題もない。
そのはずなのに、なぜか壁に視線が向いた。今夜も隣からは物音ひとつしない。最近は、ずっとそうだ。
もう、ずっとそうだ。
「あの、成瀬さん」
問いかけを遮って、行人が顔を上げる。
「俺じゃ駄目ですか」
どういう意味だとは聞けなかった。緊張に染まった瞳はまっすぐに自分を見つめている。正視することができなくて、成瀬はそっと視線を外した。たまらなかったのだ。
なんで、こんなふうにまっすぐに伝えられるのか、わからなかった。成瀬をアルファだと思っているからなのか。そうだとしても、打算なんてきっと――。
「すみません」
空元気の明るい声に、内側に向いていた意識が戻る。向け直した視線の先で、行人は声同様のぎこちない笑みを浮かべていた。
「忘れてください、わかってますから」
かすかに震えている声が、痛々しいほどの健気さを伝えてくる。胸の痛みを無視して、成瀬は申し訳なさそうな顔でほほえんだ。
「ごめんな」
「気にしないでください。俺のほうこそ、時間とってすみませんでした」
ありがとうございました、と言って行人が立ち上がる。その声も顔も、場違いなほどに明るい。
「行人」
呼び止める声に、ドアノブを捻ろうとしていた後輩が振り返った。戸惑いを隠せていない顔に、なにを言うつもりだったのかと軽率な衝動を悔やむ。
俺じゃ、駄目なのに。そういう意味で守ってやることは、どう頑張ってもできやしないのに。
自分はアルファではないということを、今になって痛感した気分だった。
「気をつけて」
そう言うことしか、できなかった。ずるい優しさにまみれた言葉に、ただでさえぎこちなかった笑みが泣き出しそうに歪んだ気がした。それが事実だったのか、罪悪感が見せたものだったのか、判断がつかないうちにドアが閉まる。
「……なにしてんだろうな」
ひとりになった部屋で口をついたのは、そんな自己嫌悪だった。
本当に、なにをしているのか、なにがしたいのか。自分ができそこないのアルファでなければ、あるいは、できそこないのオメガでなければ、こんなことにはならなかっただろうに。
そこまで考えて、やるせない溜息を吐く。
優しいつがいを得ることができたオメガは、幸せになれる。誠実なアルファと巡り会い、愛し愛されたオメガは、きっと幸せに。
おとぎ語のようなことを説く、大人の偽善が嫌いだった。そうだったのに、その心情がわかってしまった。
夢のような確率の話であっても、あの子にはそうなってほしいと思っていたのだ。幸せになってほしい、と。
俺みたいな人間の、どこがいいんだろうな。自嘲でもなんでもなく、心の底からそう思う。いつだったか、篠原も似たようなことを言っていたけれど。
引きずられるようにして思い浮かんだのは、めっきりこの部屋に現れなくなった男の声だった。
――俺のところにしておけばいいもなにも、俺にどうしろって言うんだよ。
なにかあれば言えばいい、となんでもない顔で言ってきたときもそうだった。俺はアルファに庇われたいわけじゃない。アルファと一緒に生きていきたいわけでもない。
ひとりで十分で、なんの問題もない。
そのはずなのに、なぜか壁に視線が向いた。今夜も隣からは物音ひとつしない。最近は、ずっとそうだ。
もう、ずっとそうだ。
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