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第二部
パーフェクト・ワールド・レイン0 ①
しおりを挟む[パーフェクト・ワールド・レイン]
大嫌いだったアルファと約束を交わしたことがある。何年も前の、雨の夜に。
「本当になにを考えているのかしら、あなたは」
女優然とした声音に責められて、成瀬は苦笑を噛み殺した。電話の向こうで、映画のワンシーンさながらの表情を気取っていることがたやすく想像できたからだ。
昔から、この人は、自分が主役の映画の世界でしか呼吸することを良しとしない。
「なんのことですか、いきなり」
「とぼけないでちょうだい。あのふざけた写真のことに決まってるでしょう。見た瞬間、本当にぞっとしたわ」
「あぁ」
そうでしょうね、と成瀬は笑った。刷り上がった校内新聞を見たとき、自分でもぞっとしたのだ。こんなところだけは似ているのだな、と。
「俺も何人にも言われましたよ。あなたにそっくりだったでしょう」
「あなたはね、アルファなの」
電話から聞こえたのは、苛立たしげな溜息だった。
「女でも、ましてやオメガでもなんでもないの。だから、――わかるわよね。金輪際、男を誘うような馬鹿な真似はしないでちょうだい」
アルファであれと諭し続けた張本人が、まったく信じていないのだから笑えない。それならばいっそのこと、もっと早くに諦めてくれたらよかったのに。
心底うんざりとしていたが、応じる自分の声は機械のようにいつもどおりだった。「わかってますよ」
「俺はアルファです。あなたが望んだとおりのね」
張りぼてだろうが、まがいものだろうが。陵学園の生徒会長である成瀬祥平は、まぎれもなくアルファだ。
求めていた言葉を聞いたことで満足したらしい。ならいいのよ、という言葉を最後に通話が切れる。五分も話していないのに、妙に疲れた気分だった。あの人と話すときは、いつもこうではあるのだけれど。
もの言わない電話を凝視している姿が哀れになったのか、我関せずで机に向かっていた向原が話しかけてきた。
「あいかわらずみたいだな」
「うん、……まぁ」
そうだな、と曖昧に笑って、電話を元の位置に戻す。向原が入り浸っているのはいまさらだし、電話が鳴ったくらいで席を外すような関係でもない。
こちらもいまさらだと割り切って、成瀬は愚痴めいたことをぼやいた。
「写真見たらしくて、その電話」
「写真ってみささぎ祭のか?」
「そう。どこから漏れたんだろ。撮影禁止徹底って茅野も頑張ってくれてたのにな」
「無理に決まってるだろ、あの規模だぞ」
管理しきれるはずがないと一蹴されて、思わず苦笑いになる。だからやめておけと言っただろうと責められている気分だ。
「そうだな。しかたない」
ペンを置く小さな音に続いて感じた視線に、首を傾げる。向原が先ほどまで開いていた参考書は、いつのまにか閉じられていた。
成瀬の部屋ではあるのだが、この男はいつも気にせず好きに過ごしている。ベッドで本を読んでいることもあれば、今日のように勉強をしていることもある。そうして気が済めば勝手に出ていくのだ。
「もう終わったんだ、それ。早いな」
「気になるなら、潰してやろうか」
「いいよ」
半ば反射で断ってから、取り繕うようにして理由を告げる。文脈的には「貸してやろうか」が正しいだろうとどうでもいいことを考えながら。
「向原にしてもらうようなことじゃないし」
潰すというのは、流出させた誰かなのか、写真自体なのか、あるいはその両方か。知る由もなないが、どうであれ、やってもらうようなことではない。
「おまえ、みささぎ祭のとき、俺の代わりに本尾の相手してくれたんだろ」
「……」
「もらうようなことじゃないって言うなら、そのお礼だとでも思えば?」
口元はほほえんでいるのに、目が少しも笑っていない。その反応に内心で溜息を吐く。黙っていたのは自分だが、知っていて黙っているほうもどうかと思う。
――仲悪いからなぁ、こいつら。
向原と本尾のことだ。中等部で出会ったころからそうだったし、篠原によれば入学以前からそうらしい。成瀬としては、本尾のことは嫌いでもなんでもないのだが。
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