67 / 484
第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅠ ⑤
しおりを挟む
「かわいそうに。茅野のせいで」
「俺のせいなのか?」
心外そうな声に「おまえのせいでもあるだろ」と応じると、茅野が黙り込んだ。そうしてから、渋々といったていで口を開く。
「まぁ、なんだ。俺が話しかけたせいで、すぐに取りに行けなかったというのなら、俺のせいでもあるのかもしれないな。またなくしたのか?」
「あ、ええと……」
「一度目の責任は、多少なりとも俺にあるようだしな。正直に申告すればそう怒らないから、安心しろと言っておけ」
「いや、またなくしたというわけではないんですけど。ただ、ちょっと気になることがあって。そのことで」
「気になることって、鍵に関することでか?」
穏やかじゃないなと同意を求められて、成瀬も頷く。その話が幼馴染みの表情の陰りに直結しているのだとしたら、なおさらだ。
先輩ふたりの気づかわしげな視線を受けて、皓太が「数日前のことなんですけど」と説明を開始した。
勉強机の鍵付きの引き出しを、行人が妙に気にしていたことがあったらしい。
日中に寮室に戻ってきたかと問いかけられた時点でおかしさを確信したが、行人はなにも話さず、寮長に話を通しておこうかという提案も却下されてしまったという。
「まぁ、あいつの頑固さは今に始まったことじゃないんですけど」
半分諦めた調子で笑ってから、幼馴染みはこう続けた。
「でも、本当になにもないなら、俺に戻ってきたかなんて確認しないだろうし。それで、榛名が前に鍵をなくしてたことを思い出して」
「もしかして、その鍵を拾った誰かが部屋に入ってきたんじゃないかって心配してる?」
「その可能性も、なくはないのかなって」
黙って話を聞いていた茅野が、ちらりと視線を寄こしてきた。なにを考えているのかはだいたいわかったので、目だけで同意を示す。
明確な証拠がないうちから、一年生に不要な心配を与えることはない。同じ思いだったのか、茅野は「そうだな」と努めて軽い調子で頷いた。
「気になるなら、実費にはなるが鍵の付け替えは可能だぞ」
「そんなことできるんですか?」
「もちろんだ。鍵の紛失後に不安だから替えたいという申請が出ることもあるしな」
「なんだ、それなら俺の負担でしようかな」
俺が不安だっていうことにしたらいいし、とひとりごちる横顔からは、暗かった雰囲気は抜け落ちていた。与えられた解決策で、ひとまず納得できたらしい。そのことに成瀬もほっとする。
「皓太の言うとおり、付け替え料で安心が買えるなら安いかもな」
「うん。俺もそう思う。榛名は必要ないって言うだろうけど、俺の負担だから、で押し切るよ。――あ、そうだ、茅野さん」
「なんだ?」
「付け替えの申請が出ることもあるって言ってましたけど。実際に誰かが部屋に入り込んだようなことって、今までにあったんですか?」
「まぁ、いろんな生徒がいるからな。とは言っても、俺の知る限り重大なインシデントが起こったことはないぞ」
安心させるように告げた茅野が、ぽんと皓太の肩を叩く。
「手続きは夜の点呼のあとで教えてやる。そのときでいいか?」
「すみません、お願いします」
気がかりだったから助かりました。そう言って笑みを浮かべた幼馴染みに「よかったな」と応じながらも、成瀬はすっきりとしないものを持て余していた。どうにもタイミングが良すぎるのだ。
あの顔。さきほど目にしたばかりの、天使のほほえみ。
――いつまでもその世界が続けばいいですけど。
「やはり、楓寮の中だけでは納まってくれそうにないな」
皓太と別れ五階に足を踏み入れるなり、茅野の声がトーンダウンする。明るい声から一転した、面倒くさそうなそれ。
皓太にはああ言ったが、茅野も侵入者があったと疑っているのだろう。そして、あったとすれば、その犯人は彼らだろうと。
「どうだろうな」
「なにが、どうだろうな、だ。おまえもそう思っているんだろう。おまえが気に病むだろうから、高藤には言わなかったが」
とんだお姫様だな、とぼやいた茅野が、楓寮のある方向に視線を向けた。窓の奥では、楓寮の明かりがこうこうと光っている。
「水城の一派の仕業だと思っている。違うか?」
いまごろ、あの寮ではなにが行われているのだろうか。アルファをひとり、またひとりと味方に取り込んでいるのだろうか。
意味のない想像を切り捨てて、成瀬は静かにほほえんだ。
「そうじゃなければいいと思っていたところだよ」
「俺のせいなのか?」
心外そうな声に「おまえのせいでもあるだろ」と応じると、茅野が黙り込んだ。そうしてから、渋々といったていで口を開く。
「まぁ、なんだ。俺が話しかけたせいで、すぐに取りに行けなかったというのなら、俺のせいでもあるのかもしれないな。またなくしたのか?」
「あ、ええと……」
「一度目の責任は、多少なりとも俺にあるようだしな。正直に申告すればそう怒らないから、安心しろと言っておけ」
「いや、またなくしたというわけではないんですけど。ただ、ちょっと気になることがあって。そのことで」
「気になることって、鍵に関することでか?」
穏やかじゃないなと同意を求められて、成瀬も頷く。その話が幼馴染みの表情の陰りに直結しているのだとしたら、なおさらだ。
先輩ふたりの気づかわしげな視線を受けて、皓太が「数日前のことなんですけど」と説明を開始した。
勉強机の鍵付きの引き出しを、行人が妙に気にしていたことがあったらしい。
日中に寮室に戻ってきたかと問いかけられた時点でおかしさを確信したが、行人はなにも話さず、寮長に話を通しておこうかという提案も却下されてしまったという。
「まぁ、あいつの頑固さは今に始まったことじゃないんですけど」
半分諦めた調子で笑ってから、幼馴染みはこう続けた。
「でも、本当になにもないなら、俺に戻ってきたかなんて確認しないだろうし。それで、榛名が前に鍵をなくしてたことを思い出して」
「もしかして、その鍵を拾った誰かが部屋に入ってきたんじゃないかって心配してる?」
「その可能性も、なくはないのかなって」
黙って話を聞いていた茅野が、ちらりと視線を寄こしてきた。なにを考えているのかはだいたいわかったので、目だけで同意を示す。
明確な証拠がないうちから、一年生に不要な心配を与えることはない。同じ思いだったのか、茅野は「そうだな」と努めて軽い調子で頷いた。
「気になるなら、実費にはなるが鍵の付け替えは可能だぞ」
「そんなことできるんですか?」
「もちろんだ。鍵の紛失後に不安だから替えたいという申請が出ることもあるしな」
「なんだ、それなら俺の負担でしようかな」
俺が不安だっていうことにしたらいいし、とひとりごちる横顔からは、暗かった雰囲気は抜け落ちていた。与えられた解決策で、ひとまず納得できたらしい。そのことに成瀬もほっとする。
「皓太の言うとおり、付け替え料で安心が買えるなら安いかもな」
「うん。俺もそう思う。榛名は必要ないって言うだろうけど、俺の負担だから、で押し切るよ。――あ、そうだ、茅野さん」
「なんだ?」
「付け替えの申請が出ることもあるって言ってましたけど。実際に誰かが部屋に入り込んだようなことって、今までにあったんですか?」
「まぁ、いろんな生徒がいるからな。とは言っても、俺の知る限り重大なインシデントが起こったことはないぞ」
安心させるように告げた茅野が、ぽんと皓太の肩を叩く。
「手続きは夜の点呼のあとで教えてやる。そのときでいいか?」
「すみません、お願いします」
気がかりだったから助かりました。そう言って笑みを浮かべた幼馴染みに「よかったな」と応じながらも、成瀬はすっきりとしないものを持て余していた。どうにもタイミングが良すぎるのだ。
あの顔。さきほど目にしたばかりの、天使のほほえみ。
――いつまでもその世界が続けばいいですけど。
「やはり、楓寮の中だけでは納まってくれそうにないな」
皓太と別れ五階に足を踏み入れるなり、茅野の声がトーンダウンする。明るい声から一転した、面倒くさそうなそれ。
皓太にはああ言ったが、茅野も侵入者があったと疑っているのだろう。そして、あったとすれば、その犯人は彼らだろうと。
「どうだろうな」
「なにが、どうだろうな、だ。おまえもそう思っているんだろう。おまえが気に病むだろうから、高藤には言わなかったが」
とんだお姫様だな、とぼやいた茅野が、楓寮のある方向に視線を向けた。窓の奥では、楓寮の明かりがこうこうと光っている。
「水城の一派の仕業だと思っている。違うか?」
いまごろ、あの寮ではなにが行われているのだろうか。アルファをひとり、またひとりと味方に取り込んでいるのだろうか。
意味のない想像を切り捨てて、成瀬は静かにほほえんだ。
「そうじゃなければいいと思っていたところだよ」
11
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
今日も、俺の彼氏がかっこいい。
春音優月
BL
中野良典《なかのよしのり》は、可もなく不可もない、どこにでもいる普通の男子高校生。特技もないし、部活もやってないし、夢中になれるものも特にない。
そんな自分と退屈な日常を変えたくて、良典はカースト上位で学年で一番の美人に告白することを決意する。
しかし、良典は告白する相手を間違えてしまい、これまたカースト上位でクラスの人気者のさわやかイケメンに告白してしまう。
あっさりフラれるかと思いきや、告白をOKされてしまって……。良典も今さら間違えて告白したとは言い出しづらくなり、そのまま付き合うことに。
どうやって別れようか悩んでいた良典だけど、彼氏(?)の圧倒的顔の良さとさわやかさと性格の良さにきゅんとする毎日。男同士だけど、楽しいし幸せだしあいつのこと大好きだし、まあいっか……なちょろくてゆるい感じで付き合っているうちに、どんどん相手のことが大好きになっていく。
間違いから始まった二人のほのぼの平和な胸キュンお付き合いライフ。
2021.07.15〜2021.07.16
嫌われものの僕について…
相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。
だか、ある日事態は急変する
主人公が暗いです
元生徒会長さんの日常
あ×100
BL
俺ではダメだったみたいだ。気づけなくてごめんね。みんな大好きだったよ。
転校生が現れたことによってリコールされてしまった会長の二階堂雪乃。俺は仕事をサボり、遊び呆けたりセフレを部屋に連れ込んだりしたり、転校生をいじめたりしていたらしい。
そんな悪評高い元会長さまのお話。
長らくお待たせしました!近日中に更新再開できたらと思っております(公開済みのものも加筆修正するつもり)
なお、あまり文才を期待しないでください…痛い目みますよ…
誹謗中傷はおやめくださいね(泣)
2021.3.3
元会計には首輪がついている
笹坂寧
BL
【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。
こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。
卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。
俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。
なのに。
「逃げられると思ったか?颯夏」
「ーーな、んで」
目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる